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寄り道の先

 翌日にはすっかり雨は上がっていた。しかし空は雲が多く、切れ間から青空が僅かに覗くのみで、少し肌寒い。

 

 アレクセイたちは荷物をまとめ、早々に出立した。


「確か、この先に小さい集落があるんですけど、どうしますか? 寄って行きます?」

「そうだな……」


 手持ちの路銀はまだ潤沢だが……


「寄って行こう」

「かしこまりました」


 ひとの世界を見て回る、という目的で各地を回るのだ。初めての、集落。小さなひとの営みがどういうものか、デミアに見せてやるのもいい。


 それに、路銀はいくらあっても困るものでもない。集落でなにか買ってもらうのもいいかもしれない。

 それに、厄介ごとを押し付けたミーアへの素材提供のことも考えると、


「そこはなにか特産はあったりするのか?」

「う~ん……ずっと前にちょこっと寄り道した程度なので、うろ覚えですけど、畜産業で生計を立ててはいますが、これといって目立ったものはなかったと思います」

「そうか」


 それは残念。なにか珍しい物でもあれば、ミーアに送ってやろうと思っていたのだが。

 彼女には、工房の管理やら、貧民街出身の錬金術師の育成やら、ギルドへの対応やら……本当に色々と押し付けてしまった。

 そんなわけで、地方でしか採れないような、珍しい素材を定期的に送ってやらねばならない。そういう約束なのだ。


「集落に宿はあるのか?」

「確か……なかったと思います。飲食ができるようなお店も見た記憶がないですね」

「となると、最悪、集落についても野営する必要がありそうだな」

「まぁでも、あまり長居はしない方がいいかもしれません」

「どういう意味だ?」

「そこ、表立ってなにかしてくるわけじゃなかったんですけど、どうも他所から来たひとと距離を取ってる感じあって」

「……なるほど」


 どうやら、排他的な気質のある集落のようだ。


「どうします? 無理に寄らなくてもいいと思いますけど」

「う~ん……」


 この面子で、あまり友好的とはいえない態度をとる可能性がある集落に行く、か……

 アレクセイは僅かに逡巡し、


「いや、このまま向かおう」

「いいんですか?」

「何事も、経験だ」

「はぁ?」


 よく分からない、と首を傾げるルフル。

 アレクセイはバ車の中を振り返る。デミアは相変わらず、体を揺られながら本に目を落としている。

 世界の創成期から存在する創造神……カノジョは世界を、ひとの営みを見て回ると口にした。

 その果てにカノジョがどんな思いを抱き、世界にどんな結論を出すのか。


 ひとつの街だけでは分からない、そこに住むひとによってまったく異なる集団の性質。

 今回は、商業都市のように活気もなく、友好的な関係を結べる人間はいないかもしれない。

 今回、カノジョが視ることになるのは、きっとひとの『負』の側面……


 しかし、世界を旅していれば、そういった村や集落にはいくらでもある。

 

 ……面倒ごとの種になる可能性は高いが。


 いずれは、行きつくことになる問題のひとつだ。

 アレクセイも、そういった場所に滞在せざるを得なかった場合、どう対処すべきなのか。


 ……俺自身、学びの機会も必要か。


 いまだ未知数なカノジョたち。デミア、フェリア、ティア……カノジョたちと接していく過程で生じる問題をどう解決していくのか。

 アレクセイの悩みの種であり、課題。


 やはり、楽な旅にはならなそうだ、と苦笑しつつ、デミアに新しい世界を見せ、どんな反応をするのか。

 アレクセイは少しだけ、意地悪くも「楽しみだ」と思ってしまった。


「集落まではどれくらいだ?」

「たぶん、今日の夕暮れまでには着くと思います」

「わかった。よろしく頼む」


 アレクセイは後ろを振り返り、今後の進路を全員に周知させた。



 ◆



 日増しに状況は悪化していく。


 集落の若い男は、近くの町へ出稼ぎに行ったきり、帰ってこない者が増えた。

 水はいよいよ底をつき、限界を感じた者が山へ入り、水汲みに行ったが……そのほんとどが、帰ってくることはなかった。


 家畜は倒れ、若い男という労働力も失い、集落は緩やかに、滅びへの道をたどっていく。


 そんな中にあって、家の窓から外の様子を覗き込み、ほくそ笑むディグ。

 目の前には、いつぞや自分と母を『薄汚い』と罵った夫人の姿。

 彼女の夫は妻と飼っている鶏たちのために、危険を冒して山へと入り……腕だけが見つかった。おそらく、魔獣に食い殺されたのだろう。


 彼女は絶望し、日がな一日家の前に腰を下ろし、もはや帰らぬ夫を待ち続ける。

 かつて自分たちに向けていた嘲りを孕んだ瞳は落ちくぼみ、全身が瘦せこけて生気はない。もはや死人のような女だ。


 ……さっさとくたばってしまえ。


 どす黒い感情に突き動かされるまま、ディグは木片を手に取り、窓から夫人に向けて放り投げた。

 

 が、


「――っ!?」


 木片は夫人へは届かず、いきなり現れた被り物(フード)をした男によって受け止められてしまった。


 見たことのない男だ。外から来た輩か。


「――」


 ふと、目が合った気がした。ディグは慌てて窓から離れる。


 なんだあいつは。腰に佩いた剣。しなやかな身のこなし。勘の良さ。まさかここの連中がギルドに依頼して冒険者を雇ったのか?

 いや、そんな金がどこにある。家畜は瀕死。中にはと殺して食料にしようという意見が出ているくらいだ。特産もなく、売れる物は近隣の森で採れた木材くらいなもの。

 

 川も干上がり魚も獲れない。このままでは、領主に収める税すらままならない有様。


 ない、ない、ない。

 ギルドに依頼を出すような余裕などとても……


 では、あの男は偶然この集落に来たのか。


「いや……」


 だからどうしたというのだ。この集落はよそ者に優しくない。ことここに至って、そんなことを言っていられるかは謎だが……それ以前に、あの男が仮に冒険者だったとして、雇える金などあるはずもない。

 ここの長は、家財を売ってどうにか資金を調達しようとしているらしいが、それだって果たしていくらになるか。


 ならばディグは、男が集落から去るのを待つだけでいい。


「金目の物も、水も食料もまともに調達できやしないんだ」


 この集落に留まる意味などない。きっとすぐに出て行く。

 ディグは息を吐き出し、落ち着きを取り戻す。


「金を稼ぐ手段か……」


 生まれてこの方、生きるのに必死で、金のことなど考えたこともない。明日の食い物すら手に入れるのに苦労している中、食えもしない金になど興味はない。

 尤もそれは、ディグがただ、金というものを知らないが故でもあるのだが。


「そろそろ森に入らねぇとまずいか」


 水術師であるディグは水の心配をする必要はない。

 しかし備蓄している食料はもうすぐ底を突きそうだ。家畜を譲ってもらうことなどできるわけもなく……危険は承知だが、生きるためには危険に身を投じなくてはならない。それがディグの生活だ。


「さっきの奴と顔を合わせたくはねぇけど」


 ひとに向かってものを投げたことを咎められるかも、とか、そいうことじゃない。

 なんとなく、あの男とは関わりたくない、と……そう思ったのだ。


 ディグは森に入る準備を整える。今日はもうすぐ日が暮れる。明日に備えて今日は早めに休もう。


 ――と、そんなことを考えていた時だった。


 バカンッ!!


「っ!?」


 突如、家の扉が破壊され、外から何者かが入り込んできた。

 集落の連中に水がめの存在を知られたか、と焦る。

 が、家に侵入してきたのは――


「あん? んだよちくしょう」


 褐色の肌に、灰色のざんばら髪を無造作に背中に流した、長身のオンナだった。

 夕闇の中でも爛々と輝く柘榴石ガーネットのような瞳。

 獰猛で、美しいオンナだ。露出の多い恰好。見える肌には幾何学模様が奔っていた。


「な――」


 なんだ、こいつは……?


 ディグは予期せぬ来訪者を前に、唖然とその場に立ち尽くしてしまった。

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