空の連携
宙に紅と蒼の軌跡が描かれる。
「――フェリア! あまり引き離されるな!」
【ご無理を言う……しかし、承知!】
幻獣フェニックスの姿となったフェリアが大きく上空へ飛びあがり、縦に旋回するような軌道で龍神の背後へ回り込む。
【小賢しい!】
アレクセイはカノジョの背から風の魔術で刃を形成、龍神に向けて放った。狙いはアレの頭部。
長大な胴を捻るようにフェリアへと向き直る龍神。
しかしアレクセイの魔術を打ち払うのに尾を振り上げ、はじく。
……なんだ、この魔術の重みは。
アレクセイの扱う魔術はどれも初歩的なものばかり。だというのに、その威力は並の魔術師が扱うモノのソレと比較しても、確実にひとつ上をいく。
龍神の強固な躰を穿つことは不可能でも、鱗を弾き飛ばすくらいならできるだろう。
……加えてこの魔力のニオイ!
明らかに、あの男が放つ魔術には懐かしい気配が混在している。
【魂の共有……貴様~~……人間のごとき俗物が! 我が主と同じ魔力を扱うなど!!】
どれだけこちらを苛立たせれば気が済むのか。
龍神は琥珀色の瞳で、同胞の背でこちらを見据えてくる人間を睨みつけた。
【アレクセイさま! 大きいのが来ます!】
アレクセイとフェリアの視線の先。龍神は巨大な咢と開き、魔術式を展開。
幾重にも重ね掛けされた魔法陣は円錐状に伸び――
【――『弩流滅穿』!!】
魔法陣の中心に収束した魔力の波動が、螺旋を描く白波を立てて巨大な水槍となり、アレクセイたちに放たれる。
フェリアは尾羽を翻して緊急回避。背のアレクセイはフェリアの三次元的な軌道に、しがみつき、龍神の魔術が行く先を見送る。
水槍は周囲の山の一つに当たり――吹き飛ばした。
「相変わらず、お前らはでたらめが過ぎる」
【ワタクシはあそこまで乱暴ではありません。精々、穴を穿つ程度です】
「あぁ、そうかい」
正直に言おう。五年前に魔神と対峙した時、カノジョたちが不在であって良かったと。
とてもじゃないが、あの場にフェリアやティアたちがいたら、勇者は一方的に蹂躙され、戦いにすらなっていなかっただろう。
【……しかし龍神はワタクシたちの中で最も魔術の制御に秀でていたと記憶しています。あそこまで力任せに魔術を扱うのは、初めて見ました】
――それだけ、アレクセイ様が我らと魂の共有を成した事実が許せないのでしょう。
フェリアの最後の言葉にアレクセイは口内を苦くする。
敬愛する主人にすり寄る害虫。身内を穢す汚物。
龍神は先の魔術の反動ゆえか、こちらをジッとみつめて動かない。
……こいつらの中で、あいつは誰よりも身内を愛している、か。
「フェリア……あいつを、止めるぞ」
【無論です】
誤解ではない。自分はデミアを神の座から引き摺り下ろした。そのことを弁解するつもりも、赦しを請うつもりもない。
それでも、人間の虐殺だけは、やめさせなくてはならない。
【しかし、どうすれば…………いえ、そういえば――】
フェリアが龍神の周囲を警戒しながら旋回する中、アレクセイに一つの情報を与えた。
「……逆鱗」
【ドラゴン、龍に共通する弱点です。むろん、創造主たる龍神にも、ソレはあります】
むしろ、龍神を原典として生み出されたからこそ、ドラゴン、龍種にはカノジョと共通する点を持つ。
【そこを正確に射貫けば】
「魔力の制御ができなくなる」
【そうなれば、巨体を維持することはできず、ひとの姿にならざるを得ないはず】
方針は決まった。むしろ龍を相手にするならそれ以外の策はない。
油断なくこちらを睨み据える龍神が、おもむろに胴を波打たせる。
【……フェニックス、そいつを某に差し出せ】
【できません。先ほどの魔術、あえて狙いを甘くしましたね、龍神】
【某たちが闘うことに意味はない……某が我慢ならぬのは、その人間が我のカゾクを誑かしたこと! 聞き入れろフェニックス! お前を傷つけたくはない!】
【あなたは昔から変わらないのですね。それでも、この方を害することを、許すわけにはいきません】
【そうか……ならば、もはや語るまい。その翼をもいででも、お前を正気に戻す!】
龍が吼えた。魔力の波動がかの幻獣を中心に広がり、その圧倒的なまでの濃度。並の生物が触れたなら酔ってしまうだろう。
アレクセイも腹の奥に力を溜めた。
【某は創造神デミウルゴスが創りし眷属が一つ――龍神。人間、この名を恐怖と共に刻むがいい!!】
胴を僅かに後ろへ引き、龍神は反動をつけるように蒼い魔力の軌跡と共に突進してきた。
【捕まっていてください!】
「おう!」
空を駆ける紅い鳳と蒼い龍。巨大な質量を誇る二つの眷属は、双方に膨大な魔力を周囲に散らして天を舞う。
アレクセイが現在その身に宿すジョブは『錬金術師』、『竜騎士』、『魔術師』である。
魔術師は初歩、中級適度の魔術の扱いに秀でる万能型のジョブだ。
だが、一点に特化した火炎術師、水術師、風術師などと比べると、かれらのジョブが扱える魔術と比べて練度や威力はどうしても落ちてしまう傾向がある。
しかし、その反面――
「――『ゲイルスネイル』!」
術式構築が早く連射性に優れるという特徴がある。加えて、アレクセイはデミアと魂を共有したことで、魔術の単純な威力が上がっていた。
アレクセイは竜騎士の身のこなしでフェリアの無軌道な動きに食い下がり、流れる視界の中で風の魔術を放つ。
火、水の魔術はフェリアと龍神の魔力に干渉を受けて散らされてしまうため使えない。
三つに分かれた風の刃が迫る龍人を牽制する。
相手は苛立ち見せながら水球の魔術で風の三本爪を相殺した。
【――アクア・ショット……連!!】
龍神の周囲に幾つもの魔法陣が展開される。
陣がひと際強く瞬くと、高圧縮された水が一斉に発射された。
ひとつひとつは小さい術式。しかしそれは、込められた圧倒的な魔力量により、鋼鉄すら簡単に射貫くほどの貫通力を持った一撃へと昇華していた。
【――イグニス・アイギス!】
フェリアは獄焔で形成された巨大な円形の盾を生じさせ、龍神の魔術との間に割り込ませる。
炎の盾といくつもの水閃が触れ、小規模な爆発が連続、白い水蒸気によって視界が塞がれてしまう。
「――」
アレクセイは腰から剣を抜く。
直後、水蒸気と炎の盾を突き破るように龍神が眼前まで迫ってきていた。
――狙いはフェリアの翼。
巨大な咢が開き、牙が突き立てられる。
「はぁぁぁぁぁ――っ!!」
直前、アレクセイはフェリアの背から飛び出し、龍神の横っ面を切りつけた。
【ちぃ!】
アレクセイの剣は龍神の鱗を数枚弾き飛ばし、相手の攻撃を中断させる。
「……冗談がキツイ」
先の一撃だけで剣は刃こぼれし、鈍らと化してしまった。竜騎士の技量を以てこれとは、なんというでたらめな硬さか。
龍神は怨嗟の籠った瞳でアレクセイを睨みつけ、狙いを変える。
【はっ! 空も飛べぬ身の分際で!】
龍神が尾による一撃を見舞おうと身を翻す。
【ワタクシを前によそ見とは、余裕のつもりですか?】
【――っ!】
フェリアは大きく羽ばたくと、脚に生えた鋭利な爪で龍神の胴を薙いだ。
龍神はすんでのところで身を躱し、その隙にフェリアは落下するアレクセイを空中で受け止めた。
【助かりました】
「ああ。だが武器がダメになった」
【並の武器が通用するならワタクシたちはとうの昔に滅ぼされています】
「だろうな」
本当に笑えない。手持ちの武器はあれひとつ。残っているのはアレクセイの肉体のみ。
龍神は魔力を練り上げ、次弾を装填している。
フェリアも虚空に魔術式を展開し、迎撃準備に入った。
【――アクア・ショット!】
【――レッド・バレッド!】
直後、二つの巨獣が魔術を放ち、空中で衝突。互いの魔術を相殺し、魔力の余波がアレクセイの体を痺れさせる。
幻獣同士の戦いを見るのはこれが初めてではない。それでも、圧倒される。
しかしアレクセイは傍観者としてここにいるわけじゃない。
当事者として……デミアに頼まれた身として、彼は膨大な魔力の嵐に身を投じる。
【馬鹿が! 無策に飛び出し奇襲のつもりか!】
龍神が魔術を中断しアレクセイに迫る。
「――ゲイル・バースト!」
龍神と接触する直前、彼は足元に風の魔術を発動。本来は強烈な爆風で相手を吹き飛ばす攻撃術。それを足元に展開し、風圧で疑似的に彼は大きく跳躍。
龍神とすれ違い、頭部に生えた角を掴んだ。
「これでも、お前の主人とサシでやり合っただぜ!」
【ぐぅ!】
角を足場にアレクセイは龍神の頭部に踵を振りおろした。
竜騎士の脚力はジョブの中でも最強と謂われている。龍神の強固な守りの上から加えられた打撃。
しかし内部に浸透した衝撃で龍の大勢が僅かに崩れた。
【鬱陶しい!!】
しかし、龍神は胴体を大きく跳ねさせ、アレクセイを吹き飛ばした。
そのまま地面へと落下していく……飛ぶ手段を持たぬ者の定め。
【っ!? なぜ!?】
だが、アレクセイ落下地点に先回りしていたフェリアが、その背で彼を受け止めた。
偶然か。あまりにも息が合いすぎている。
【……人間風情が!!】
龍神が感情任せに尾を振るう。
フェリアは下降しながら一撃を躱し、再び上昇。跳ね上げられるようにアレクセイが飛びあがり、フェリアの軌道に意識を向けていた龍神の顎に蹴りを見舞った。
【がっ――】
首を仰け反らせた龍神。弱点である逆鱗が無防備に晒される。
「フェリア!!」
【――イグニス・ランス・閃!!】
アレクセイとすれ違うように、炎の槍が龍神の逆鱗へと飛翔。
【――――――――――――――――!!】
紅蓮の切っ先は、寸分たがわず逆さま生えた鱗を射抜いた。
同時に、龍神の全身から青白い魔力が爆ぜ、辺りにまき散らされる。
アレクセイはフェリアの羽毛を掴み、その場を離れた。
暴れ狂う魔力の嵐は徐々に治まり、その中からオンナの姿になった龍神が地面へと落下していくのが見えた。
【龍神!】
フェリアがその姿を追い、アレクセイが手を伸ばしてギリギリで抱き留める。
意識を失っているのか、龍神はぐったりとアレクセイの腕の中で瞼を閉じている。
「――っは~~っ!」
途端、アレクセイは脱力。龍神を抱えたまま、フェリアの背に倒れ込んだ。
【お疲れ様でした、アレクセイさま】
「もうこんなのは二度とごめんだ」
空での激闘は、アレクセイとフェリアの勝利で幕を閉じた。
次回の更新は6月の下旬頃になると思います
集落編の終わりとその後の展開を投稿予定です
また間隔あきますが、どうかご容赦ください




