家宅侵入&不法滞在
抜き身の刃を彷彿とさせる鋭い眼光。爛々と輝く瞳から放たれる圧。まるでケダモノを相手にしているような錯覚に襲われる。
一切の無駄がない、しなやかな四肢。決して厚みのある体つきではない。しかし引き締まった肢体から放出される風格が、ディグをその場に縛り付けた。
「ちっ……誰もいねぇと思ったら、一匹隠れてやがったのか」
オンナは家主の存在を前にしても不遜な態度を崩すことなく、中へ入ってきた。
「ぅ……」
勝手に上がり込んでくるオンナ。抗議の声を上げようと口を開くが、なかなか言葉が出てこない。
オンナはディグの脇をすり抜けると、家の奥の水瓶に近づき、
「はぁ!?」
なんと、カノジョは水がなみなみと貯められた瓶を片手で持ち上げたのだ。そのまま瓶の口を傾け、豪快に水を床に零しながら喉に流し込んでいく。
「んぐ、んぐ、んぐ……」
あまりの光景にディグは目を白黒させた。
家の床は水浸し。オンナも体を濡らしていく。
しかしカノジョはまるで気に留めた様子もなく、「ぷはっ」と瓶を放すと床に戻した。
「っ、おまっ、何を!」
ようやく金縛りから解放され、水瓶に近づくディグ。中身はほとんどなくなっていた。かなり零れたとはいえ、この細いカラダのどこにあれだけの水が収まったというのか。
オンナは口元を拭い、ディグの存在などまるで気にした様子もなく、あろうことか彼が使っているベッドに濡れたまま横になったのだ。
「この……ふざけるな! いきなりひとの家に入ってきやがって! なんなんだおまっ、」
と、声を張り上げた瞬間。
「うるせぇぞ羽虫」
「――」
この時、ディグは初めてオンナと目を合わせた。
まず言葉を失った。次に怒りが消失した。代わりに湧き上がってきたのは、生物としての根源的な恐怖。
――殺される。
比喩でもなんでもなく、ディグはこの時、自分が死ぬことを直感した。慈悲も情けも容赦もなく、自分は殺されるのだ。
それこそ、ひとが虫を簡単に踏みつぶすような気軽さで。
オンナがゆらりと起き上がる。腕が上がり五指がコキンと音を立てた。
「――ティアー、やめよ」
が、扉から聞きなれない声がして振り返る。
すると、そこには先ほど家の前で見かけた男と同じく、目深に被り物を被ったオンナが立っていた。小柄だ。きっとメイより背が低い。傍らには、それより更に体躯の小さい、ショウジョの姿もあった。
「むやみに殺すな。あやつの迷惑になる」
「ちっ…………寝る」
途端、先程まで押しつぶさそうなほどに強烈な圧力が消えた。
ディグは膝から力が抜ける。全身から嫌な汗が噴き出していた。呼吸も荒く、心臓がうるさいくらいに鳴っている。
……たす、かった。
森に入った時も、ここまで圧倒的な死の気配に近づいたことはない。
彼は顔を上げ、オンナを制した存在を見やった。
途端、先ほどは別の意味で、時間が止まったかのように身動きが取れなくなる。
この時、ディグは“目を奪われる”という言葉の真の意味を理解した。
被り物の奥に覗く、紫水晶を彷彿とさせる瞳、僅かに目が合っただけで、魂すら吸い取られそうな魅力に引き込まれてしまう。果たして、ひとはここまで美しくあることができるのか。
被り物のせいで全容を把握できないというのに、ディグの視線は惹き付けられてしまう。
「ふむ……空き家かと思ったが、ひとがおったのか。気配が小さすぎて気付かなかったのう」
独特の話し方だ。ディグは見た目との差異に意表を突かれつつ、その口調に違和感を抱くことはなかった。
むしろ、カノジョが放つ云い知れない気配によく合っている。
「まぁよい。しばしここを借りるぞ、人間」
「デミアさま、なにかお手伝いすることはありますか?」
「ふむ…………これといって特にないのう。そなたも我と一緒に本でも読むか?」
「読みます!」
ディグの了承もなく、二人のオンナが家の中に上がり込んできた。
適当な椅子に腰かけ、家主のことなど眼中にないと言わんばかりに本を読み始めた。
ディグは破壊された扉に振り返り、瞬く間に占拠された我が家を見回す。
「は……?」
まるで意味が分からず、彼はその場に、立ち尽くすことしかできなかった。
◆
一方、アレクセイは集落の住人から代表の家を訊き出し、干上がった川のほとりを歩いていた。
「なるほど……」
集落に入った時から、住民たちの顔には生気が感じられなかった。その理由も、聞き込みをする傍ら耳に入ってきた。
「上流に魔物が巣を作ったか」
村の生活用水として活用されていた川はもはや見る影もない。
剥き出しになった川底は完全に乾いてしまっている。最近は雨もなかなか降らず、飲み水の確保に難儀しているという。
もはや集落の連中はほとんどが項垂れ、顔を上げている者は見かけない。ここで唯一の産業といえる畜産業に欠かせない家畜たちが、地面に伏せて身動き一つしない光景は、いよいよ集落の限界を悟らせるには充分であった。
「ここか」
アレクセイは村の北東部に見える木造の建物を見上げた。周囲の家屋に比べていくらか規模が大きい程度。
建物の奥に小屋が見えた。開いた窓から見る限り、農具の類が保管されているようだ。尤も、集落の現状を見るに、アレらが最近使われているのかは怪しいものだ。
「――あの、どちら様ですか?」
家の前に立っていると、背後から声を掛けられた。
振り返った先にいたのは、若い娘だった。歳の頃は十代後半。背負ったカゴからは山菜や木の根が覗いている。
「すまない。俺は錬金術師のアレクセイだ。ここの代表と話ができないかと思ってな」
「錬金術師さん?」
「ああ。今は旅の途中で、なにか買ってもらえないとおもってな」
「つまり、行商ですね。父を呼んできてますので、少しだけ待っててください」
父……なるほど、彼女はどうやらここの娘だったらしい。
「お父さ~ん! 外からお客様が来てるよ~!」
扉を開けて彼女が声を張り上げた。
すると、家の奥から初老の男性が顔を見せた。
「誰だ?」
「錬金術師のアレクセイさん。行商でここに立ち寄ったみたい」
「行商…………生憎と今、我が家は金銭的に余裕がなくてな。ここ以外も同様だ。失礼だが、早々に出て行った方がいい」
「お父さん、そんな一方的に」
娘が父親を窘める。
なるほど、代表からして、よそ者に対してあまりいい顔をしないらしい。
「では商売を抜きにして、少し話しを聞かせてもらってもいいか?」
「はぁ、いったいどのような……」
「この集落、川が魔獣によって堰き止められたみたいだな。それで、集落全体が水不足に陥った、と」
「ここの者が話したのか?」
「ああ。まぁそうじゃなくても、川があそこまで干上がってるのを見れば、水不足になってる状況が察しが付く」
「でしょうな。それで、錬金術師殿はそれを知ってどうなさるおつもりか?」
警戒心が露骨に顔に出ている。生活に余裕なくなり神経が尖っているようだ。
「質問に質問で返すが……集落に魔術系のジョブを持っている者はいないのか?」
「生憎とそんな輩がいたら、集落がここまで追い込まれることもなかっただろうな」
「ふむ……集落の入り口付近に住んでいる青年はどうなんだ?」
「青年?」
「お父さん、もしかしてディグのことじゃない?」
「ああ、あのよそ者の子供か……錬金術師殿、それがどうかしたのか?」
「……いや、なんでもない」
よそ者の子供……なるほど。
アレクセイはおおよその状況を理解し、
「数日ばかり滞在させてもらう。集落の外で野営をするから、気にしなくていい」
「行商に来たのでは?」
「俺は錬金術師だ。この辺りの植生にも興味があってな。少しだけ調べさせてもらっていいか」
「……好きにしたらいい。ただ、今は森の奥に少しでも入ると魔獣に襲われる。精々気を付けることだ」
それだけ言って、代表の男はさっさと家の中に引き返そうと踵を返し、
「――ボルさん。ちょっといいか?」
と、集落の方から男が走ってきた。
ボル、というのが、代表の名前らしい。
「今日はなんだ? 生憎とまだ領主様からはなんの返事も……」
「いや、今回はそうじゃない。なにか、妙な連中がディグの家に上がり込んだみたいなんだ」
「妙な連中?」
「なんでも、女が三人、らしい」
……まさか。
脇で話を聞いていたアレクセイは、嫌な予感がして額に汗を浮かべた。




