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日常はかくもやかましい

投稿再開

 商業都市が魔獣に襲撃されてから二週間が過ぎた――


 魔獣によって破壊された街は、復興完了とは言わないまでも、人々の生活は少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 商業都市という性質ゆえか、復興に必要な資材が方々から集まり、瓦礫にまみれた街並みは徐々に元の姿を取り戻しつつある。

 

 せわしなく声を張り上げる大工たち。彼らの下には派遣された冒険者ども。


 五年前に魔神デミウルゴスが姿を消してからというもの、魔獣の脅威は鳴りを潜め、討伐依頼が激減した。

 危険と隣り合わせな代わりに、それなりの報酬で食いつないでいた者達は職にあぶれ、日銭を稼ぐのもギリギリな生活を送ることも少なくなかった。


 ……それが、今ではあぶれるどころか人手が足らず、休む間もなくギルドによって駆り出される毎日だ。

 ギルド職員ともども、寝る間も惜しみ……いや、寝る暇もなく働きづめ。代わりに手元には金が入ってくる。

 商業組合、行政から多額の復興資金が吐き出され、それを元手に人手を増やし、資材を買付け、街の状況を回復させていく。

 

 ギルドも先日出現した巨大な魔獣について日夜情報を集め、地方支部の幹部連中どもを集めて対策会議に追われている。

 

 混乱の中でいつの間にか消えていた巨大魔獣。炎の翼を羽ばたかせ、舞い散る羽から魔獣を生み出すその力。

 ギルドはこれをかの伝説にうたわれた『幻獣』と認定。文献を紐解き『フェニックス』の名をアレに与えた。奇しくも大正解だ。


 同時期に出現した別の大型魔獣……巌のような顔つきに筋肉の鎧をまとった巨人……についても調査を進めているが、有識者たちは、その個体も幻獣の可能性が高い、と口にしている。


 幻獣の出現は都市を飛び出し王都へ、更に噂は大陸を飛び越え世界各地へと伝えられることとなった。


 魔神に代わる新たなる脅威。魔獣を生み出すことができるとなれば、無策に挑んだ場合、被害は果たしてどれほどのものか。

 ギルドは腕利きの冒険者を呼び戻し、消えた幻獣の行方を追うよう命じた。

 

 加えて、空を覆いつくした“規格外に過ぎる火炎魔術”に、“街を囲むように展開された大規模結界”。

 明らかに人為的な代物であることは確かだが……いったい誰が、いつの間に都市に術式を仕込んでいたというのか。


 不可解なことに、魔術師に魔術の残滓を調べさせても、果たしてどのような術式が組まれたのか。誰一人として解明することができなかったのである。

 よもや、あれだけの大規模術式を、あの瞬間に組み上げて起動させた、なんてことはあるはずがない。


 それはもはやひとの所業ではない。神の御業だ。ギルドは、幻獣の調査と同時に、街に術式を仕込んだ者につていも調べを進めている。


 どのような思惑があって、あのような魔術を仕込んでいたのか……その真意は定かではないが。

 結果的に、街の被害は最小限で済んだとも考えられる。


 とはいえ、街の行政に届出のない大規模術式の構築は重大な違反行為である。術式を仕込んだ者を拘束し、その意図は問い質さねばならない。


 ギルドも行政も、一度にあまりにも多くの事態に見舞われ、今も雁首揃えて右往左往。


 果たして眼下に見える街並みは、今日もせわしく汗に濡れ、元の生活を取り戻そうとする人々の姿を映していた。



 ◆



「毎度アリ」


 アレクセイの日常は変わりなく……しかしここを訪れる客の数は日を追うごとに増えていく。元々は街の外で商売をしていく予定だったのだが……思いもよらぬ盛況ぶりだ。


 そんなある日のことだ……一組の客が訪れる。


「あの……すみません」

「こんにちは!」


 店の門を潜って母娘おやこと思われる客が顔を見せた。


「いらっしゃい」


 アレクセイの入店挨拶に母がわずかに頭を下げる。見覚えのある顔。いつぞや、ウマに轢かれそうになったところを助けた二人だ。


 ……危ないから来るなって言ったはずなんだがな。


 この店から少し歩けば貧民街に繋がっている。表の世界からあぶれて無頼で生計を立てるような連中がたむろする区域。目の前の母と娘はお世辞にも荒事をこなせるようには見えない。


 貧民街の中にはいまだに人攫いを生業にしている者も少なくない。最近は鳴りを潜めているが、彼女たちのような若い存在はすぐに目を付けられる。そうでなくとも、身ぐるみを剥がすくらいのことはしてくるだろう。女性の場合は、それだけで済まないことが多い……


 貧民街の顔役であるヴェインは、人身売買に対しては嫌悪感を示している。

 だが、どうにも抑え込みは完璧とはいかないようだ。しかしここに来るたびに裏事情について愚痴っていくのは勘弁してほしい。


 日々勝手に厄介な情報が入ってきて、面倒なことこの上ない。あるいは、着実にアレクセイを引き返せないところまで引きずり込もうという、ヴェインの思惑か……いずれにしろ、碌なことはなさそうだ。


「せっかく来てもらってなんだが、あまりこの辺には顔を見せない方がいいぞ」

「はい。それは分かっているのですが……どうしても、あなたにお礼をお伝えしたくて。あの時、もしあなたがいなければ、今ごろは私も娘も、無事では済まなかったでしょうから」

 

 アレクセイは改めて母親の身なりを観察する。綺麗に整えられた髪に、上等な織物で編まれた服。


 ……外に護衛らしき男が四人。いいところのお嬢様、って感じか。


「どうぞこちらを。私の主人と父も、折を見てあなた様にお会いしたいと申しております。どうでしょう、お時間を作っていただくことはできないでしょうか?」


 母親は鈍く重い音のする袋を卓に置くと、一歩下がって申し出てきた。


「ありがたいが、俺も今は少し多忙でな。ここをあまり空けてられないんだ。それと、あまり俺みたいなのと、あんたらみたいな身分の人間は一緒にいるべきじゃない」

「っ、気付いて……」

「ええ~! お兄ちゃん来てくれないの~!」


 母が顔を驚愕させ、娘がアレクセイの反応に頬を膨らませる。愛らしいふくれっ面に苦笑で応じ、「悪いな」と彼女の髪を撫でる。


 アレクセイの錬金工房は貧民街にも広く門を開ている。目の前の母娘がどこの誰かは知らないが、あまりこういう場に顔を見せるのは世間体からしてもよろしくない。

 執事なり遣いなりを寄こして済ませればよかったものを……こうして直接顔を見せるあたり、根が真面目すぎるのか、それとも世間知らずなだけか。


「それと、こいつは不要だ。ここは錬金工房だ。なにか買ってもらった方が、よっぽど俺にとっては礼になる。なにか入用な物はあるか?」

「え? は、はい。では、その……」


 母親は工房の中を見回す。あまりこういう場に馴染みがないかもしれない。


「ふぅ……なら、適当に見繕って構わないか?」

「は、はい。お願いします」


 言われ、アレクセイは棚から幾つか小瓶を手に取り、小さな木箱の中に敷き詰めていく。


「あの、こちらは……」

「今はどこでも滋養剤が不足しているからな。幾らか詰めておいた。それとこっちは――」


 木箱の中身を説明しながら、最後にアレクセイは母親を手招きし、その耳元に、


「それと、ちょい強めの精力剤も箱の奥の方に入れてある。必要があれば、旦那と使ってくれ」

「~~~~っ!?」


 直後、母親の顔が一気に赤くなり、眉根を寄せて「ラング!」と護衛の一人を工房内に呼び入れる。


「こちらを買い取ってすぐにここを発ちます! 代金はこちらで!」


 母親は護衛に木箱を持たせると、卓に置いた袋を指さし、子供の手を引いて乱暴に扉を潜り抜けていく。


「毎度アリ~。もうここには来るなよ~」

「二度ときません!」

「また来る~!」

「もう連れてきませんから!」

「え~!?」


 母を娘、二人の違った反応を見送る。護衛たちは苦笑まじりにアレクセイに頭を下げると、彼女たちを追って去って行った。


「――フェリア」


 アレクセイは工房の奥に呼び掛けた。


「は~い♪」


 すると、ショウジョが一人、溌剌した声と共に姿を見せる。かなり小柄な体躯。燃えるような赤髪、長く伸びたもみあげが虹色の輝きを放ち、愛らしくも精緻に整った面立ちの中、翡翠色の大きな瞳がアレクセイを見上げてくる。


「悪いが、さっきの連中が表通りに無事に抜けられるまで、後ろから付き添ってもらえるか。手を出すような連中がいたら、適当に追い返してくれ」

「いいよ! それじゃ行ってくるね~!」


 勢いよく飛び出していく後姿。よもやあの小さな存在が、先日この街を大いに騒がせた『元凶』とは誰も思うまい。

 かつて魔神によって生み出された四体の眷属……そのうちの一体であるカノジョの真名は『フェニックス』。魔獣を生み出す力を持った、地上最悪の厄災である。


 アレクセイは卓の上に置かれたままの袋を開いて中身を確認。


「随分と包んできたもんだ」


 先ほど渡した商品の代金の軽く十倍近くは入っている。チップにしてもさすがに多すぎる。


「まぁ、あの調子ならもう来ないとは思うが」


 久しぶりに演じた小さな嫌われ者。アレクセイは一つ息を吐き出し、工房の金庫に袋を入れる。


「アレクセイよ」

「ん?」


 と、工房の奥……二階の居住空間へと続く階段から、もう一人のジョセイが降りてくる。


 薄暗い工房の中にあっても、なお淡く輝く白金の長髪。透き通るほど繊細な肢体。紫水晶を彷彿とさせる神秘の光を宿した二つの瞳は、アレクセイに向けらる。

 暴力的なまでの美しさ……精緻に彫り込まれた面立ちは、さながら神話の妖精を思わせる。


 しかし、彼女は妖精などという器に収まる愛らしい存在では、決してない。


「デミアか。どうかしたか?」

「これはもう読み尽くした。新しい物が欲しい」

「はいよ。なら臨時収入もあったことだし、午後から出掛けるか」

「うむ。よろしく頼む」

「だいぶ予定が狂いはしたが、もう少ししたら街の外にも出る予定だ。今回は余計に本を漁っておくか」

「ほぉ、それはよいうのう」


 彼女こそ、人間と数千年の永きに渡り敵対してきた怨敵。

 魔獣の生みの親であり、世界の創世記からこの世に存在し続けてきた本物の神――“魔神”にして“創造神”『デミウルゴス』である。


 今は名を変え、デミアと名乗るカノジョは、胸元に分厚い本を抱えながら、アレクセイの返答に、白い花のような微笑みを浮かべた。

今週土曜日まで六話投稿します。

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