妥協点
「よろしかったのですか?」
「なにがだ?」
「あの人間たちを放置して」
「別に構わないだろ」
路地から出たアレクセイと龍神は海に面した食堂で対面していた。
「分かりませんね。人間とは協調性を必要以上に重んじる種族のくせに、いつも争いが絶えません」
「協調性にも色々とあるからな。個人、集団、組織、社会、国……人間ってヤツは考えの近い者同士で集まって、思想の違う奴らを排除したがる。お前らだって眷属同士で考え方なんて全然違うだろ。人間も同じことだ」
「我々は個として完成した存在ですから。あえて群れを作る必要はありません」
「それも、考え方、ってヤツだな」
「やはり、理解できませんね」
運ばれてきた食事を口に運ぶアレクセイを見つめる琥珀のような瞳。
先ほど、路地裏でちんぴらに絡まれていたところにアレクセイが介入し、逆上した連中に軽く灸をすえて黙らせた。
しかし彼らはアレクセイに感謝すべきである。
もしあの場を彼が(武力行使で)場を収めていなければ、今ごろのあの通路は血の河が流れていたことだろう。
「食べないのか?」
「我々は魔力さえあれば食事など必要ないのです」
「そうか。フェリアあたりは嬉々として食べてるけどな。ティアもなんだかんだ言いつつ食ってるぞ」
まぁ、あいつは食い方がいささか下品すぎるけどな、とアレクセイは苦笑した。
「お母さまは、どうなのですか?」
「うん?」
「……お母さまも、人間の作った料理を、美味しそうに食べてているのでしょうか?」
「さぁな。あいつは出された物は黙々と食う感じだからな」
以前は渋すぎる木の実も平気で口にしていたカノジョ。
料理をさせれば味付けは大雑把、ハッキリいって、カノジョのアレは食材を使った実験に近い。
味はお察しの通り……それでも平然と平らげる。
「つっても、最近は少しづつ自分の好み、ってヤツができてきたんじゃないかと思うぞ」
デミアは甘い物を好む傾向があることを最近知った。
龍神はアレクセイの話に耳を傾けながら、おもむろに料理へ手を伸ばす。
ティアのように粗雑ではないが、やはり食器を持つ手はどこかぎこちない。
「……よく、分かりません。これは、美味しいのでしょうか?」
「俺には少し塩気が強すぎるな。たぶん香辛料を使い過ぎだ」
港町ならではの贅沢な悩みだ。
昔ほどではないらしいが、香辛料はまだまだ値段が高い。
魔術によって気候風土に影響されず栽培されるようになったらしいが、それでも流通費用の面などからいまだに高値で取引されている。
港町ということもあって、ここでは他と比べて安く香辛料が手の入る。アレクセイもいくらかまとめ買いしておくか、と検討していた。
「舌がピリピリしますね……まるで毒草をかじったみたいです」
「おいこういう場所でそういう発言はするなっての。ほら、店の店主がこっち睨んでんぞ」
「わたくしは素直な感想を述べただけだけです。そもそも、わたくしたちに毒の類はほとんど効果がありませんから、気にしたこともありません」
「それは羨ましいこって」
が、アレクセイは見ていて龍神の傾向に気付く。
……肉ばっか食ってんな、こいつ。
添え物の野菜や果実にはほとんど手を触れない。最初に一口かじった以外は、ほとんど肉と魚ばかりに手が伸びている。
竜種は雑食だが、確かに肉食を好むという話は聞いたことがある。
「肉は好きなのか?」
「……植物と比べて魔力の含有量が多いので、食すならこちらかと」
「なるほど」
アレクセイも食事を再開させる。
周りをチラと観察すると、人目が集まっていた。
龍神の容姿は非常に目立つ。デミア含め、カノジョの眷属はひとの価値基準から見て非常に整った容姿をしている。
本人たちにその自覚はなく、各々に擬態する過程で勝手に今の姿をとるようになった、ということらしい。
「それで、お前はこれからどするつもりなんだ? デミアもいるし、俺たちと一緒に来るか?」
「……先ほどから……いえ、以前から気になっていたのですが、なぜあなた方はお母さまも含め、違う名を呼び合っているのですか?」
「その方が俺たちの社会で波風が立たないからな」
「お母さまはそれでいいと?」
「ああ」
「そうですか……では、わたくしも名を改めなければいけませんね」
「……変えた方がいいのはそうだが、無理強いするつもりはないぞ」
「いいえ、これからお母さまと行動を共にすることを思えば、当然の判断です」
しれっと同行すること前提で話が進んでいたらしい。
これは、ルフルに改めて契約内容について話しておく必要があるか。
同行者が増えればそれだけ料金が高くなる。
「お母さまたちはどのように名前をお決めになったのですか?」
「……僭越ながら、俺が決めさせてもらった」
「……そうですか」
「不服そうだな」
「そのようなことはありません」
彼女は表情を隠すのは得意なようだが、言葉の端々に滲み出るモノまでは、呑み込め切れていないようだ。
彼女はどうやら、感情を言葉に表現する質らしい。
「思うことがあるなら、今のうちに吐き出しといたほうがいいぞ」
「どういうことですか?」
「お前、俺に対しての敵意も殺意も隠せてねぇぞ」
「…………」
一見すると穏やかに会話しているだけのように見えて、カノジョから放たれる静かな圧は、アレクセイに集中していた。
並の人間がこの殺意を向けられたなら、失神していてもおかしくない。
「お前、今回のこと、なにもかも納得できてないだろ?」
デミアに対し、カノジョは『全てに納得できたとは言えませんが……』と口にした。
ある程度は妥協するという意思がある、と解釈できるが、アレクセイから見た龍神は、そのように考えているとは思えなかった。
「仮にそうだったとして、だからどうしたというのですか?」
「思ったことを素直に言えばいい。俺にでも、もちろんデミアにでも」
「不要です。わたくしの意思はお母さまの意思。わたしくという個の存在など、あの御方の前では無に等しき些事なのですから」
「その割には、集落では容赦なく襲って来たな」
「あれはっ……あなたが、お母さまに意思を無理やり捻じ曲げたと、そう思ったものですから」
「別に間違ってないと思うぞ」
「戦いの末に、お母さまはあなたをお認めになった。その事実は変わりなく、それをお母さまが受け入れている以上、なにも言うことなどありません」
平行線だ。
カノジョが自分の意思などなく、ただデミアの考えに賛同し、追随し、行動する。
選択の権利は全てデミアに委ね、己の価値は創造主に黙って従うことである、と。
「一度、あいつとちゃんと話した方がいい」
「なにをですか?」
「これからの、お前の生き方について、だ」
デミアは必要以上に龍神を縛るつもりはないはずだ。
殺戮の命令は撤回し、魔物を生み出すことを良しとはしなくとも、そこから先の道筋を、カノジョは龍神自身に任せるはずだ。
「ついてくるのは構わない。が、お前自身の『考え』を、デミアは聞きたがってると思うぞ」
「その根拠は?」
「しばらく付き合って来た経験からくる、勘ってヤツだな」
龍神は目を細めた。
「宿に帰って、面を向かって腹を割ってみろ。その方が、あいつも喜ぶ」
「知ったような口を聞くのですね」
「知ってるさ。生まれてから全く交流のなかったお前らより、よっぽど」
龍神の殺意が強くなる。表情に変化はなく……しかし琥珀のような瞳が、人間のそれから異形のソレに変じる。爬虫類を思わせる細い瞳孔。握られた木製の食器はあっさりと砕け、パラパラと木片となって地面に零れた。
「ふぅ……」
龍神は目を伏せ、席を立つ。
「行くのか?」
「ええ」
「なら、宿まで一緒に戻るか。お前はいささか目立ちすぎる。またさっきみたいなことにならないとも限らないからな」
龍神を心配してのことでは、当然ない。
またそんなことになれば、今度は文字通り血の雨が降るかもしれないという危惧があるからだ。
今の龍神は、下手をすればティアよりも扱いが厄介かもしれない。
「……仮に」
「うん?」
「仮に、わたしくがお母さまに自分の考えを示したとして、それで、なにかが変わるのですか?」
「知らん。そんなものは、話してみなきゃ分かんねぇよ」
「無責任なのですね」
「決めるのはデミアとお前だ。まあ、喧嘩になったら仲裁くらいはしてやるよ」
背中を押した者の義務としては、このくらいが妥当だろう。
「……お母さまの被造物にすぎないわたくしが、あの方に意見する、ですか」
「お前らの母ちゃんは、そこまで話の通じない相手でもないから安心しろ」
少なくとも、今は。
フェリアの一件から、カノジョにも情というものが芽生えた。
龍神の話にも、しっかりと耳を傾けてくれるだろう。
「妥協してもいいけどな、最低限、自分をある程度は騙せる程の納得は必要だ」
そうでなければ、デミアもアレクセイも、他の眷属たちも……なにより、龍神自身が辛い思いをするだけなのだから。
今月中に第二幕完結予定
不定期に更新させていただきますので、よろしくお願いしますm(_ _)m




