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カゾクとして

 世間は大いに(悪い意味で)賑わっていた。

 

 突如出現した二体の巨大魔獣。そのうちの一体はかの伝説に謳われた魔獣を生み出す魔獣……幻獣ときた。

 記憶に新しい街道の封鎖。そこで発生した土人形クレイドールの大量発生。こちらも原因はいまだ明かされず……しかし世間ではこちらも幻獣による仕業だと囁かれていた。


 それが真実なのがまた怖いところ。だが話の真偽を探るより先に、彼らは自分たちの生活を立て直すのに奔走する日々。

 しかしここは商業都市。こんな状況でも商魂たくましい商売人たちはこぞって外から資材やら人員をかき集め、復興事業で一儲けしようと企む強かな連中が日夜駆けまわっていた。


 最近ではギルドへ寄せられる依頼も増えに増え、特にギルド所属の錬金術師たちへの納品依頼はひっきりなし。中でも滋養剤の需要は過去に例を見ないほどいように高まり、街では品薄が続き、高額で取引までされるような始末であった。


「―はい。今日の分、収めていくぞ」

「お”お”~~……アレクセイ様……今日も、ありがどうございます……」

「お、おおう……大丈夫か?」

「やめてやる……こんなところ早くやめてやります……ケケケケケ……」

「……」


 滋養剤をギルドに納品したアレクセイは、もはや死霊のごとく頬がこけた受付に頬を引きつらせた。

 アレクセイは、彼女にそっと一本の滋養剤を「お大事に」と手渡した。

 すると、以前はぐびっと一気に煽っていた彼女は、瓶を手に瞳を潤ませ、


「うぇぇぇぇぇん! アレクセイ様だけです~。私に優しくしてくれるの~!」

「おい!」


 受付ごしに、彼女はアレクセイの腰にしがみついてきた。涙やら鼻水やらをたらしながら、隈が浮いた目元でアレクセイを見上げてくる様は憐れを誘う。


「ぶぁいにぢしごとばっかりなのに~、どごもじようざいおいでないじ、あっでもばがみだいにだかいじ~」


 泣き言を言いつつも仕事をこなそうとしているあたり、なんとも義理堅いと言いうか……


「また明日も納品してやるから! この手を放せ!」

「ぶぇぇぇぇぇっん! あれぐぜいさ~ん!」


 人目も憚らず、受付はしばらくアレクセイの服を涙と鼻水で汚しながら泣き続けた。


 ◆


 ……ひどい目に遭った。


 色々とぐっちゃぐちゃになったアレクセイは錬金工房へと帰宅。

 扉をくぐり「いま戻った」と声を掛ける。


「おかえり~♪」

「おわっと! フェリア!?」


 あの激戦の後。フェリアを蝕んでいた魔力は霧散し、カノジョはショウジョの姿になって意識を失った。しかし、触媒である短剣が突き刺さっていた箇所には大きな傷跡が残り、カノジョはしばらく眠ったままの状態が続いていた。

 つい先日に目を覚ましたのだが、大量の魔力を体内から消費した影響か、高熱を出して寝込んでいたのだが……


「フェリア、まだ起きてはならんと……まったく。先日の傷も魔力も、完全には回復しておらぬというのに」

「デミア」

「そなたか。帰っておったのじゃな」

「今しがたな。それより、大丈夫なのか?」


 アレクセイが飛び付いてきたフェリアを見つめる。


「そなたがここを出た直後に、急にこの勢いでの。食欲が湧いてくるのか、備蓄していた食料を全て平らげてしまっての」

「起きた~!」

「……おい」

「えへへ~♪」


 邪気のない笑みを浮かべ、アレクセイを見上げてくるフェリア。首にはいまだ痛々しい包帯が巻かれている。少し前まで、話すことさえ困難だったというのに。


「お前、傷は痛まないのか?」

「まだちょっとチクチクするけど、平気!」

「これ、まだ完全にふさがっておらんのだ。無茶をして開けば、また声が出なくなるぞ」

 

 デミアがアレクセイからフェリアを引きはがそうとするが、カノジョは「や~!」としがみついて離れようとしない。


「これ、いい加減にせぬか! 傷の回復が遅いのも、そもそも魔力が回復しておらぬからじゃぞ! 大人しく寝ておれ!」

「や~! アレクセイさまにぎゅってしてもらうの~!」

 

 駄々をこねるフェリア。アレクセイは困ったように苦笑し、デミアに頷いてフェリアを抱え上げる。


「ぎゅ~♪」


 すると、フェリアはアレクセイの首に抱きつき、頬をすりすりとこすりつけてきた。


「はぁ~。随分とそなたに懐いたものじゃな」

「はは……」

 

 熱でうなされていたフェリアを、アレクセイとデミアは交互につきっきりで看病していた。


 フェリアをどうにかデミアの下へ連れ帰った時、


『アレクセイ……ありがとう。こやつを、助けてくれて』


 フェリアに優し気な眼差しを向けながらも、カノジョはどこか困ったように、『これが、染まった、ということなのかもしれんな』とつぶやいた。

 

 世界を存続させるためなら、たとえ身内であっても容赦しない。それがかつてのカノジョの在り方だった。

 しかし、苦しむフェリアにデミアは眉を下げ、心を砕いていたように見えた。

 カノジョは自分を『世界を存続させるための装置』だと言った。だが、今のデミアは……


「フェリア、おいで」


 アレクセイは、フェリアをそっと引きはがし、デミアへ委ねた。


「デミアさま?」

「あまり、心配を掛けるな」


 カノジョは、小さな躰を抱きしめて、優しく赤い髪を梳いてやる。

 フェリアは「えへへ~」と表情を緩めると、今度はデミアに抱き着いた。


「デミアさまも、あったかい」

「そなたは、熱すぎるくらいじゃ」

 

 などと言いつつ、フェリアを放そうとしないデミア。悠久の時を、世界のためだけに生きたカノジョは……目の前の小さなカゾクのために、苦笑していた。


「そういや、ティアはどうした?」

「まだ屋根裏でふてくされておるよ」

「そうか」


 しばらく、フェリアやギルドからの依頼にかかりきりで、ティアにかまってやることができなかった。

 さすがに、そろそろ相手をしてやらないと、どこかで暴発するかもしれない。


「近いうちに、あいつの相手もしてやらないとな」

「うむ。じゃが、心して掛かるのじゃぞ。あやつは、そなた相手にも手心は加えんぞ」

「理解してるよ」


 思わずため息が出てくる。しばらくは、命がけの手合わせが続きそうだ。

 と、フェリアはデミアから離れると、アレクセイに近づき、


「アレクセイさま」

「うん?」

「アレクセイさまは、デミアさまと魂が混ざってるんだよね?」

「ああ、まぁな」

「うん……じゃあ、『私のも』あげる♪」


 直後、カノジョはアレクセイに飛び付き、彼の唇に自分の唇を重ねてきた。

 咄嗟のことに反応できず……しかしアレクセイは、自身の内側に強烈なまでの熱が入り込んでくる感覚に襲われた。

 まるでひな鳥がついばむような口づけののち、頬を上気させてフェリアが離れた。


「えへへ……あげちゃった、私の魂」

「おまっ、なにを」

「ふむ。どうやらそなたはフェリアから魂の一部を譲渡されたようじゃな。それは、こやつがそなたを認めたという証じゃ」

「えへっ♪」


 魂の譲渡。聞きなれない言葉。しかしアレクセイは、己の内側で暴れ狂うようんな魔力の猛りに胸を抑える。


「なじむまでしばし掛かるじゃろう。じゃが、安心してよい。そなたの魂の器なら『まだ余裕がある』ようじゃからな」

「デミア、お前……なにをいって」

「デミアさま~、お腹すきました~」

「もう食料は残っておらんぞ」

「あう……」

「まったく。アレクセイよ、悪いが何か適当に買ってきてもらえぬか?」

「あ、ああ。わかった」


 詳しい話を訊く間もなく、アレクセイは再び工房を出た。

 外気に触れても、心臓のあたりで脈打つような熱は、しばらく収まってはくれなかった。同時に、これまでにないほど体に力が漲ってくるのを感じる。


 が、


「まぁ、いっか」


 考えてもしょうがない。今はただ、自分もフェリアにカゾクとして認められたのだと、そう思うだけにしておこう。

 なにはともあれ……


「食料、買いだめしておかないとな」


 デミアと共に街の外で旅をするのは、まだほんの少しだけ、先になりそうだった。

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