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ひとは不合理な生き物だ

 メイは、ここまで食事の味を感じない日は初めてだった。


 家が、集落が破壊されただけではない……彼女は明日、この集落が生き残るための生贄となる。


 ……だって、どうしようもない。


『こいつは置いていく。ここまで痛めつけられたお前たちへの情けだと思ってくれていい。ただし、忘れるなよ……明日、あんたの娘は俺が貰う』


 制水結晶……この集落が、喉が手が出るほどに欲している魔道具。

 川の上流に魔獣が巣を作り、明日の飲み水の確保さえ満足にできない現状。

 加えて、魔獣の群れによる襲撃を受け、集落はほとんど壊滅状態。


 幸いにも死者は出なかったが、多くの怪我人が出てしまった。

 あの御者は冒険者ギルドから援助を引き出せるように口添えしてくれるという話だったが、果たしてどこまで信用できるか。


 ……ううん、選択肢なんてない。だって、もう自分たちだけじゃ、どうしようもない。


 最悪、ここを捨てて流民になるほかない。

 かつて、自分たちが虐げてきた、ディグの両親のように。


「眠れない」


 今日は比較的破損の少ない納屋に藁を敷き、簡易的なベッドを作って横になった。

 しかし、どれだけ瞼を閉じても、眠気は一向に訪れてはくれなかった。

 体は確実に疲労している、精神的にも疲れ切って、泥のように眠りたいのに。


「私……」


 これから、どうなるんだろう。


『俺はそこの娘を娼館に売り飛ばす。痩せちゃいるが見てくれは悪くない。器量も良さそうだ。キチンと磨けば、それなりの額で取引できそうだ』


 彼の放った言葉に、父のボルは激怒した。

 だが、殴りかかったボルは呆気なく地面に倒され、背中を踏みつけにされた。


『ハッキリ言っておく。俺はたとえこの集落全員を相手にしても、返り討ちにできる自信がある。そこにいる銀髪のオンナもだ。集落を飲み込んだ木の根を誰が制御してたと思う?』

『ぐぅ……』

『悪い取引じゃないだろ。お前たちは娘を一人を俺に差し出せば、それでこの集落は確実に延命できる。いや、下手をすれば魔獣の素材のおこぼれで今より発展できるかもしれない。ただし、それもお前たちが現状を生き残ることができれば、の話だけどな』


 彼は、ボルの歪んだ顔の横に、制水結晶を置いた。


『俺は約束を違えない、こいつは置いていく……身支度の時間をやる。明日の朝、そこの娘を迎えに来る……いいか、妙な気を絶対におこすんじゃねぇぞ』


 それだけ言って、彼は本当に制水結晶を置いて、去って行った。


 取り残されたメイたちは途方に暮れてしまった。ボルは集落の人間を集めて、彼に対抗しようと言い出したが、


 ――俺はたとえこの集落全員を相手にしても、返り討ちにできる自信がある。


 あの言葉が偽りのようには、思えなかった。

 加えて、こんな状況にも関わらず、表情一つ変えずに集落の惨状を観察するように眺めていた銀髪のジョセイに、メイは潜在的な恐怖を抱かずにはいられなかった。


 アレは本当に、自分たちと同じ、ニンゲンなのか?


「っ……」


 メイは闇の中で肩を抱いた。

 結局、メイは自分から、彼らの下へ行くと両親を説得した。

 彼がおいて行った制水結晶は、とめどなく水を溢れさせ、瞬く間に干からびていた水瓶を一杯にしてしまった。


 そんな光景を前にしては、自分たち選ぶ権利など最初からなかったのだと、思い知らされる。


「わた、し……」


 それでも、体が震えて止まらない。

 娼館に売られる……商品として、磨かれる。いったい、自分は何をされ、これからどんな目に遭うことになるのか。

 想像するだけで、嗚咽が漏れてしまいそうになる。


 でも、今は堪えるしかない。

 近くには、両親も眠っている。ボルは昼間の怪我がまだ言えておらず、母も憔悴しきっており、半ば意識を手放すように眠りに落ちてしまった。

 もしもここで自分が泣き喚くようなことをしてしまったら、きっと両親も、自分の決心さえ揺らいでしまう気がしたから。


 でも、


「いっそ、あの時……」


 魔獣に食い殺されていたら――


 そんな恐ろしい想像さえ、してしまった。


 すると、納屋の扉が静かに開き、


「っ!?」


 メイは思わず飛び起きた。

 まさか、魔獣の生き残りが?

 それとも、あの錬金術師が時間を早めて自分を……しかし、扉から顔を覗かせた来訪者は、そのいずれでもなく、


「ディ、ディグっ……むぅ!?」

「しっ……でかい声出すな」


 咄嗟に口を塞がれる。彼はボルたちの様子を確認し、起き出す気配がないことに安堵の溜息を吐いた。


「話がしたい、外に出るぞ」


 そう言って、彼はなかば強引に、メイを家の外へと連れ出した。


「ディグ、ちょっと……痛いっ」

「とっ、悪い」


 グイグイと力づよく腕を握られ、ひとけのない場所まで連れてこられた。


「どうしたの、こんな時間に」

「お前、あの野郎の言われた通り、娼婦になるつもりかよ」

「っ……聞いてたの?」

「ああ、全部な」

「なら分かるでしょ? そうすしか、この集落が生き残る方法はないの」

「じゃあ、お前はどこの誰とも知らない奴に、体を良いようにされても平気なのかよ?」

「平気なわけないでしょ! でも、じゃあどうすればいいのよ!?」


 ディグが……水術師である彼の協力さえ得られれば……そう思っても、これまで集落の人間が彼にしてきた仕打ちを考えると、とてもそんなことを言い出すことはできなかった。


「逃げよう」

「え?」

「逃げるんだ、俺とお前で」

「逃げるって、どこに?」

「どこだっていい。俺はお前さえいてくれたら、どこにだって行ける」

「そんなことっ……だって、それってこの集落を……皆を見捨てろってことでしょ!?」


 自分の身可愛さに、そんな身勝手が許されるのか。


「無理だよ、私には」

「メイ……!」

「ディグ、ありがとう……昼間は命がけで助けに来てくれて、私のために、逃げ出そう、って誘ってくれて、本当に嬉しかった」

「俺は……」

「でも、ごめんなさい。私は、この集落の皆を、裏切れないから」


 眉尻を下げて、気丈に笑おうとするメイに、ディグは顔を歪めた。


「俺は、お前のことが好きだ!」

「え?」


 あまりにも急で、場違いな告白に、メイは目を見開いた。


「ディグ、なにを」

「ああもう俺だってめちゃくちゃだって分かってるよ! でも……それでも今、お前に俺の気持ちを伝えねぇといけないって思ったんだ!」


 もうほとんどやけくそだ。彼は髪をかき乱し、火照る顔を隠すように視線を逸らした。

 それも一瞬、彼は必至の表情で彼女の肩に手を伸ばす。


「これは俺の個人的な想いだし、ハッキリ言ってお前を困らせてる自覚はある! ただ、お前がどこの誰とも知らねぇ男に抱かれるのを想像しただけで、すげぇムカついて、すげぇやるせなくなって……」

「っ……私は」

「別に俺じゃなくても、お前が好きな男と結ばれて、幸せだったらそれでいい! でも、お前は本当にいいのか? あいつに買われて、体弄ばれて、最後には売られて……お前は、本当にそれでいいのかよ!?」

「いいわけない!!!」


 メイの目に、涙が溜まっていた。


「いや、だよ……」


 それは徐々に大きく膨らみ、決壊し、頬を伝い落ちた。


「やだ、やだ……やだやだやだ……やだ!!」


 まるで駄々っ子のように、メイはディグの胸に飛び込んだ。


「知らないひとに抱かれたくなんてない、娼館になんて行きたくない……私、私……なんで、なんで私が、こんな目に遭わないといけないの……?」


 心の中にため込んだ理不尽が、嗚咽となってディグを打つ。

 震える華奢な肩、こんな小さな少女が、集落全員のためにと、自ら決意して生贄となる道を選んだ。


 ……俺は。


 自分は、どうだ?

 両親をないがしろにされ、その死さえ煩わしいと唾を吐いた彼らを恨み、飢饉にあえぐ連中を陰で嘲笑う。


 ……俺はっ。


「メイ、俺と逃げよう」

「……だめ、それだけは、できない……でも……」


 すると、メイはディグを赤く腫らした瞳で見上げ、そのまま唇を重ねてきた。


「私の初めてだけは……『好きな人』に、あげたい」


 潤む瞳に見上げられ、ディグはドクンと心臓が大きく跳ねたのを実感した。


「ディグ……私……」


 グッと体重を掛けてくるメイ。

 しかし、彼は彼女をそっと押し返す。メイは少しショックを受けたように眉根を寄せたが、ディグはそんな彼女の唇に自分の唇を重ねた。


「今は、ダメだ……今の俺じゃ、まだ」

「ディグ?」


 逃げることは、決して間違いじゃない。自分を脅かすものから遠ざかることは、生物として正しい生き方だ。


 だが、


「メイ、俺は――」


 この時、ディグは覚悟を決めた、漢の貌をしていた。


 ◆


 日が昇った。

 アレクセイは代表の家へと向かため、集落の入口へと脚を踏み入れる。


 が、そこに一人の男が立ちはだかった。


「なんだ、ガキ」

「あんたに、話があって来た」

「お前が? あいにくと俺はこれから商品の代金を受け取りに行く最中なんだ、どけ」

「悪いが、あいつはお前のところには行かねぇ」 


 ディグの言葉にアレクセイは腕を組み、目を細めた?


「それはどういう意味だ? まさか、この期に及んで力づくで俺たちをどうにかしようとか考えてんのか?」

「そうじゃねぇよ」


 アレクセイの凄みに冷や汗を浮かべるディグ。

 彼は先日、アレクセイが代表の家に置いて行ったはず制水結晶を持ち出すと、


「こいつはもう、いらねぇよ!」


 それをアレクセイに向けて投げつけた。

 アレクセイは制水結晶を難なく受け止めると、分かりやすく敵意を剥き出しにてディグをねめつけた。


「何の真似だ?」

「そんなちんけな魔道具なんかなくなたって、この集落は持ちこたえられる」


 直後、ディグは自身の魔力を巡らせ、術式を宙に展開させると、


「――この集落の水不足は、俺がなんとかしてみせる!」


 巨大な水球を頭上に打ち出し、空で弾けさせた。

 乾いた大地を濡らす水。


 騒ぎを聞きつけて駆け付けた集落の住民が、何事かとアレクセイたちを注視した。


「どんな心境の変化だ? お前はここの連中を許したってのか? お前を、両親を軽視し続けたここの連中を」

「許しちゃいねぇ……もしかすると、俺はずっと許せねぇかもしれない……でも」


 と、野次馬の中から、メイが慌ててディグの下へと駆け寄った。


「ディグ、ちょっとなにしてっ」

「俺は! 惚れた女のために! 惚れた女が大切にしてるもんを、護るって決めたんだ!!」


 ディグは、メイの肩を抱き寄せ、


「こいつはお前には渡さねぇ! 絶対に!」


 ディグの言葉に、メイは顔を一気に赤く染め、周囲からどよめきが生まれた。


「ふ~ん」


 アレクセイは値踏みするようにディグを見据え、一歩近づく。


「それが、お前の選択か」

「ああ」

「そうか」


 アレクセイは踵を返し、肩越しに振り返る。


「お前は最低最悪の未来を選んだ。ここの連中はお前に感謝なんかしないぞ。むしろ、使い潰されて終わりだろうよ」

「それでも、こいつをお前にくれてやるよりマシだ」


 ディグは再び術式を展開し、今度は照準をアレクセイに定めた。


「こっから、出て行け」

「……言われなくても、こんなうまみもなさそうなとこ、とっとと出てくさ」


 アレクセイは飄々とした様子で、まるで未練もなさそうに、さっさと集落の外へと消えていく。


 あまりにも呆気ない幕引きに、むしろディグは呆気に取られた。


「ディグ!」


 すると、メイはギュッとしがみついてきてたかと思えば、人の目も気にせず、昨夜の焼き直しとばかりに唇を重ねてきた。


「ちょっ、おまっ!?」

「いいの?」

「は?」

「ディグ、皆のこと、あまり好きじゃないのに」

「いいんだよ、俺がすることは全部、お前のためにすることなんだから」

「うん…………ありがと、ディグ」


 ディグ自身、これが決して賢い選択ではないことを自覚している。

 長い間、集落の奥深くまで張られた気質は、そう簡単に変わるものじゃない。

 それでも、彼はたった一人の少女のために、自分の生を捧げようと心に決めた。


 それは紛れもなく、彼なりの覚悟の形なのだ。


「さ~て、とりあえずここにいる連中全員分の水、出さねぇとな」

「私にも手伝えることがあったら、言ってね」

「お前はまずその汚ねぇ身なりからどうにかした方がいいじゃねぇの」

「それは……うん、なんとかしたい、かな」


 だって、好きな人の前では、綺麗でいたいから。


 この日、集落に一人の若者が自分を捧げた。

 合理的とはいえない判断……しかし後に、彼のこの行動が、集落の未来を変えていく切っ掛けになるのだが、それはまた、別の話である。


 ――一方で、商談が破談になったアレクセイは、ルフルの隣で空を見上げ、


「人間というのは、実に不合理な生き物じゃな」


 などと言うデミアの言葉に、


「それが、俺たちなんだよ」


 と、首を傾げるルフルを横目に、制水結晶を陽の光にかざした。

集落編、これに終了となります

次回の更新予定は、8月の下旬以降を予定しています

間にお時間をいただきますこと、どうかご容赦いただけますと幸いです

それでは、次回も是非、よろしくお願いします!

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