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あいさつ回り

 翌日――


 アレクセイの錬金工房に一人の来訪者があった。十代後半ほどの少女。栗色の髪を肩甲骨まで伸ばし、鳶色の瞳が店主であるアレクセイを見つめてくる


「はじまめして。この度、祖父に代わってアレクセイ様の御者を担当させていだくことになりました、ルフルと申します」


 丁寧にお辞儀をしてきた少女……ルフルは人好きする笑みを浮かべた。


「おう。御者を頼んだアレクセイだ。爺さんはだいぶ悪いのか?」

「いえ。魔獣に驚いて転んでしまって、ちょっと腰を痛めただけなので。お医者様も、ひと月も回復術を掛ければ完治するだろう、って」

「年を取ると回復術の効きが悪くなるからな。ウマは無事だったのか?」

「何頭か魔獣騒動で暴れて怪我はしましが、アレクセイ様のご依頼には差し支えありませんので、ご心配なく。本日は出立のご予定をお伺いに来ました」


 彼女の祖父とは、この街に来てすぐの頃、ギルドからの帰り道で偶然知り合った。ウマが引いていた荷車が、通りにできた窪みに嵌まっていたところを助けたのが切っ掛けだ。


 自分が錬金工房を開いていることを知った彼から、何度か回復薬と滋養剤、鎮痛剤の納品依頼を受けたことがある。

 どうにも前から腰の調子が悪かったらしい。鎮痛剤でごまかしながら御者をしていたようだが、まさか仕事中ではなく、魔獣で腰をやってしまうとは。


「君の爺さんからはだいぶ格安で仕事を請けてもらったよ。正直、安すぎる気がしたんだがな」

「以前に助けていただいたお礼も込みだそうです。それに、街ではなかなか手に入らない薬も都合してくれたので。おじいちゃん……祖父も、喜んでアレクセイ様の依頼を請けてました」

「ならいいんだが」

「まぁ結果的に、孫の私が引き受けることになっちゃいましたけど……」


 後ろ髪を掻くルフル。御者としての契約は半年ほど。今回は長期ということもあり、もともと彼も、自分より若い者を寄こした方がいいかもしれない、とは考えていたようだ。


「でも、私だってこれまで何件もお仕事してきましたから、安心して任せてください!」


 胸を張るルフル。別に彼女の技量を疑ったりはしてない。長年、御者をしていたあの御仁が選んだ人物なら、その辺りは信用しても問題ないだろう。


「今回はバ車を一台に、荷車をけん引してもらう予定だ。契約は半年。都度更新させてもらうことになるかもしれないが、その辺りは問題ないか?」

「はい、大丈夫です。祖父からは、できるだけ長く……なんなら永久契約してもらってこい、なんて言われてますので」


 と、なぜか彼女は少しだけ頬を赤くし、顔を逸らした。ルフルの反応に、アレクセイはここにはいない老体へ向けて、内心で悪態を吐く。


 ……あん爺さん、孫になに吹き込んでんだ。


 よもや、この機会に孫に婿をあてがおうなどと考えているらしい。そもそも客をどんな目で見ているのだ、あのご老体は……

 

「まぁ契約期間についてはおいおい。とりあえず、出発は三日後の予定だ。俺を含めて同乗者は四人」

「承りました。バ車は当日、工房の前までお迎えに来た方がよろしいですか?」

「いや、この辺りは面倒な連中が多いからな。街の入り口まで荷車を引いていく。そこで落ち合おう」

「はい。ではまた、当日に」

「おう。気を付けて帰れよ」


 御者の少女を見送り、例のごとくフェリアに大通りまでこっそりと護衛させる。

 すでに荷車には荷物を積んである。工房に関しても、事前に、ミーアとヴァイクに任せる、ということで話は通してある。あらかた出発の段取りは整った。

 

「さて、それじゃ俺は少しこの辺の連中に挨拶して回ってくる。悪いが、少しの間だけ工房を空けるぞ」

「うむ。客が来たら適当に相手をすればよいのじゃろ」

「できれば愛想よくな」

「それはできぬ相談じゃ。我はそなた以外の人間はいまだ好かぬ。ああ、例の古書店の主は少し気に入っておるぞ」


 デミアにとっては知識を売ってくれる店の人間だからな……アレクセイは一抹の不安を感じつつ、デミアに工房を任せて外へ出た。


 なんやかんやと、カノジョもここしばらく工房での接客を手伝ってもらう機会が増えた。裏の連中はカノジョに手を出せばどんな目に遭わせるか、嫌でも理解している。

 美しすぎる華なれど、触れたが最後、消し飛ばされかねない危険物。もはや、誰もカノジョに触れようなどと考える者はいない。何度も襲撃を重ね、その度に手痛い思いをして、連中も学習したのだ。


「さて、行くか」


 工房を紹介してくれたミーアにはじまり、貧民街の顔役ヴェイン。ギルド、世話になった商店の店主たち……彼らに、しばらく工房を留守にする旨を伝えなくては。


 ……まぁ、あのギルドの受付嬢あたりからは、引き留められる可能性が高そうだけどな。


 いつも滋養剤を収めている彼女たち。アレクセイの滋養剤でどうにか日々の激務を乗り切っている、といった口ぶりだったが。最近は騒動直後のような法外な値段での取引も規制され、棚の在庫も増え、通常より少し高い程度で買えるようになってきた。

 別に、アレクセイがいなくなったからと、特に問題が出るようには思えない。


 などと、アレクセイは楽観的に、各方面へのあいさつ回りへ向かった――



 ◆



「――え?」


 ドサリ、と……受付嬢の手から書類の束が落ちた。


「私の聞き間違いでしょうか? アレクセイ様……今、なんと?」

「いや、だからもうすぐこの街から発つから、しばらく依頼は受けられないと」

「あ~! あ~あ~!! きこえませ~ん!」

「……子供かあんた」


 耳を塞いでそっぽを向く受付嬢。アレクセイは呆れて溜息が出た。


「まぁそういうわけだ」

「ダメです。アレクセイ様はこちらのギルドで回した依頼をこなしていただけない場合、資格停止処分にします」

「そんな権限あんたにないだろ……」

「必要なら脱ぎます」

「なにをだ……」

「アレクセイ様がいなくなったら! 誰が薬の納品依頼を請けてくれるんですか~!! 今は大手の工房はどこも復興と別の大口依頼ばっかりで、細かい調合依頼とか納品依頼なんてぜんっぜん引き受けてもらえなんですよ~!!」

「ミーアのところがあるだろ」

「彼女だってもう手一杯なんです! 優秀な錬金術師は皆して大手のところ行っちゃうし~! アレクセイ様がいなくなったら依頼が回らなくなっちゃうじゃないですか~!」

「いや、そうは言われてもな……」


 腰にがっしりとしがみつかれて放してくれる様子がない。目の下に浮いた隈が彼女の苦労を如実に物語る。

 しかし、アレクセイとしてもここでの依頼は一時的なものと最初から割り切っていたのだ。本来の目的はデミアと世界を旅すること。紆余曲折あって少し先延ばしになってしまった分、そろそろ出立したいのが本音だ。


 とうかもう準備はほぼ完了している……


「それにアレクセイ様の滋養剤がないともう私たち仕事できない体になっちゃったんですよ~!」

「それを俺にどうしろってんだ……」


 確かにアレクセイの納品する滋養剤の素材には、森精霊エルフの森で採れる素材がいくらか含まれている。

 それでも他より多少効能が強く出るだけで、劇的というほどではないはずだ。そもそも、あまり強力な滋養剤はあとの副作用(不眠や極度の疲労感、依存性など)まで強く出てしまう。

 アレクセイとしても、その辺りを気にして調合していた。よって、そこまで無茶な効能は発揮されていないはずだ。


「責任取ってくださいよ~! いつもアレクセイ様が私たちを甘やかして、適度に滋養剤を融通してくれるから、街でぼったくりな滋養剤と買わなくていいって思ってたのに~!」

「ならその辺りはミーアに相談してやる。それと依頼についても」

 

 そろそろ周囲の視線が痛くなってきた。冒険者は呆気に取られ、なぜかギルド職員からはどこかソワソワした気配が漂ってきていた。


「ほんとですか?」

「ああ。ただし、それには条件が一つ……と言っても、これはむしろそっちにとっても悪い話じゃないと思うぞ」

「どういうことですか?」

「実は、俺が留守の間、ミーアに工房の管理を任せることで話をしてあるんだが――」


 アレクセイは事情を説明した。ミーアに工房の管理を任せ、貧民街のゴロツキから彼女を守ってもらうよう、その貧民街の顔役に護衛を依頼したこと。


「ただ、そこで出された交換条件ってのがあってな。貧民街の錬金術師に、ミーアが調合を指南しろ、ってな」

「はぁ……それと今回の件になんの関係が?」

「俺がミーアに滋養剤の件について口利きする代わりに、その錬金術師に仕事を斡旋してほしい」

「貧民街の者をギルドに出入りさせろと言うんですか?」

 

 ギルドは気性の荒い者が多いが規律は守る。しかし貧民街の者は無法集団で厄介ごとの種になる。ギルドとしても面倒なことになる可能性はできるだけ避けたい。

 受付嬢の顔は明らかに歪んでいた。


「その錬金術師には俺も会ったことがある。不愛想だが性根は悪くない。ミーアに指示されているところも何回か見たが、思いのほか素直な奴だったぞ」

「ですが……」

「なにかあれば責任は俺とミーアで取る」


 ミーアにはとばっちりだが、その代わり地方の珍しい素材を定期的に送ってやることで話をつけた。

 裏の連中だが、表での仕事にありつけるなら少しはあの環境も変わるかもしれない。

 貧しさと飢えはひとをケモノに変える。しかし職と食を得れば少しづつでも性質が変わってくるものだ。

 

 今回の一件がその切っ掛けになってくれればとアレクセイは思う。


「ミーアにはこれまでの倍、ギルドに滋養剤を都合してもらうよう話を通しておく。それで、どうにかならないか?」

「……それ、アレクセイ様の仕事量をいきなり補ってくれるわけじゃないですよね……?」

「そこをどうにか。俺とミーアの顔を立てると思って」

「……………はぁ~、仕方ないですねぇ」


 受付嬢はしばし思案したのち、二枚の紙を取り出し、アレクセイに手渡す。


「冒険者の新規登録、ギルドの加入書です。その新米錬金術師に渡しておいてください」

「恩に着る。きっと彼女なら、すぐにそっちの期待に応えてくれる錬金術になってくれる」

「え? 新米さん、女のひとなんですか?」


 受付嬢が驚きを顔に出す。


「言ってなかったか? 十代の女の子だ。裏の顔役の娘だ」


 ヴェインから「はぐれ」などと聞いていたが、まさか自分の娘だとは。初めて聞かされた時はアレクセイも驚いた。


「聞いていないです。はぁ……でも分かりました。十代ならまだ、色々とやりなおしはできそうですね」

「ギルドのこと、依頼の請け方、冒険者としての心得……色々と教えてやってくれ」

「分かってます。といいますか、講習を受けないと冒険者にはなれませんから。その代わり、ミーアさんに滋養剤の件、ちゃんと話しておいてくださいよ」

「了解」


 渋々と言った様子ながら、どうにか裏の人間をひとり、表の世界に関わらせることに成功した。

 ここから、どうあの区域が変化するかは分からない。

 それでも、一歩でも良い方向に進んでくれることを、アレクセイは願いつつ、ギルドを後にした。

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