ケモノと化す民衆
「ああ……俺たちの、家が……故郷が……」
倒壊した家屋、隆起して荒れ果てた大地……アレクセイたちが魔獣を全滅させた直後の集落の様相は、控え目に言っても、悲惨なモノだった。
「……フェリア、龍神とティアを連れて集落から少し離れくれるか」
アレクセイは呆然とする彼らを前に、フェリアに耳打ちした。
小さなショウジョは首を傾げながら「なんで?」と問うてくる。
「今、ここにお前たちがいるのはまずい……最悪、ここの連中全員が『俺たちの敵』になる……できるだけ面倒は避けたい」
「う~ん、よくわかんないけど、分かった!」
「ルフルと一緒にバ車ごと離れてくれ」
フェリアは気絶した龍神を背負い、飛竜の屍の上で眠そうにしているティアを連れてルフルの下とへ向かった。
「ふむ……」
そして、デミアはこの状況を興味深そうに観察している。
「なにゆえあの者たちは、命が助かったにも関わらず、あのように嘆いておるのじゃ?」
「…………」
デミアの疑問に、アレクセイはどう答えたものかと頭を悩ませた。
カノジョにとって家や故郷といった概念はなく、住めればどこでも一緒、というのが正直なところだ。
……仮に本を読んでても、実感として感情が湧いてこないんだろうな。
幸い、負傷者こそ出たものの、デミアの魔術によってリザードマンは全滅、集落での死者はなかったという。
「我が約束をたがえることなどありえぬ。任せろと言ったからにはやり遂げるだけのことじゃ。魔獣の魔力を感知して殲滅する魔術を構築したのじゃ。ここの人間に被害など出るはずもない」
どこか得意げに腕を組むデミア。たまに、カノジョはこういった人間臭い仕草を見せるようになった。
が、この発言がまずかった。
「っ!? おい、まさかあの木のバケモノみたいなヤツ、お前らが」
住民の一人が、アレクセイたちに振り返った。その瞳には、危険な色が見て取れる。しかし、デミアはそんなことお構いなしに口を開く。
「さよう。じゃが、我ら、ではなく、我の魔術じゃがな」
「おい、待てデミア」
アレクセイが慌てて制止するも、既に住民たちの間に、怒りの感情が伝播してしまっていた。
「なんてことしてくれたんだ!?」
「そうよ! おかげで家が完全に潰れちゃったじゃない!!」
「家畜もだ! 畜舎が倒れて、動物たちが全部下敷きになっちまってんだぞ!」
「ああ……水も、食料だってほとんどないのに……これから、どうやって生きていけばいいんだ!?」
瞳に狂気を宿して、集落の者たちは一斉にアレクセイたちに詰め寄った。
が、こんな状況だというのに、デミアは普段の調子を崩すことなく、
「なにをそんなに憤っておる、我が魔術を行使せねば、貴様らは今ごろ魔獣に喰われていたというのに……それとも、貴様らは連中に貪られる方がよかったのか?」
などと言い捨てた。
「そういうことじゃねぇだろ! もっとやり方があったんじゃねぇかって話で!」
「ふむ……例えば?」
「え?」
「じゃから、どうすればよかったの訊いておる。そこまで言うからには、知恵があるのじゃろ」
「そ、それは……」
「なんじゃそれは? 我が思いつく限り、あれはかなり穏便な手段じゃぞ。なにせ、この地を炎の海に沈めることも、溶けぬ氷に覆わせることも、大気で全てをまとめて押しつぶしてもよかったのじゃ」
――じゃが、それでは貴様らは死ぬ。
「「「…………」」」
「それが貴様らの望みだったなら、悪いことをしたのう」
平然と言ってのけるデミアに、集落の者たちは恐怖を抱かずにはいられなかった。
その、あまりにも命を軽視した発言。
事実、デミアはアレクセイの意思がなければ、魔獣を集落の人間ごと、まとめて吹き飛ばしていただろう。
敵意と恐れがないまぜになった貌で、アレクセイたちを睨み据えてくる集落の者たち。
彼らの怒りは理解できる。ただでさえ水不足による上で疲弊していたところに、魔獣の襲撃、そしてトドメと言わんばかりに家が潰された。
しかし、アレクセイをとしても、あれだけ広範囲に広がった魔獣を駆逐してなお、人死にを出さなかったデミアの卓越した魔術には感心するしかない。
カノジョでなかれば、あの状況で魔獣のみを殲滅するなんて芸当は不可能だった。
尤も、それを言ったところで、彼らが納得するわけもない。
「家を修復する金なんてねぇ……食料も、水も……あんたの言う通り、確かに命は助かったかもしれねぇが、これから俺たちは、どうしろってんだ」
「金? そんなものなどなくとも、木を切り、土と練り、組み上げれば家など建てられる、」
「デミア、やめろ」
「む?」
なぜ、と顔を上げるカノジョに、アレクセイは首を横に振った。
命さえ助かれば、なんでもいいというわけではない。
彼らからの責めが正当であるかの議論は、今は意味がなく、その是非もまた無価値だ。
「……俺から提案がある」
アレクセイの一言に、一斉に視線が集まる。
「今、この集落にはリザードマン、そして……飛竜の亡骸がある」
アレクセイは商業都市に連絡を入れ、魔獣の素材を報酬として冒険者たちを復興のために呼び寄せることを提案した。
特に、飛竜の素材は希少で、今回の個体はかなりの大型種だ。そこから剥ぎ取れる素材の価値は計り知れず、リザードマンの素材も併せれば、この集落が最低限の生活を取り戻せる程度には復興が見込める。
「ギルドへ連絡を入れても、おそらく実際に動き出すまでには少し時間はかかるだろうが……ここで終わりのない問答をするより、だいぶ建設的だと思うが、どうだ?」
本来なら、魔獣の素材は討伐した者が得ることができる。その権利を放棄し、全ての素材をこの集落に譲り渡す。魔獣の肉体は他の生物と比べて、魔力による構成が大半をしめるため、腐敗もかなり遅い。
それに、ギルドも飛竜の素材となれば、迅速に対応してくれる可能性が高い。
「……俺たちじゃ、判断できねぇ。そいつは、代表としてくれ」
「わかった」
僅かに希望が見えたためか、彼らはいったん怒りの矛を収めた。
「デミア、お前も来てくれ」
アレクセイがなぜ、ここにカノジョを残したのか。
それは、カノジョにひとの感情が、どれだけ複雑であるかを、身をもって知ってもらうため。
カノジョだけなら、アレクセイ一人でもその場を凌げる。最悪、逃げてしまえばいい。
……これで、少しは人間を理解してくれるとありがたいんだが。
これから先も、今日と似たように、ある種の理不尽にも似た感情をぶつけられることがあるだろう。
理屈に合わず、ただの感情任せな言葉……それでも、ひとはただ、合理的に動くだけの生き物ではないことを、カノジョには知っておいてほしかった。
……できれば、もっと穏便に……こんな極限状態ない時が、望ましかったけどな。
アレクセイは深く息を吐きながら、集落の者たちから向けられる、形容しがたい視線を背中に受けて、代表の下へと向かった。
◆
「なにやら騒がしいのう」
瓦礫と化した家屋を乗り越え、代表の家の近くまで来たアレクセイたち。
しかし、どうにも場の雰囲気が良くない。この近辺に住んでいた集落の者たちだろうか。
「――この恥じ知らずが!」
「せっかくここにおいてやってるってのに、恩を仇で返したやがって!」
「あんたのせいで、私の夫はここを出て行ったきり、戻ってこないんだよ! どう落とし前をつけるつもりだい!?」
なにやら荒れている。怒声に罵声が飛び交い、耳を覆いたくなるほどだ。
アレクセイは彼らに近づき、目を細める。
その渦中、輪の中心にいたのは、ディグだった。
……なるほど、この土壇場であいつの力がバレたのか。
経緯は分からないが、住民たちの口ぶりからも間違いなさそうだ。
「待ってください、落ち着いて! 今はそんなことを言ってる場合じゃ」
「あんたは黙っててくれ! 俺たちはそいつに、こんなことになったケジメをどうつけるか訊いて」
「ですから、魔獣が襲ってきたのはディグのせいじゃないし、川が堰き止められたのだって、彼に責任なんてないじゃないですか!」
ディグと集落の者たちとの間に、メイが割り込んでいる。
が、興奮した住民たちから詰め寄られ、まるで話を聞いてもらえてない。
「魔獣の件にそいつが関りがなくても、自分の力を隠してここを窮地に陥れたのは事実だろうが!」
「そ、それは……でも」
「あんただって分かってるだろ。そのよそ者が協力してくれていたら、私たちはここまで生活を追い込まれることなんてなかった」
「…………」
メイは俯いてしまう。反論したいが、彼らの言うことにも一理ある。
ディグが集落の水不足に力を貸してくれていれば、確かに生活が苦しくなることはなかったかもしれない……しかし、彼がこの集落への協力を拒む理由を、彼女はよく理解していた。
「ディグ」
と、女性に体を支えられた男……代表のボルがディグをねめつける。
「お前という奴は……娘たちを助けてもらったことには礼を言おう……だが、それでお前のしたことが帳消しになるなどと、考えてはいないだろうな」
「……」
魔獣の血に濡れたディグ。彼は何も言わず、ただ黙して集落の者たちと対峙していた。
「やめてお父さん! ディグは命がけで、」
「メイ……まさかとは思うが、お前はこの男のジョブがなんなのか知っていたんじゃないか? よく会いに行っていたようだな?」
「っ……私、」
「知らねぇよ。この俺が、集落に関係ある奴に秘密を打ち明けると思ってんのか」
途端、周囲の瞳に敵意を超えた感情が宿ったのが分かった。
……これは、まずいな。
場の緊張が限界まで張りつめていた。弾けるのは時間の問題……いや、もう弾けかけている。
このままいけば、彼は住民たちから私刑されるのは明白。最悪、無理やり力を行使させられることになりかねない。
それでも、メイはどうにかこの場を収めようと声を張り上げる。
「待って! みんな、お願いだから少しだけ待って! ディグにだって言い分が、」
「集落を危機に陥れた奴の言い分なんか聞いてなんの意味がある!」
「同感だね。よそ者をこの集落においてやってるだけで感謝して欲しいってのに、その恩を仇で返したんだ! なにされたって文句は言えないよ!」
「お前の両親ともども、そのままだったら野垂れ死にしてたところ、俺たちが迎え入れてやったってのに、その始末がこれかよ」
あまりにも頭に血が上りすぎているのか、自分たちがどれだけ理不尽なことを言ってるか分かっていない。
いや、あるいは集落に深くまで根付いた排他的な気風が、ここまで彼らを愚かにしてしまったのか。
いずれにしても、これ以上はあのメイという少女まで危なくなる。
アレクセイは前に出て、なんとか場を落ち着けようと口を――
「のう、そこの小僧は、この地に住まうための『税』とやら収めておらんのかの?」
デミアが、能天気にそんなことをのたまった。




