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下衆な雑談

 夜半。アレクセイはバ車を抜け出した。


「そなた、どこへ行く」

「悪い、起こしたか」

「我はどうやら眠りが浅いらしい」

「そうか」


 月明かりの下。銀の髪が月光を吸って夜闇に映える。

 神秘的な面差しを前に、アレクセイは苦笑で応じた。


「少しばかり、気になることがあってな」

「それは、そなたが心を砕き、介入する必要のあることかの?」

「いや……必要じゃないな」

「では、何故?」

「前に言ったことがあったと思うが、要は自己満足だ」


 困ってそうな奴を見ると放っておけない。関わることが必ずしも正しい選択である保証もないし、むしろ状況を掻きまわすだけかもしれない。それでもアレクセイは、自分で考え、己が良いと思ったことをする。他者からは傲慢に映るだろう。


 だが、やらずして後悔することを、良しとはしたくない。


 かつての自分は、あらゆることに諦観し、無駄と断じ、取りこぼした。


「俺は、いまだに昔のことを思い出して、後悔するんだ。これがけっこう根深くて、厄介でな」

「そうか。では、そなたの思うように、好きにすればよい」

「最初からそのつもりだ」


 そもそも、デミアもアレクセイを止めようなどとは最初から思っていないかったのだろう。深く事情も聞かず、カノジョは頷いた。


「お節介、のう……身内ならまだしも、他人に心を砕くそなたの内心は、いまだ理解できん」

「今のお前は、それで十分だろ」


 ちょっと前まで、身内でさえ容赦なく、排除する、などと口にできたデミア。そこから『身内』という枠に情を抱くに至った。変化は、確かにカノジョの中にある。尤も、本人はそれを"堕ちた”と考えているようだが。


「家の外でも、いってらっしゃい、と、言えばよいのか?」

「そうだな。それであってる」

「うむ。いっていらっしゃい、なのじゃ」

「ああ、行ってくる」


 デミアに背中を見送られ、アレクセイは人けのない道を歩く。土がむき出しになり、夜の虫たちが鳴いている。きっと、これまではこの音に、川のせせらぎが交じり、聞こえていたのだろう。


 ……魔獣を排除してやるだけなら、どうにでもなるが。


 きっと、この集落が抱えた問題の根幹は、そこではない。

 まだ一日も滞在していない身で語れるような立場ではないかもしれないが……いっそ開き直り、口を出して『嫌われ者』になるもいい。


 何も言われなければ、新しく考えることすらできない時がある。


「嫌われ者か……きっと、喧嘩しに行くようなもんなんだろうな」


 目的地はすぐそこ。今朝、デミアたちが不法占拠した家。

 この集落にあって、この集落の外に位置する男の家だ。


「まだ灯りがついてるな」


 周りの家々はすでに灯を落とし、動く気配を感じない。

 いったい、何をしているのか。

 アレクセイはティアが壊した扉から中を覗き込む。


「――籠もだいぶ傷んできたな……つっても、新しく作るにも材料がな。こいつらもかなり刃が磨り減ってきてる……はぁ……」


 と、ひとりでブツブツと呟きながら、鎌やなた、斧の刃を研いでいる。


「採集の準備か?」

「っ!?」

「よぉ。昼間は悪かったな」

「あんたか。何の用だよ?」

「いや、ちょっとばかし世間話をしに来ただけだ。村の窮状と、お前の持つ『力』について」

「――」


 瞬間、ディグの目つきが鋭くなった。研いでいた鉈を構え、手負いの獣のような眼光を放ち、アレクセイを睨み据える。


「わかりやすい奴……今のがただのカマかけだって気付けなかったか?」

「っ……」

「その反応、お前やっぱり魔術系か。あるいは、ちゃっかり水術師のジョブでも持ってるな」


 実際は、勇者のジョブで彼の持つ力を覗き見ただけだ。


「だったら、どうだってんだよ……」

「そう身構えるな。お前の立場はなんとなく理解してる」


 集落の代表に話をしに行った際、会話の中で彼が集落でどんな立ち位置なのか、おおそよ把握した。

 魔獣の影響で水不足に陥ってる集落の惨状に、その事態に対処できる力を持ったよそ者の青年。

 あまりにも皮肉な状況に、むしろ笑いさえこみ上げてくるようだ。

 よそ者の子供、彼の家にティアたちが無断で侵入したにも関わらず、ここの連中は黙って見ているだけで、誰も彼を助けるどころか、声を掛ける様子さえなかった。

 加えてあの代表の態度……


『ふん……よそ者の家でなにが起きてようが知るものか。悪いが俺は忙しいんだ』


 と、家の奥へと引っ込み、代わりに彼の娘が駆け付けた格好だ。


「俺の雇ってる御者が昔ここを訪れたみたいでな。あまり歓迎されなかった、と言っていたよ」

「……だろうな」

「そんな集落で、よそ者呼ばわりされているお前が、水術師の力を使うわけもない、か」

「……」


 無言。しかしそれは肯定の意を含んでいた。

 彼はいまだ鉈を下ろす気配はない。


「それで? まさかお前、俺の力をここの連中のために使え、とか、説教でもしにきたのか?」

「さぁな。元をたどれば集落に根付いた気質のせいでもあるし、お前ひとりが責められるもんでもないだろ」

「じゃあ、何しに来たんだよ?」

「言ったろ、世間話だ。ここの奴ら、全員がお前を否定的なのか?」

「…………それは」


 ディグは視線を落とし、バツが悪そうに顔を背ける。


「確か、メイだったか。代表の娘の名前」

「っ……それが、なんだってんだよ」

「あの娘、お前が相手でも普通に接してたな」

「ただの変人だろ」

「お前は、そう思ってるのか?」

「……ああ」


 頷くまでに時間があった。彼の態度から見て、集落の他の者たちと、彼女に対する評価は別であることが窺える。


「あいつ……いつもこっそり、食いもんとか、採取で使えそうな道具とか、持ってくんだよ。いらねぇ、って言ってんのに、毎回……どうせうちじゃ使わないから、って。俺と話したって、碌な事なんかねぇってのに、いつもいつも」

「ふ~ん」

「な、なんだよ。そっちが話を振ってきたんだろうが」


 ディグの顔は、少しだけ赤みを帯びていた。手にした鉈を軽く振って、恥ずかしさを紛らわしているように見える。


「くそ……やっぱりお前なんかと話なんかすんじゃなかった」

「まぁそう言うな。別にお前の立場が今以上に悪くなるようなことはしない。ただ、お前にとってあの娘は、少しばかり特別みたいに見えるが」

「だ、誰が!」

「彼女、やせ細っちゃいるが、見た目は悪くない」

「聞けよひとの話を! てか、あいつを変な目で見てんじゃねぇ!」


 一気にまくしたて、ぜぇぜぇ、と呼吸を荒くするディグ。

 そんな彼に、アレクセイは久しぶりに、粘つくようないやらしい笑みを浮かべてみせた。


「そんだけ気遣ってるくせに、お前は彼女にも自分の力は明かしてない」

「っ……」

「はは。お前も学習しねぇな」

「またカマかけかよ」

「まぁでも、お前の中でも彼女が『その程度の相手』ってことだ……それなら、俺としても安心だ」

「は? お前、なに言って」

「俺はここでひとつ商売をしようと思ってる」

「おい、だから」

「つっても金は期待できねぇな。代替品になりそうな貴金属や宝石なんかもここの連中は持ってねぇだろ」


 ディグを無視して、アレクセイは口元に嘲笑を張り付けて集落に向き直る。


「ここは金目の物は何もない。が、金に『なりそうなモノ』はある」

「なんだよ、それ?」

「察しが悪いな。あのメイとかいう娘、少し手入れをしてやれば、それなりの額で売れそうだ、ってことだよ」

「……は?」


 こいつはなにを言ってるんだ?


「バカじゃねぇのか? そんなこと、あの代表が許すはず、」

「許す許さないの問題じゃねぇだろ。許さざるを得ないんだよ。これを見ろ」


 すると、アレクセイは服の中から一つの球体を取り出した。


「製水結晶だ。表面を数回叩くと水が出てくる」


 アレクセイは家の奥にある水瓶に近付き、結晶を三回ほど叩いた。途端、染み出すように水滴が浮き上がり、それは徐々に水流となり、瓶の中に溜まっていく。


「こいつには水の魔術式が彫り込まれていてな。遠征の際によく使われてる道具だ。こいつを、ここの連中に売る」


 水不足にあえぐ集落にとって、喉から手が出るほどに欲しい代物だろう。


「この集落はもう限界だ。肝心の家畜は死に体。自分達の飲み水も魔獣のせいで確保できない……それと、どうせ冒険者を雇えるだけの金もねぇんだろ」

「それは……」

「加えて、どうにかできそうなお前がいるってのに、自分達の失態で助力を得られない。完全にお手上げ。なら、こんなちんけな結晶でも、縋りつきたくなる」


 ディグはアレクセイの顔をまともに見ることもできず、床に視線を落とした。


「集落全体と、娘ひとり……たとえあの代表が拒もうが、周りの連中は……どうかな?」

「っ!」

「集落の結束は固いか? 生憎だが、こんなギリギリの状態にまで追い込まれた奴らは、絆なんかよりも利を取る……そういう連中を、俺は腐るほど見てきた」


 アレクセイはディグの脇をすり抜け、入口の手前で立ち止まる。


「まぁ、お前には関係ない話だったかもな。お前にとっちゃ、あの娘も、他の連中と変わりない。そうだろ?」

「…………」

「俺は明日、この話を代表のところに持っていく。最初は喚き散らかすかもしれないが……まぁ、どうとでもなる。数日後にはあの娘は俺に買われてる。まぁそのあとは、せいぜい可愛がってやるさ。大事な商品として」

「っ――」


 アレクセイの最後の言葉に、ディグは視界が真っ赤に弾けるのを自覚した。

 鉈を振り上げ、斧を手にし、目の前の男に振り下ろす――


「あ、ぎっ……」


 しかし、攻撃は空振り。彼の腹には、アレクセイの拳が突き刺さっていた。


「悪いが、これでも荒事に慣れてるんだよ、クソガキ」


 アレクセイは腹を押さえて蹲るディグの顔に蹴りを入れた。彼は床に無様に倒れ、憎悪に満ちた目で見上げてくる。


「ふん……じゃあな」

「待て、よ……この、クソ野郎が……」


 ディグがアレクセイの手首を掴んできた。

 しかし、その手をアレクセイはあっさりと振りほどき、ディグの頬に拳を叩き込む。


「あがっ」

「お前にクソ呼ばわりされるいわれはねぇよ」


 それだけ残し、アレクセイは今度こそ、夜の闇に消えて行った。


「~~っ……」


 その場に蹲ったディグは、口の中に広がる血の味に顔をしかめる。

 

 一方、ディグの家を出たアレクセイは「はぁ……」と、眉根を寄せ、集落の入り口から全体を見渡し、深く溜息を吐いた。

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