言い訳
「わかりました……わたくしは、お母さまのご意思に従います」
「うむ」
集落からバ車に揺られること約1週間……アレクセイたちは進路を北へと変更し、港町を訪れていた。
交易で多くの船、人種が入り乱れるこの町は、船乗りや商人の活気で賑わっている。
その喧騒は、南部商業都市にも引けを取らない。
港に隣接した宿……そこの食堂で、アレクセイたちは卓を囲んでいた。尤も、今この場にいるのは、アレクセイを含めても四人だけ。
昼時は過ぎ、客足も遠くなった時間帯。
椅子に腰かけ、互いを見つめる視線は、アレクセイ、デミア、ティターン……そして、龍神のものである。
宿の従業員も、ただならぬ雰囲気を放つ彼らから距離を取り、遠巻きに様子を窺っていた。
現在、ルフルにはチップを握らせてフェリアと共に買い出しに行かせている。
負傷した龍神が目を覚ましたのは二日前のことだ。
起き抜けにいきなり暴れ出すかもしれないと危惧していたが、デミアの口添えもあってどうにか再び矛を交える事態になるのだけは阻止できた。
が、ルフルから『ひとが増えるなら事前に話しておいてください』と注意されてしまった。
当然、増えた人数分の料金をしっかりと取られたことは言うまでもない。
ここに来るまでの間に、デミアによってこれまでの経緯についてはあらかた説明を受けた龍神。
『つまり、お母さまはそこの人間と戦い、力の大部分を失った……その果てに、今はこの世界を旅している、と』
『その通りじゃ。まさか我も、ただの人間ひとりに辛酸を舐めさせられることになろうとは、思っていなかったがのう』
慢心が招いた結果じゃがな、とデミウルゴスはアレクセイをジットリとした視線で見据えてきた。
やはりカノジョの気質には、負けず嫌いな面があるらしい。
『復讐しようとは思わなかったのですか?』
『なれば、我がこやつを生かす真似などしていると思うか?』
『……そうですね。では、もう人間どもを絶滅させるというご意思も』
『ない……というより、元よりその判断が間違っていたのではないかと、今は考えるようになった』
『……そう、ですか』
そうして、話を聞き終えた龍神は『しばらく頭を整理する時間が欲しい』と口にし、今に至る。
「全てに納得できたとは言えませんが……そもそもわたくしはお母さまによって創られた存在……ならばわたくしは、その意思にこの身をゆだね、従うのみです」
「……そなたがそれでよいというのなら、我から言うことはなにもない」
「はい」
アレクセイは静かに両者のやりとり見守った。
龍神の表情は冷静そのもの。出会い頭のような激情にかられた様子もなく、むしろ淡々としている。
が、デミアと再会した時に見せた、あの偽りない笑みを思い返せすと、今の龍神は感情を押し殺しているように思えてならない。
「ひとまず食事にしよう。せっかくの料理が冷めてはもったいない」
などと、デミアもこれで話は終わりと、席を立つ。
既に宿の部屋は取ってある。カノジョは龍神との久方ぶりの再開もそこそこに、部屋へと引っ込んだ。
ヒリつくような空気はそのままに、アレクセイもデミアに倣い、龍神とティアも席を立つ。
これ以上は何も話すことはない。
龍神は一言「外へ出てきます」と宿の外へ。
と、カノジョは不意に扉の前で立ち止まり、アレクセイへと振り返った。
「ご安心を。お母さまのご意思を理解した今、むやみに人間を襲うような真似はしませんので」
そんな皮肉めいた言葉を残し、今度こそ龍神はその場を後にした。
しかし、ティアは瞳を鋭利に細め、龍神を睨み据え、その後を追っていった。
一人取り残されたアレクセイは、腰に手を当てて溜息を吐き出す。
デミアが消えていった方に振り返り、今度は龍神たちが出て行った扉に目を向ける。
……追いかけるか。
龍神はああ言っていたが、あの見目に惑わされて近づいて来た輩を前に加減をしてくれるかどうかは分からない。
どうやら龍神は穏やかな見た目や言動の割に、その中身はかなり激しい感情の持ち主らしい。
口ではデミアの方針に納得した素振りを見せてはいても、内心はどうか。
……まぁ、仮にあいつが納得いってなかったとして、俺が言えることなんて一つしかねぇんだけどな。
増えた面倒ごとに胃痛を覚えつつ、アレクセイは宿を後にした。
◆
「おい、龍神」
「なんでしょうか、ティターン……いえ、今はティアと呼ぶべきでしたね」
宿から少し歩いた先の路地裏。
背後からティアに呼び掛けられた龍神は脚を止めて振り返った。
視線の先に立つ眷属の仲間。
しかし今は、鋭い視線で龍神を射貫いていた。
「んなことはどうでもいい……てめぇ、目が覚めてから随分とお行儀がいいじゃねぇか。ついこないだ、オレたちを前に大暴れしたってのによ」
「……あの時は、状況を整理できていなかったので」
「はっ……整理できたら姉御の言葉に全部したがって、大っ嫌いな人間のことも認めるってか?」
嘲るような物言い。龍神の形のいい眉が僅かに歪む。
「わたくしの意思などどうでもいいこと。お母さまが既にお心を決めているのなら、我々はそのご意思に従うのみ」
「てめぇはそれに納得してんのかよ」
「ですから、わたくしの納得など不要と言っているのです。いったい、あなたは何が仰りたいのですか?」
龍神の言葉を受け、ティアは「ちっ」と舌打ちした。
「……腑抜けやがって」
「なんですって?」
「腑抜けだってつってんだよ」
ティアの挑発に龍神の気配が変わる。
「わたくしは誇りある創造神の眷属。たとえあなたであろうと今の発言は看過できません」
「なら、ここでヤるか? オレはいいぜ、いつでも来いよ」
「…………いえ」
が、龍神は膨れ上がった殺気を懐に収め、ティアに背を向けた。
「それではお母さまの意思を無視することになります。今はむやみに力を使うべき時ではありません」
「あ? んだよ、逃げんのか?」
「しかるべき時と場所で……まずはお母さまにお伺いを立ててから」
「お母さまお母さまお母さま……てめぇはそればっかか? てめぇは姉御の操り人形か?」
「その通りです」
瞬間、ティアの殺意が一層膨れ上がった。
「わたくしたちはお母さまの意思を世界に示し、その志を代行するために生み出された存在です」
ならば、造物主の意思を無視し、被造物である自分たちが勝手な行動を取ることなど許されるはずがない。
「先の集落でわたくしはお母さまの意思をくみ取ることなく暴走してしまった……この罰を、わたくしはお母さまに求めようと思っています」
「…………そうかよ」
すると、ティアはまるで興味もなにもかを失せたように、踵を返した。
「てめぇがそこまでクソつまらねぇヤツだったとは思ってなかったぜ……興ざめもいいとこだ」
「…………」
「そうやって、自分の意思を殺す理由をお母さまに求めてろよ……そうすりゃ、てめぇがあの人間とフェニックスに負けた言い訳にできんだろうからな」
「っ!!」
通路の奥へと消えていく後姿。龍神は腕を握りしめ、カノジョを見送った。
薄暗い通路に、ただ一人取り残された龍神。
カノジョはあてもなく、フラフラと通路を歩き続けた。
すると、
「おいおいおい、妙に小奇麗な女が迷い込んでじゃねぇか」
「やっべぇよこいつ、かなりの上玉だぜ」
「へへ……こいつはいい小遣い稼ぎができそうだな」
下卑た笑みを張り付けて、数人の男が路地の陰から姿を見せた。
どうやら、いつの間にかこの辺りを根城にするならず者たちの縄張りに入り込んでしまったらしい。
……人間どもから遠ざかるためにこちら側に来たというのに。
人間の群れの中では嫌悪を抑えきれない。故にこんな路地裏に入ったというのに、まさか余計に醜悪な輩に絡まれようとは。
龍神は己の迂闊さに溜息を吐いた。
……殺してしまいましょうか……いえ、それではお母さまの意思を。
カノジョの反応をどう受け取ったのか、ならず者たちはその手を龍神へと伸ばし、
「ビビってんのか? なぁに、大人しくしてればそこまで手荒な真似はしねぇ……むしろ、優しく可愛がってや、」
その肌に触れようとした。
直前、
「はいそこまで。俺のツレにちょっかいを掛けるのはやめてもらっていいか」
男の手を取る、アレクセイの姿がそこにはあった。
前回の話で書いた通り、次回の更新予定は10月を予定しております
どうぞ、本作「嫌われ勇者:リバイブ版」を、よろしくお願いします




