殲滅する鉄翼
アレクセイたちが港町に到着した日……
例の集落では思いのほか早く行動を起こした冒険者ギルドによる復興作業、魔獣の素材回収が行われていた。
一見すると冒険者が魔物の素材を持って行くことは金銭のためだけという側面を見られがちだが、魔獣の死体を可能な限り処理してくれるということでもある。
魔獣も生物である以上、時間と共に肉体が腐敗する。
死臭は他の魔物を呼び寄せ、病原菌の温床となる。衛生面などを考えても、集落にとって魔獣の死体を掃除してくれる冒険者の存在はありがたかった。
魔獣の解体には技術が必要なこともあり、適当に剥ぎ取っただけでは金にならないことが多い。集落がこれを資金源に換えようとするのは現状不可能に近かったといえよう。
しかし冒険者たちからすれば、労力に対して見返りが大きい今回の依頼は割が良く、依頼は応募に対して一部抽選という制約をギルドが設けたほどだ。
なにせ、竜の素材を回収できるのである。
竜……云わずと知れた冒険者界隈でも一、二を争うほどに討伐が困難とされる存在。
それが、集落の復興に参加するだけで回収できるとなれば、飛び付かない冒険者などいない。
しかし実際のところ、降って湧いた竜の素材の扱いにギルド本部は対応を追われることとなり、手放しに喜んでいるのは現場で動く冒険者だったりするのが本音だ。
例の受付嬢も、アレクセイから送られてきた書面を前に『余計なことを~~……』と恨み節全開の声を吐き出したという。
デミアの魔術によって隆起した木の根は完全な処理が難しく、ならばいっそ家屋の基礎としてそのまま利用することが提案された。
見たところ根は魔力が循環しているためかかなりの硬度で、並の衝撃ではびくともしない。
が、それでも集落を覆うように張られた根の一部は伐採しなくてはならず、転がる魔獣の亡骸の処分などと併せて復興の難所と化していた。
が、そんな時のこと。
集落に『流れ者』と名乗る一人の女性がふらりと現れた。
「――ヴェルさん、本当にいいんですか?」
「ええ、構いませんよ」
メイが一人のジョセイに声を掛けた。しかしカノジョは柔和な笑みを浮かべて応じたが、メイは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「でも、お礼が食事と寝床だけなんて」
「それで充分です。これは私の気まぐれ。皆さまは私のことなど気にせず、復興に注力していただければよいのです」
集落を覆う木の根を切り裂いて細かく処理するヴェルと名乗ったオンナ。鈍い灰色の長髪、切れ長の瞳には怜悧な光が宿り、まるで抜き身の刃を彷彿とさせた。
風体は冒険者のように見えるが、凛とした佇まいに纏う空気はどこか騎士のような高潔さが感じられる。
しかも、カノジョは魔術で燃やすことも、ましてや切ることさえ難儀する木の根を、あっさりと伐採してみせたのである。
カノジョが集落を訪れて数日。集落の往来を塞ぐように伸びていた根はほとんどが処理され、復興の速度も飛躍的に向上していた。
しかし目下のところ、メイはそんなカノジョがほとんど見返りを求めてこないに頭を悩ませていた。
他の冒険者たちのように魔物の素材を回収している様子もなさそうで、カノジョは黙々と集落の復興に手を貸してくれていた。
伐採した木の根は回収していくメイ。燃えにくい点はあるが、冒険者が試したところかなり上質な炭になるということで、集落の広場に簡易的な炭竃を作った。
メイは集めた根を広場に運ぼうと、紐で一括りにまとめる。
「そういえば」
「はい、なんでしょう?」
ヴェルに問われ、メイが振り返った。
「川の上流に巣食った魔獣たちはどうなったのですか?」
「ああ……冒険者さんたちが視てきてくれたんですけど、なんでもシーサーペントを中心に大きな群れになってるみたいで、討伐は簡単じゃないみたいです」
そもそも川にシーサーペントというのがそもそも異常事態なのだが、それにしても魔獣の数が多く、復興に駆り出された冒険者の半数以上を現場に向かわせて大規模な討伐を行わなければ駆除は難しいというのを話していた。
「今は復興優先で、折を見て討伐隊を編成するということみたいです。本当は飲み水や生活用水なんかの確保もあって、そっちもどうにかしてほしいんですけど……」
今のところ、集落の水不足は現状ディグと救援に来てくれた冒険者たちがどうにかしてくれている。
しかし一日に生成できる水の量にも限りがあり、飲み水はいいのだが、衛生面を考えても、もう少し余分に水は欲しいというのが本音だった。
「そうでしたか。しかしこの辺には出現しない魔獣が大群で上流を占拠というのはいささか妙な話ですね」
「はい。なんだか一部の人は、前にここに現れた大きな魔獣が『幻獣』だったんじゃないか、って話になってるみたいです」
「……『幻獣』ですか」
ふと、ヴェルの纏う空気が変わり、メイの肌をピリッと痺れるような感覚が走り抜けた。
「ヴェルさん?」
「え? ああ、すみません」
ヴェルは表情を改めると、先ほどまでの剣吞とした雰囲気を霧散させた。
「『幻獣』なんておとぎ話でしか聞いたがないもので、もし本当にいるなら大変危険な存在だな、と」
「そうですね……魔獣を生み出す魔獣。もし本当にそんなのがいるなら、とても怖いですね」
「ええ、それはもう」
ヴェルは集落を囲む山々の一角に鋭い視線を向けた。
微かに残る強い魔力の残滓。
魔力に敏感な魔術師たちは気付いているのだろう。
残り香のように霧散した魔力だけでこの密度。
それは、幻獣が現れた、などと噂してもおかしくはない。
しかし、
……どうやら本当にここにいたようですね、あの悪獣たちが。
ヴェルは通りを塞いでいた最後の根を切り刻むと、誰に声を掛けることもなくその場を立ち去り、例の上流を目指して『人外』の跳躍を披露した。
しかし、誰にもその姿を捉えられることなく……
・・・
美しい清流に魔獣の断末魔が響き渡った。
それも束の間。
鳥のさえずりも鳴りを潜め、響くのは川のせせらぎとオンナの呼吸する音だけが場を支配する。
灰色の髪が微かに揺れる。オンナ……ヴェルは身の丈ほどの大剣をその場で一閃、刃にこびりついた汚らわしい魔獣の血肉を振り払った。
「ひとの領域に踏み込む害獣どもが」
ヴェルのは周囲……そこには骸となり果てた魔獣の群れが幾重にも重なっていた。
特に、巨大なシーサーペントは徹底的に切り刻まれ、原形すら留めていない。
川を堰き止めていた魔獣たちの巣は完膚なきまでに破壊され、川の流れは本来の勢いを取り戻し、平地へ向けて静かに降りていく。
……これで、あの集落もいくらか生活が楽になるはず。
しかし、この無数に転がる魔獣の死体をどう処理したものか。勢いあまって連中の躰は素材など採れる状態ではない。
かといってこのまま放置などすれば別の魔獣を呼び込むことになってしまうだろう。
……死んでも面倒を掛けるとは、まさしく醜悪の極み。
眉間に皺を寄せるヴェル。
これはいっそ、地面に大穴でも開けて全て埋めてしまった方がいいか。
と、力業に訴えようか思案していた時、
「――随分とお節介を焼いているようですね。主様からの命令にはこのようなことは含まれていなかったと思いますが?」
不意に、木々の間からオンナの声が響いて来た。
しかしヴェルは特に慌てた様子もなく、わずかに眉根を寄せて応じる。
「何の用だ『蛇』」
「あらあら辛辣ですわね」
声の主は姿を見せぬまま、声に揶揄するような響きを含ませてヴェルに返した。
「あなたの生真面目な性格はよ~く知っているけれど、さすがに時間を掛け過ぎてはなくて。あの集落の惨状は、あなたが手を貸して援助しなくてはならないほどに重要ですか?」
「それは私を咎めているのか? だが我らは『守護者』だ。助けを必要とする声があるなら応じるのは当然だろう」
「時と場合を考えてはいかがかしら? あなたは、」
「分かっている。勇者様の追跡……決して忘れたわけではない」
「ならばもう少し急いだ方がいいのではないですか? 集落へのお節介も、これで十分すぎるのではないかしら?」
「いや、まだこの害獣たちの処理が残って……いや、そうだな。お前がここにいるのなら都合がいい。この魔獣の死体、お前の使い魔たちに処理させればいい」
「……あなた、このワタクシの可愛い子供たいちに腐った肉を食えというの?」
「そうすればすぐにでも私はここを発つ。小言を言いに来ただけなら少しは守護者らしくひとの役に立ってみせろ」
「……貸し一つですわ」
と、森の陰から漆黒の鱗に覆われた蛇の大群が現れた。それは瞬く間に地表を覆い、転がる魔獣の亡骸に食らいついていく。
そんな嫌悪感さえ覚えそうな光景を前にしても、ヴェルは平然とした様子で、空を見上げた。
すると、強烈な魔力の波動が周囲の空間を歪ませるほどに放たれ、強烈な光を奔流となる。
光はすぐに収束……しかしそこに先程まで立っていたヴェルの姿はなく、代わりに巨大な影を地上に落とす、鋼色の体毛に覆われた大鷲が空へ向けて飛翔した。
「……あの子、空を飛べるからって少し悠長に構え過ぎね」
飛び去って行く大鷲を見送る影の声。
地上で魔獣の亡骸を貪っていた黒い蛇の群れは、まるで影に溶けるように地面へと消えていき、後には骨だけになった魔獣の成れの果てが転がるだけ。
あとには、不気味などの静寂が辺りを支配し、声の気配も完全に消えていた。
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