彼の痕跡を捜す騎士
――大陸南部商業都市。
ギルド本部は相変わらずの盛況ぶりだ。先日の巨大魔獣の襲撃直後と比べれば、いくらか状況は落ち着いて来たものの、いまだに被害の爪痕は至る所に散見される。
アレクセイが街を経ってからしばらく。彼の受付を担当していた女性の前には、一人の少女が立っている。彼女は小さな穴がいくつも空いた麻袋を抱えていた。
適当に伸びばされた白髪で目元が隠れ、奥から葡萄酒のような赤みを帯びた瞳が覗いている。背丈は平均よりやや低く、かなり痩せている。外套を羽織っており、肌の露出は全くない。
「……ちは」
「はい、こんにちは」
「……依頼されたもの、納品に来た」
「かしこまりました、確認させていただきます」
コクン、と無言で頷く少女。
納品された品を取り出して確認する……数、品質、共に問題なし。
「お疲れ様でした。すぐに報酬を用意しますので、少々お待ちください」
「……りがと」
ありがとう、だろうか。彼女は口数少なく、最低限の受け答えしかしてくれない。
……確かにあまり愛想は良くないけど。
正直、貧民街出身ということで、もっと破天荒な性格を想定してたが、実際に付き合ってみると、言われたことには素直に従うし、その辺の冒険者よりだいぶ扱いやすい。
少女の名前は――『アッシュ』。アレクセイが旅立つ直前、受付嬢に世話を任された新人冒険者である。ジョブは錬金術師。今はミーアの錬金工房に弟子入りし、簡単な納品依頼なら問題なく任せることができる。
「――お待たせしました、こちら今回の報酬になります」
「……うん」
最初の頃はミーアと一緒に依頼を請けていたが、今では一人でこなしている。尤も、実力は半人前。品質自体は問題ないが若干のムラがあり、手放しに褒めることはできない。
……とはいえ、ついこの前まで、錬金術師のいろはもなにも学んでこなかったこの子が、ここまで成長するんだもんねぇ。
ミーアと一緒に彼女の面倒をみてきた者として、感慨深いものがある。
「次の依頼はどうされますか?」
「……かせる」
「お任せですか? でしたら――」
そろそろ次の難易度に挑ませもいい頃合いか。難しいようならきっとミーアに相談するはずだ。
受付嬢が依頼書を漁っていると、
「おい、次がつかえてんだからさっさしろよ」
などと、苛立ちの混じった声が聞こえてきた。顔を上げた先にいたのは、三人の男性で構成された一行だ。
行政からギルドに、街の周辺調査の依頼が舞い込み、複数の一行に斡旋したのを覚えている。彼らもそのうちの一つだ。
先日、彼らの担当区域の調査報告を受け取り、行政に提出して今は審査待ちの状態になっていたはず。情報系を扱う場合は、どうしてもその情報に価値があるかを審査する必要があるため、即金で報酬を受け取ることができない。
「たかが納品依頼の完了にどんだけ時間使ってんだよ」
「申し訳ございません、すぐにご対応しますので、もう少々お待ちくださ」
「んなガキのしょっぺぇ依頼の対応なんか後回しにして、こっちから先にやれってんだよ。ようやく審査が終わったつうから来たのによ」
「お待たせして申し訳ありません。ですが、対応の順番を変えることはできません」
よほど緊急性でもない限り、順番は守ってもらう。
でなければ受付が無秩序になり、正確な対応できなくなってしまう。
「んなガキンチョの依頼なんかどうせたいしたこねぇだろうが! こちとら一週間も待たされてんだぞ!」
……ああもうめんぐせ~
受付嬢の顔が歪む。どうせ次は自分たちの番なのだから大人しく待てないのか。今こうして問答をしている時間がそもそも無駄である。
最近になって数年前のような活気が戻り始めた冒険者ギルド。
しかし同時に、しばらくくすぶっていた冒険者たちが一斉に活動を始めた結果、こういった手合いの数も増えていた。
「……いま、たしの……番……わりこみ、メ」
すると、アッシュが男たちに振り返った。
「ああ? んだガキ、俺たちに文句でもあるってのか?」
「……ゅんばん……まもる、きめごと」
「何言ってっかわかんねぇよ!」
彼女の独特の話し方に、余計に苛立ちを募らせる男性冒険者。
「ああもうめんどくせぇ、いいからどけってんだよ!」
我慢が臨界を超えたのか、男が少女に手を伸ばす。体格の差は歴然……しかし、少女は肩を掴まれる直前、ふっと音もなく男の内側に入り込み、
……っ、やっば!
受付嬢は知っている。彼女は貧民街の出身、常に危険が付きまとう魔窟、それ故に……彼女の対人戦能力は、高い。
アッシュは外套の下に忍ばせていた短剣の柄に手を掛ける。
「ちょっ、待った待った待った! それは絶対にダメだから!」
彼女が何をしようとしているのか理解した受付嬢が、言葉遣いも置き去りにアッシュを制止させようと声を上げた。
彼女は自分に敵対する相手にとことん容赦がない。それは過酷な貧民街での生活で培われた、彼女にとっての生きるすべのひとつ。
だが、ここは冒険者ギルド、裏のやり方は通用せず、ここで問題を起こせば彼女の立場は危うくなる。ただでさえ貧民街の出身ということで、周りから白い目でみられているというのに。
……ようやく軌道にのってきたんだから、こんなくだらないことで資格のはく奪なんて絶対にダメ!
少女は悪人じゃない、表の常識にまだまだ馴染みがないだけ。そこさえどうにかできれば、彼女はきっとここで上手く生きていける。
男性冒険者の意識の隙を突くように、短刀の刃が翻る――直前、
「――失礼します!!」
ギルドの扉が、勢いよく開かれた。
全員の視線がそちらへと集中した。アッシュも動きを止めて、扉から中に入ってきた一行に意識を向けた。
質のよさそうな甲冑に身を包んだ若い女性、その身なりから、全員が彼女を騎士と理解した。その後ろには、幾人か彼女と同じくらいの年代と思われる男女が、同じく甲冑姿で立っていた。
「ギルドの職員の方に、お尋ねしたいことがあります! お時間をいただけないでしょうか!?」
「は、はい! で、ではこちらの列にお並びになってお待ちください!」
受付嬢は慌てて彼女たちを自分の列に呼び込んだ。
……た、助かった~。
騎士が列に加わったことで、男性冒険者たちは舌を鳴らしながらも大人しくなった。彼らの挙動を確認したアッシュも、短剣を鞘にそっと納める。
受付嬢はホッと安堵の息を吐き、
「そ、それじゃ、次の依頼をお願いしますね。これなんてどうですか? ちょっと今までの調合よりも難しいと思いますが、今のアッシュさんなら達成できると思います」
「……ん……りがと」
「それとっ」
受付嬢はアッシュを引き寄せ、耳元で囁くように注意する。
「相手が仕掛けてきてもさっきみたいに応じちゃダメ! 揉め事は私たちでなんとかするから、次から我慢すること! ここにいられなくなっちゃうよ!」
「……かった、きをつける……めんなさい」
「……」
ちょっとシュンとする少女。
……ほんとに素直なのよね、この子。
だからこそ、あんなどうでもいいことで、彼女の未来が狭くなるようなことには、なってほしくない。
……はぁ、なんか、この子のお母さんになった気分。
受付嬢はアッシュを見送り、
「お待たせしまた、次の方どうぞ~」
と、不機嫌を隠そうともしない男性冒険者の一行に、受付嬢は調査依頼の報酬を支払い、淡々と対応した。
・・・
「大変お待たせしました……しかし、騎士様、ですよね? このような場所に、どういったご用件でしょうか?」
騎士の大半は貴族階級の人間が占めている。ならば、目の前にいる彼女たちも、どこぞのお貴族様の可能性が高い。
礼を欠けば文字通りの意味で首が飛びかねない。故に、先ほど文句を垂れ流していた冒険者たちも大人しくなった。
……そういえば、確か今この街に、王都からの慰問で、騎士団の団長が来てるんだっけ。
基本は現地の視察と、支援が必要なところを回る。ほとんど王都でぬくぬくやっている騎士たちに現地での活動が務まるか不安の声もあったが、今の騎士団長になってからはその辺りはかなり改善されたらしく、住民たちから聞こえてくるのは称賛の声が大半だ。
「そう緊張しないでもらいたい、わたしは王都騎士のレイアだ。我々は団長の指示で、ある人物を探しているんだ」
そう言って、一行の代表と思われる女性……レイアは、懐から一枚の人相書きを受付嬢に渡した。
「この男に、見覚えはないだろうか?」
「……これ、アレクセイさん?」
人相書きには、つい先日この街を立った、よく知った男の顔が描かれていた。




