それが必要な事ならば
デミアの一言に住民たちは一瞬、ディグに向けていた意識を引き寄せられた。
穢れを知らぬ白金の髪、白磁のような滑らかな肌、意識を吸い込み惑わせるような、神秘的な紫水晶のような瞳……老若男女を問わず、カノジョの容姿は住民たちを釘付けにした。
「人間は土地に定住する際、その地域を治める者に税とやらを払わねばならんのだろう? なんとも無意味な取り決めのような気もするが……それが規律ならば守らねばならん」
世界を維持する上での、世界の法則を無視するようなことがあってはらない。管理する上での支障が出るだけでなく、秩序の崩壊を招くことに繋がるからだ。
それが、ひいてはこの世界そのものが、壊滅の運命を辿るということだ。
「その男は規律を破った。なればそこの女、彼らの言い分はもっともであり、擁護できるものではないように思うが?」
とはいえ、デミアの価値基準を人間に果て嵌めて考えるのには、規模の面から見ても問題もありそうだが。
「い、いえ! ディグは納めくちゃいけないものは、ちゃんと納めてくれていました!」
如何にディグが集落の人間を嫌っているからと、税を滞納したことはない。
尤も、集落における納税とは、貨幣的な意味合いではなく、農業や狩りなどで得た収穫の一部を納める、といったものだ。
「納めてたんじゃねぇ……持ってかれてたんだよ」
そもそもの話、ディグは生活が厳しいにも関わらず、集落から半ば強引に徴税されていた。住民から再び敵意の目を向けられるが、デミアは「ふむ?」と首を傾げる。
「なれば妙な話じゃのう……先ほど、貴様らはその者に、『おいてやった恩を仇で返された』と」
「あ、ああ、そうだ! こいつ、水術師なんてジョブを持ってながら、俺たちが水不足で苦しんでるのを、黙って見てやがったんだ!」
「うむ。つまり、規律としての意味ではなく、協力という意味でこやつに問題があった、と?」
「なんだ、分かってんじゃねぇか。だったらもう、よそ者が首を突っ込むのは」
「住むことに対して税を納めているのならば、すでにそやつの果たすべき義務は成されていると思うが? それ以上を求めるということは、そなたらは『それ以上の対価』を、その者に支払った、ということかの?」
「は?」
デミアの言っている言葉の意味が分からず、顔を見わせる住民たち。
しかし、集落を治めるボルはどこかバツが悪そうに顔を背け、その娘であるメイは渋面を浮かべて、「いいえ」と首を横に振った。
「なにも……私たちは、彼に対してなにも……してあげていません」
「メイ!」
父が娘を嗜めるも、彼女は止まらない。
「彼は……この土地ではよそ者で、ご両親含め、誰からも手を差し伸べてもらうことはできませんでした」
「この土地によそ者を置いてやっただけで十分というものだ!」
「だから、冷たく扱ってもいいっていうの? 彼のご両親のお墓は作らせないと? 弔うこともさせないで、いざ自分たちが苦しい立場になったら、一方的に力を貸せって!? そんな恥知らずなことがあるの!?」
メイは、これまでずっと黙って父親の言うことには極力従って来た。
そんな彼女が、初めて父親に声を荒立てた。
「ここは小さな集落よ、皆で協力しなくちゃ生き残れない……でも、お父さんたちは彼に、彼のご両親に、手を差し伸べてあげたことはあるの!? 土地に住ませてあげた? あんなの、使わなくなった畜舎を押し付けただけじゃない! 住むための環境もなにもかも、ディグたちが自分たちで頑張って整えたの! 誰も、助けてなんてくれなかったから!」
メイは彼が集落に来た日から、彼のことを見ていた。
故に知っている。ディグが、その家族が、どれだけ苦しい思いをして、ここで生活していたか。
それでも……
「彼のご両親は、恨み言なんて言わなかったわ……いつも怒ってばかりのお父さんより、よっぽど私のことを気遣ってくれた、優しくしてくれた!」
メイの目には涙が溜まっていた。
ディグは、代表の向かって声を上げる彼女を前に、目を見開く。
……ああ、俺はバカだ。
両親が死んだ時、そのことを嗤ったここの連中を恨み、彼女のことも、そんな連中の一人なだと、距離を置いた。
彼女だけは、ずっと自分のことを、そばで見守ってくれていたというのに。
なぜ、こんな状態になるまで気付けなかったのか。
「う~む、わからん……」
が、そこにまたしても雰囲気を読まずに、デミアが口を挟む。
「貴様らの考えは我にはわからん。人間の社会における協力とは、相互扶助……『助け合い』なのだと思っておったが、それは『一方通行』でも通用することなのか?」
「「「…………」」」
しかし、カノジョのこの言葉に、先程まで怒りを爆発させていた住民たちは、こぞって顔を伏せ、視線を逸らした。
自分たちは、彼に、彼の両親に対し、なんら手を貸すことをしてこなかった。なのに自分たちは『苦しいから助けろ』と声を上げる。
如何に学びの機会に乏しいこの集落でも、それがどんな発言だったのかを理解したようだ。
「はぁ……」
アレクセイは溜息を吐いた。
どこの世界でも、こんな場面は腐るほどある。一方的に搾取される関係性。そして、どれだけ言葉を尽くして説いたところで、ここの住民に根付いたよそ者への考え方を変えることは、難しい。
……なら、もうこれしかないな。
「デミア、もういい」
「む?」
「これはこの集落の問題だ。俺たちが口出しすることじゃない」
「ふむ、それはそうじゃな」
デミアはただ、自分の疑問を相手にぶつけただけ。アレクセイの言葉に素直に従い、すぐに引き下がる。
「うちの者が失礼した。そしてこんな場面で恐縮だが、俺は錬金術師として、今回の魔獣襲撃に伴う、この集落の惨状について、対応策を提案するために来た。代表殿、少し時間をもらえないか」
「なっ、お前、こんな時に」
「こんな時だから、だと思うが? 俺は集落の復興に対して手助けできるツテがある……家屋がこれだけ破壊された責任の一端も、俺たちにあるからな。その補填……埋め合わせもかねて、どうだ? 話を聞いてみるつもりはあるか?」
ボルに意識を向けつつ、アレクセイは一瞬、ディグの方を見た。
途端、彼はハッとしたように表情を硬くし、拳を握り込んだ。
……気付いたか、そうだ……俺はこれから、お前の大事な奴を、買う。
僅かに口角を持ち上げて、アレクセイはボルの言葉を待つ。
「……わかった。話を、聞かせてもらう」
観念したようにボルは頷き、彼は周りに集まっていた住民たちを解散させた。
「家は崩れかけている。外でいいか?」
「どこででも」
そうして、アレクセイは先ほど住民たちに話したように、魔獣の素材を餌にギルドから助力を得ることを提案。これの勝算は高く、ほぼ確実にギルドからの援助を得られるだろうこと。なんなら、川の上流に住み着いた魔獣の対策もしてくれるだろう。
その間に、領主と今回の被害について相談し、そちらからも援助を得られれば、復興は更に容易になるはずだ。
「紹介状を書いてやる。これは俺のツレが魔術で暴れたことに対する詫びだ。別にお前たちになにか要求するつもりはない」
「……承知した。今は少しでも人手が欲しい」
「よし……が、まだ問題はある。冒険者たちがここに来るまで、困窮したお前たちには、水も食料も、確保するのは難しい……とりわけ『水』がな」
「何がおっしゃりたい?」
「ここからは――商売の話、ってことだ」
半壊した家屋の脇、ボルは露骨にアレクセイの雰囲気が変わったのを感じ取った。
「ハッキリ言おう。俺が冒険者ギルドにここのことを伝えても、実際に動き出すまでに目算で一週間、そこからこの集落に到着するまでに約一週間……これでも相当に甘い見積もりだ」
なにせ、ギルド内で話を伝達、そこから依頼を請けてくれる冒険者を集めた上で、彼らに仕事の準備をしてもらう必要がある。そこに彼らの移動日数を合わせても、到着まで最短で2,3週間といったところだろう。
それも、アレクセイが言うように、かなり甘い見積もりをした場合だ。
「冒険者の基本目的はこの集落に転がってる魔獣の素材……お前たちの生活水準を元の状態に戻すまで、果たして水が不足している中、一ヶ月以上、耐えることができるか?」
食料はまだいい。もはや飼育の意味がない家畜を自分たちの糧にすることもできる。
だが問題は、水だ。
「あのガキ……ディグだったか、お前らはあいつの協力を取り付けられるか? ハッキリ言って、俺は無理だと断言する。あいつのお前らに対する信用は、地の底だ。まぁ、どうしてもってんなら、拷問でもして言うことを聞かせてみるんだな」
とはいえ、彼らがちゃんと加減ができるか怪しいところだ。
うっかりやり過ぎて……なんて未来も、容易に想像できる。
「そんなわけで、俺はお前たちにこいつを紹介してやる」
そう言ってアレクセイが取り出したのは、先日にディグの家で見せた例の魔道具……制水結晶だった。
「こいつは遠征する兵士や冒険者が持ち歩く魔道具で、こうやって数回叩いてやると」
「「「っ!?」」」
ボル達は水がにじみ出る結晶に目を見開いた。
「こんな具合だ。この集落の規模なら、住民全員が毎日の飲み水としてこいつを使っても、二ヶ月はもつだろう」
「っ……それを、我々に買えと? ちなみに、それはいくらする?」
「金貨1枚」
「き、金貨だと!?」
「言っておくが、これは適正だ」
制水結晶は高い。そこに手間賃を込みにしても、金貨1枚は妥当な金額だ。
「これはお前らにとって命の買い物だ。買って生き残るか、買わずに冒険者を待たずくたばるか」
「ぐぅ……どうにかまからないのか!? なんとか、集落にある価値のあるものをかき集める、それで」
「あいにくと、俺は寄せ集めのガラクタに興味はない」
そもそも、それで金を工面できるなら、最初からやっていたはずだ。
「お前たちは金を用意できない……だが、それでも俺はお前らに商売を持ちかけた、なんでか分かるか?」
ボルは顔を顰め、首を横に振った。アレクセイの威圧的な視線、ただ見つめられているだけで、悪寒が走って止まらない。
「俺は錬金術師であり、商人だ。利益でしか動かない」
そういう自分を、今は演じる。
「代表、俺はこの制水結晶の代価として、」
そこにいるメイを所望する。
その発言にその場にいる全員が絶句する。
一方、アレクセイはボル達から一時視線を外し、建物の陰に隠れている輩に意識を向けていた。




