深まる彼の謎
「知っているのですか!?」
「え、ええ、まぁ」
レイアの勢いに思わずのけぞる受付嬢。後ろに控えた騎士の一人……ハンスが苦笑しながら彼女を受付から引き剥がした。
「し、失礼しました」
頬を赤くして謝罪する騎士に、受付嬢は緊張をほぐす。
所感だが、歳の頃は自分より下、まだ成人して間もない印象だ。おそらく騎士としてもまだ日が浅いのだと思われる。
……なんかウチの新人とそんなに雰囲気は変わらないかも。
血気盛んなギルドの冒険者と比べれば大人しい方だが、彼女たちの眼には活力が溢れているように感じた。
「この者は、ここに所属している冒険者で間違いないだろうか?」
「はい、その通りです」
所属している冒険者の情報はほとんど開示している。依頼者の中には、特定の冒険者を贔屓にして、名指しで依頼を出すことも少なくない。
ギルド側も、依頼内容によっては、特定の冒険者を依頼者に紹介することもある。
「その、よければこの人物がどこにいるか、教えてもらうことはできないだろうか?」
「……彼に、ですか?」
受付嬢は首を傾げた。彼は一介の冒険者に過ぎない。ギルド内での彼の評判は上々だが、特筆して目立った功績もない。そんな彼に、騎士が一体なんの用があるというのか。
「失礼ですが、理由をお伺いしても?」
騎士相手にモノを問うのはいささか不敬か、と思いつつ、受付嬢は訊ねてみた。
「実は、わたしたちは先日、彼に命を救っていただいたのです」
「い、命、ですか?」
レイアの言葉に受付嬢は驚いた。彼はいつ、彼女たちと接触したのだろうか。
過去、この街に騎士団が訪れたのはずっと前のことだ。
その時、まだアレクセイはこの街にはいなかったはず。
「少し前、この付近の街道に魔獣の群れが出現した件は御存じだと思います」
「ええ、存じてます」
土人形の群れが街道付近の森に住み着き、封鎖を余儀なくされた例の一件。
しかし、それもいつの間にか解決しており、氷漬けにされた大量の土人形から素材を採取しようと、街の錬金術師たちが一斉にギルドへ護衛依頼を出てきたのは記憶にも新しい。
「わたしたちは、街道封鎖の話を聞き、この地に調査しに来たことがあったのですが」
「え?」
初耳だった。行政からもそんな話は出てこなかったのだが。
「この街は物流の要所、騎士団としても、街道が封鎖されている件を解決するため、先遣隊とて調査に来たのです」
「なるほど」
「しかし、わたしたちが現地での調査任務に入る直前、魔獣の群れに襲撃を受けました」
「ええっ!? だ、大丈夫だったんですか!?」
目撃情報から、相当な数の土人形があの場には住み着いていたはずだ。一体だけでも厄介な魔獣である土人形、その群ともなれば、脅威度は推して測れるというもの。
それ故に、行政とギルドは協議の結果、街道を封させざるを得なかったのだ。
「幸い、隊から重傷者こそ出ましたが、命を落としたものはいません……それも、全ては彼のおかげです」
受付嬢はレイアから当時の状況を聞かされ、常に驚愕の表情だった。
「そ、空から氷の槍が大量に降り注いできて、それでも生き残った土人形を、この人が全て駆逐した……と」
ギルドでも調査したが、なぜ土人形たちが全滅させられたのか、その原因を突き止めることはできなかった。
だが、実際その場で起きた出来事を聞かされても、すぐには納得できなかった。
すると、騎士の中から、大人しそうな印象の少女……ルイスが語り始める。
「あの氷の槍……正体はいまだ不明ですが、魔術なのは確かです。でも、あんな大規模魔術……事前に、それの相当の時間を掛けて術式を構築しないと、発動なんてまず不可能なんですが……」
「……」
なんとなく、似たようなことがつい先日、この街でも起きたことを受付嬢は思い出していた。
「まぁ、魔術については別にしても、この者が土人形を複数体、同時に倒したのは事実……足を負傷した者もいた中、彼がいなければその者たちはまず助からなかったでしょう」
「……」
……それ、本当にアレクセイさん?
こう言っては失礼な話だが、彼は確かに錬金術としては一定の評価を受けていたが、そこまでの実力を持っているというのはいささか懐疑的にならざるを得ない。
しかし、
……アレクセイさんが来てから、貧民街の被害が一気に少なくなった、っていう話はあったかもしれない。
当初は、あのひとの良さも手伝って、貧民街の者にも受け入れられた、と考えていたが……そこにもし、実力行使もあったのだとしたら。
……多少は荒事の経験がある、というのは考えられそうだけど。
それでも、腕利きの冒険者でも苦戦する土人形を、単騎で複数体相手にできるとは、到底考えられない。
「あの、なにかの間違いという可能性は……もしくは、ひと違いという可能性も……」
「いえ、自慢ではありませんが、わたしは一度でも合ったひとの顔は、確実に覚えている自信があります。あの場にいたのは、間違いなくこの人物です」
「う~ん……」
もしもその話が本当なら、彼はとんでもない実力を隠していたことになる。
下手をすれば、錬金術師のジョブを持っている、という話すら、嘘であったという可能性も。
……それだけの実力があるなら、なんで彼はずっと、納品依頼だけした請けなかったのかしら……ダメ、情報が多すぎてちょっと整理できない。
受付嬢は頭を振って、レイアに視線を合わせる。
「お話は理解しました。むしろ、こちらとしましても、彼には少し話を訊きたい所ですが……」
妙な言い回しをする受付嬢に、騎士たちは訝しむ視線を向けた。
「その、大変申し上げにくいのですが、彼……アレクセイさんは、既にこの街にはおりません」
「む? それは、依頼かなにかで街を出ていると?」
「いいえ、そうではなく……」
受付嬢は一拍の間を置き、
「行き先も告げず、旅に出てしまったんです……ええ、それはもう、唐突に」
下っ端職員の間では、彼の評価はかなり高かったのだが、上はそうでもない。あるいは、レイアが語ったような実力を把握できていれば、ギルドもかなり強引に、彼を引き留めていた可能性はあるが。
「皆様がここにくる、数日ほど前でしょうか」
「……すれ違ってしまったか」
「申し訳ありません。あるいは、皆様の道中で、お会いしたりはしなかったのですか?」
ミーアから聞いた話だが、アレクセイたちが向かった方角と、騎士たちがここを訪れた際に通ってきた街道は同じ。
彼らが道を逸れていなければ、どこかですれ違っている可能性は十分ある。
「皆、記憶にあるか?」
レイアが後ろを振り返り、仲間に問う。
しかし、ほとんどの者が首を横に振った。
「あ、でも」
と、面子の中でもひと際小柄な女騎士……キリハが思い出したように口を開く。
「なんか、街道外れの森で、野営してたバ車があったような……」
薄暗くてよく見えなかったが、火とバ車は間違いなく確認できた。
「もしかすると、アレクセイさんたちかもしれませんね」
「……間が悪すぎたね」
「だね~」
ルイスとキリハが肩を落とした。
「しかし、この人物……アレクセイ殿がこの街の冒険者というのは確認できた」
「そうだな。ひとまず、団長に手ぶらで報告しにいなかくてもいいってわけだ」
レイアの前向きな発言にハンスが頷いた。
「ありがとう、時間を取らせました」
「いえいえ、むしろ騎士様のお役に立てず、申し訳ありません」
「そんなことはありません。貴重な情報でした。それでは、我々はこれで……あ、もしなにかお困りのことがあれば、わたしたちの滞在中であれば、相談に来てください」
「はい、ありがとうございます」
騎士たちは踵を返し、ギルドを出て行く。
受付嬢は彼女たちを一礼しながら見送り、姿が見えなくなったところで顔を上げた。
「騎士もだいぶ変わったわね」
礼儀正しく、清々しい印象の少女たちだった。
以前は、もっと横柄な態度を取る騎士ばかりだったのだが。
今の団長に頭がすげ代わり、体制の性質も変化しているらしい。
「それにして……」
アレクセイ……彼は本当に、何者なのだろうか。
レイアたちから聞いた話が、全て真実とは限らない。
しかし、彼女たちが嘘を吐く理由もない。
今にして思えば、
「確かに、なんだか独特の雰囲気のあるひとだったかもしれなないわね」
などど独り言ちて、彼女はアレクセイの顔を思い出した。
◆
「――以上が、本日ギルドで得た情報になります、団長」
「そう、わかったわ。今日はご苦労様、皆、下がっていいわよ」
商業都市南部の大規模宿泊施設。街の政府が騎士団のために用意した。
その一室、最も上等な部屋でマルティーナは部下のレイアたちから報告を受けた。
彼女たちを下がらせと、マルティーナは思わず両手で顔を覆った。
「はぁ~……」
深い吐息、彼女は一度天井を見上げたのち、机の上に置かれた似顔絵を見下ろした。
「アレクセイ……」
ギルドで、男は自分をそう名乗ったらしい。ジョブは錬金術師、納品依頼を忠実にこなし、街の端も端……貧民街区域の近くで錬金工房を開いた変わり者。
しかし街中での評判も良く、彼が街に来てからは貧民街出身者の犯罪率が大幅に下がったという。
「あんたは、誰?」
彼とよく似た別人か……それとも、
「アレス、あんたなの?」
マルティーナの声に応える者はいない。
「少なくとも、この似顔絵と同じ顔をした人間がいるのは確かなようね……でも、まさかこんな絶妙にすれ違うなんて」
男は騎士団がここを訪れる、ほんの数日前にこの街を出たという。加えて、キリハによれば、道中で彼が乗っていたと思われるバ車を見かけたとか。本当に、なんと間が悪い。
とはいえ、
「彼は、この街にいた……」
さて、どうする?
王女の番犬たちはどこまで情報を仕入れた? このまま放置して、彼女たちに後れを取れば、彼は政治の道具にされかねない。
ならば、動くほかあるまい。可能な限り迅速に、あの番犬たちよりも早く。
……レイアたちを捜索に出しましょう。
あまりこういった公私混同はしたくなかったが、『勇者』が関わっている以上はそうも言ってられないか。
なにより、
「アレス……」
マルティーナの瞳が、わずかに潤んだように見えた。
彼女は、五年前の……過去の冒険を、かつての仲間と過ごした昔日に、思いを馳せた。




