魂への干渉【R15+】
※今回の話にはR15+程度の描写が含まれています
夜も更けた。街の活気もほとんどが寝息を立て始める頃……デミアは静かに寝台から起き上がる。
「ふむ、そろそろかの……」
魔力の回復に努めて寝息を立てる龍神を横目に、カノジョは部屋を出る。
ティアは帰ってこなかった。しかしカノジョが好き勝手に動き回るのは今に始まったことではない。
特に街の中で騒ぎが起きた様子がないことからも、今のところは大人しくしているのだと思っていい。
なにやら龍神と揉めたという話は聞いている。それが原因かは分からないが、今はカノジョも距離を置きたいと考えているのかもしれない。
それでも、時間が経てばひょっこりと帰ってくるだろう。いざとなればティアの魔力を追えばいい。
が、今はそれよりも気に掛けるべきことがある。
扉の外、右手側に見える扉がアレクセイたちの部屋だ。
しかし、デミアの目的である人物は部屋ではなく、扉を背に胸を押さえて座り込んでいた。
「よぉ……どうした?」
むしろそれはこちらのセリフだ。アレクセイは額に脂汗を浮かべ、扉にもたれて顔色は悪い。
なんでもないかのように取り繕うも傍目にも普通でないことがまるわかりだ。
しかし、デミアはアレクセイがこうなっていることを……こうなるかもしれないと事前に知っていた。
「予想はしていたが、やはりか」
「なんのことだ……」
「とぼけずともよい。よもやそのような有様で夜風に当たろうなどとしていたわけでもあるまい」
「皮肉でも言いに来たのか?」
「いや、責任を果たそうと来たのじゃよ」
忘れてはおるまいな、とデミアはアレクセイに近付いた。
「我はそなたと魂を共有しておる。少し集中すればそなたの意識を読み解くことも可能じゃ」
「それが、なんだってんだ」
「やせ我慢をするでない。分かっておると言っておろうが。そなた、体内の魔力が制御できておらんな」
「……ああ、そうだよ」
諦めたかのように、アレクセイはデミアから視線を外してぶっきらぼうに肯定した。
「下手すると、このまま魔力が外に暴発して面倒なことになる……その前に、できるだけ街から離れたかったんだけどな……」
自身の異変に気付いた時には既に手遅れだった。
魔力の膨張速度はアレクセイの想像以上で、部屋を出たところで一歩も動けなくなったのだ。
「デミア、この際なんでもいい。俺をどこかひとのいないところまで飛ばしてくれ」
このままではこの一角どころか街に小さくない被害が出るかもしれない。
アレクセイは自身の魔力保有量を把握していた。仮に暴発した場合の被害規模はざっと半径500m程。
しかしこれは彼が勇者だった時の話である。
今、自分の内側で暴れまわっている魔力はこれまで感じたことがないほど密度も濃く、量も文字通り桁が違う。
最悪、これが暴発した場合、半径数十km程度は軽く消し飛ばせるだろう。
その昔、魔力の制御がうまくできなかった賢者ソフィアが、魔力の制御を謝って山一つを消し飛ばしたこともあるくらいだ。
「風の魔術でもなんでもいい……いや、もういっそ海にでも全力で投げ捨ててくれれば」
「……お主はいつもそうやって一人で抱えようとしておったのか?」
「おい、今はそんな話をしてる場合じゃ……」
「その症状、我が……いや、『我ら』で沈める故、なにも案じることはない」
デミアはその見た目に反した力強さでアレクセイを支えると、自分の部屋へ戻っていった。
カノジョは何を考えているのか。
しかし事ここに至ってしまえば全てをデミアに任せるよりほかにない。
今のアレクセイは指一つ動かすことも満足できていなかった。
とにかく意識を魔力の制御に集中させる。少しでも気を緩めてしまえば街の住民を巻き込んで大爆発だ。洒落で済む話ではない。
「――む? 龍神よ、起きておったのか」
扉を抜けると先程まで横になっていた龍神が恭しい所作でデミアを出迎える。
「お母さまが動く気配がしましたので」
「そうか。しかし丁度良かった。そなた、隣からフェリアを連れてきてくれんかの?」
「承知いたしました」
龍神が部屋を出ていくのを見送り、デミアはアレクセイを寝台へと寝かせた。
「ふむ、さすがは我が認めた者だけある。それだけ『相反する魔力』が暴走しておるにも関わらず、ギリギリで抑え込むとは」
デミアは素直にアレクセイを称賛した。
「並の人間であれば、あやつらの魂を二つも受け入れた時点で肉体が破裂しておる。まっこと、そなたは不思議な存在よ。如何に我の魂も宿しているとはいえ、ここまでとはのう」
アレクセイの耳にはカノジョの言葉が半分も聞き取れてはいなかった。
「お母さま、連れてまいりました」
「なになに? なんか龍神に呼ばれたんだけど……って、アレクセイさま!? え、え?」
すると、先ほど部屋を出た龍神がフェリアを連れて戻ってきた。
「ふむ、揃ったようじゃな――では、始めるとしようか」
デミアは部屋の顔ぶれを一瞥すると、パチンと指を鳴らして部屋を囲うように多重の防護結界と併せて遮音結界を展開した。
※※※※※
「さて、これで万が一そなたの魔力が暴発しても問題ないのう。巻き込まれるのは我らだけで済む」
などと簡単に言ってのけたが、今しがたデミアが起動した魔術は並の魔術師が数人がかりでどうにか術式を構築できるかという規格外な代物だ。
防護結界というだけあって魔力が外に向けて拡散するようなことはない。故に、宿に泊まっている魔術系のジョブ持ちたちも気付けない。
仮に気付いたとしても、あまりにも大きすぎる力の流れのためにデミアの魔術を正確に読み解くとこは不可能だろう。
尤も、それも賢者並の魔術師であれば話は別だろうが……
「お前、ホントになにを……」
「こうなったのは我らの責任。そなたの中には我の魂もあるゆえ、あるいはと期待したが……さすがにそう甘くはなかったようじゃ」
言うなり、デミアは寝台の横に立ち、再び指を鳴らす。
直後、カノジョの躰に纏っていた衣服が魔力の粒子となってほどけ、窓から差し込む銀月の下に美しい裸身が露わになった。
「ほれ、そなたらもじゃ」
言われ、フェリアと龍神も、デミアの行動に倣うように魔力で編まれた衣服を解いた。そこに躊躇いは見られない。
「っ!? おまえらっ……」
咄嗟に起き上がろうとしたアレクセイをデミアはそっと手で押さえ、首を横に振る。
「無暗に動く出ない。衝撃で魔力が爆ぜるかもしれん」
カノジョの言葉にアレクセイは再び寝台に身を預けた。
「そなたの服も脱がず故、しばし堪えよ」
言うなり、身動きの取れないアレクセイの服を、デミアは龍神たちの手も借りて脱がしていく。
アレクセイが視線だけで問いかける。なにをするつもりなのか、と。
「今のそなたはフェリアと龍神、二つの魂から生成される反属性の魔力が体内で反発しあっている状態にある」
本来、生命が内に宿す魔力の属性は一つに限られる。
ほとんどの生命は無色……つまり無属性の魔力を内包している。魔術を行使する際、体内の魔力を用いる場合は起動術式を介すことにより無色の魔力を特定の属性に変換する。
しかし例外的に、魔力に属性を持った生命が存在する。
その例外のひとつが、デミアの眷属たちである。
アレクセイはデミアの他に、先の商業都市ではフェリアの魂を譲渡され、体内に炎属性の魔力を宿すに至った。
そして今回、反発する水属性の魂を龍神から譲渡されたことにより、アレクセイの中では相反する二つの魔力が互いに干渉し、反発し合う状態になってしまっていた。そのせいで魔力が外に溢れそうになっているというわけだ。
「これを沈めるにはそなたの中にある我の魂に、我自身の魔力を流し込んで魂の強度を上げ、干渉している魔力を中和する必要がある。そのためには、強固な肉体的接触が必要じゃ」
躰の構成が精神体や幽体である種族なら魔力を直接注ぐだけで躰に干渉することもできるが、生憎とアレクセイは人間を基本にした生命である。
「如何に自身の魔力で編んだとはいえ服を着ていては効率が落ちる」
書物で男女が互いに肌を晒すことの倫理観は学んだデミアだが、今回は緊急時ゆえに理解せよ、とアレクセイの躰に触れた。
「フェリアと龍神には我がそなたの魂に干渉している間、そなたの中で暴れておる二つの魔力を外から制御してもらうつもりじゃ。ふたりとも、よいな?」
「御心のままに」
「なんかよく分からないけど、分かりました!」
フェリアと龍神に衣服を脱がせたのも理由は同じ。
直接肌を合わせることでアレクセイの内側に干渉しやすくするためである。
龍神とフェリアによって体を支えられ、アレクセイは上半身だけ起き上がった。
互いの肌が触れた途端、アレクセイの中で濁流のように暴れ回っていた魔力の暴走が穏やかになった。
龍神とフェリアの躰がそれぞれの属性に色に合わせて青と赤の燐光を帯び、膨大な魔力波によってわずかに空間が歪んでいた。
「うむ、これで我もそなたの魂に干渉しやすくなった。アクレセイよ、これから我はそなたとより深く契りを交わすことになる」
デミアはアレクセイを真正面から見据え、その頬に手を添えた。カノジョの言葉の意味するところを、彼も理解する。
「すまぬな……このような行為は、人間であれば真に心を通わせた相手と結ぶものなのじゃろ?」
今からすることを、デミアは静かに謝罪する。
こうなったのは龍神の思いを優先し、アレクセイに負担を強いたことが原因だ。
ならば、此度の件でどれだけアレクセイから恨み言を言われても、受け入れるほかない。
「……魂ごとくっついてる相手に、今更なにを遠慮するって話だろ」
幾分か軽くなったとはいえ、それでも魔力の制御を続けるアレクセイに余裕はない。
それでなお、アレクセイは無理やりデミアに笑みを返した。
「受け入れたのは俺の責任だ……」
「そうか。では、始めるとしようかの」
デミアの手がアレクセイの胸に触れた。
「契りを結んだあとは、人間に倣ってそなたの呼び方を変えた方がいいかもしれんな」
「お前の好きにすればいいさ」
「では、これからそなたを――旦那様、と呼ぶことにしようかの」
――その日、アレクセイとデミアはこれまでよりさらに深く一つに結び付いた。
※※※※※
アレクセイの内に宿るデミアの魂。
自分の内側にあるカノジョという存在をより強く感じるようになった。
龍神とフェリアの魂を内包したアレクセイの肉体は今回の一件でこれまでとは格段に能力、強度が格段に向上。
初歩的な魔術の威力も桁外れの威力となり、アレクセイは確実に、人間の領域から逸脱し始めていた。
陽が昇り、全てを曝け出したアレクセイたちは、一つの寝台の上で、寄り添うように新たな形を得たカゾクとしての在り様を受け入れた。
そして、デミアのアレクセイの呼び名も……
「旦那様よ。これから何をするのじゃ?」
「さぁな。とりあえず……朝飯にするか」
「うむ」
アレクセイのセカイは、また一つ変わっていく。
明日は二部のエピローグ的な話を投稿します




