飛ぶ鳥を落とす
アレクセイは再びティアに巨人になるよう指示をする。
地上に現れた獲物目掛け、魔獣の群れがデミアの魔術を掻い潜って下降してくる。
しかし、ティアが剛腕をひと薙ぎするだけで魔獣はバラバラにされて地に落ちる。
【KIEEEEEEEE!!!】
これまで街の上空を旋回するだけだったフェリアが、ティアを視界に収めていなないた。炎の翼からは火の粉が舞い、散る羽からは魔獣が次々と生み出されていく。
【それで、どうするつもりだ? まさか、貴様をあいつまで投げろ、なんて話をしているわけではないだろ?】
「……」
先程まで、アレクセイは魔獣を足場にフェリアに肉薄する腹積もりだった。しかし空を飛び回るフェリアに追いすがるだけでも至難。
浸食されたフェリアに理性が残っているかはわからない。だがティアがこの場に現れたことで、カノジョは間違いなく敵を認識した。
「ティア、頼みがある」
アレクセイの提案に、ティアは巌のような顔を歪め【面白い】と賛同。
フェリアからはこれまでにないほどの殺意が感じられる。ティアから攻撃されたことで生物としての生存本能が刺激されたか。炎を纏った鳳は巨大な翼をはためかせ、アレクセイたちへ向けて極大の火炎魔術を放ってきた。
【乗れ!】
アレクセイはティアの躰に飛び乗る。直後、ティアは魔術を躱すように大きく跳んだ。着弾と同時に大地が爆ぜる。火柱が上がり、瞬く間に辺りを火の海へと変えた。
「たったの一撃でこれか……」
笑えない。今日まで、カノジョたちがどれだけ手加減して人間社会に紛れていたのかを再認識させられる。ひとの世で伝説として囁かれてきた魔獣を生み出す怪物。
魔獣の上位存在として、幻獣の名で世界を震撼させた生命の頂点。
「アイシクル・エッジ!」
アレクセイはティアの肩に飛び乗り、フェリアに向けて氷の魔術を放つ。
真っ直ぐにフェリアを強襲する氷刃。だが行く手を遮るように魔獣の一匹が刃を受けて両断される。同時に、氷の刃も砕けて宙で溶ける。
「エンチャント――ブラスト!」
だが、アレクセイの詠唱と同時に、砕けた氷刃の周辺に魔術式が浮かび上がる。
刃は破片に砕けたまま、魔力により推力を取り戻し、無数の小さな礫となってフェリアへと飛んだ。
【!!】
フェリアはくちばしを大きく開くと、火球を吐き出して氷の礫を全て撃墜。自身の周りを飛翔する魔獣も巻き込み、火球はアレクセイとティアの方へ向かってくる。
【フハハハハハ!! 小さい!! 小さいわ!!!】
ティアは燃え盛る大地を鷲掴みにすると、地盤を引っこ抜くかのように持ち上げた。躰を回転させ、迫る火球に大地の一部だったものを放り投げる。
火球と大地は凄まじい衝撃となり、デミアが張った結界ごと街を大きく揺らした。
アレクセイはティアの躰にしがみつき、吹き飛ばされないよう力を込めた。
……でたらめだ、こいつら。
果たして、アレクセイの見ていないところで毎日どんな戦いを繰り広げているというのか。
以前、半島をひとつ吹き飛ばしたという話は聞いた事があったが……あれが決して誇張された話ではないことを改めて知らしめられた気分だ。
【GIAAAAAAAA!!!】
【KIEEEEEEEE!!!】
二体の幻獣が吼える。
フェリアが空から火炎魔術を放ち、ティアは大地を抉り、投げつける。アレクセイは二体の戦いの中、隙を見ては魔術による一撃をフェリアへと放つ。
威力は決して高くない。それでもフェリアはティアという敵を前に、鬱陶しいまでの妨害をしてくるアレクセイに意識が散漫になる。
二体の幻獣による戦いは苛烈の一言に尽きた。街道は原型を失い、周囲の木々はなぎ倒され、大地は火の海。
街からこの光景を見ていた者は、あまりの惨状にこの世の終わりを幻視した。
もしもデミアの結界がなければ、今頃街は完全に壊滅状態になっている。
そんな状況の中、アレクセイは静かに状況を見守る。
己が動くべき時はいつか……その機会を淡々と伺い、機を待つ。
激しく揺れる視界の中、ティアが放った巨石による一撃が、空を飛ぶフェリアをよろめかせる。
アレクセイは全身に魔力を滾らせ、魔術の詠唱に入る。
「地を焼き、裂け……驟雨の蒼雷――ヴォルト・レイン!」
フェリアの上空に展開された大規模術式。
上空を仰いだカノジョに、雷の雨が降り注ぐ。
地上からの一撃に意識を引っ張られていたフェリアは、咄嗟の回避が間に合わず、雷撃をまともに浴びた。
燃える翼、黄金色の羽毛が焼かれ、フェリアは苦悶に鳴いた。
【KIEEEEEEEE!!!】
「っ!」
が、フェリアは自身の魔力を強引に外へと開放し、アレクセイの術式を破壊。それによって生じた余波が空を飛ぶ魔獣たちを吹き飛ばした。
直後、フェリアの躰よりも更に巨大な魔方陣が展開される。急速に高まる魔力濃度。可視化できるほどに魔力の渦は、さながら渦巻く大火のごとく。
街を囲むデミアの結界もろとも、この辺り一帯を丸ごと吹き飛ばしかねない大魔術。
「ティア!」
【仕掛けるか】
アレクセイの合図に合わせて、ティアは両手で大地を掴み上げる。剥がされてティアに握られた二つの大地。
魔術の発動準備に入ったフェリアへ向けて、ティアは片方の手に持ったソレを投げつける。
しかし、その一撃はフェリアの周囲に集まった魔獣の群れによって阻まれ……途端、土塊と地に落ちる魔獣の間から、もう一つの大地がフェリアへ向けて飛来。
直撃を察したフェリアは、練り上げ中だった魔力を解放。高熱となった魔力は、大地をドロドロに溶かした。
再び魔術の発動準備に入るフェリア。その周囲には魔獣が陰になるほどに集まる。次こそは邪魔されてなるものか。
【はっ……時代は流れるか。そうは思わんか、フェニックス……この我輩が】
【?】
【人間なんかと、手を組む時が来るなどと】
【!?】
ティアの独白。直後、浸食されたフェリアの意識は、その肩にこれまで認めていた存在がなくなっていた事実に気が付いた。
「おおおおおおおおおおっ!!!」
直後、アレクセイはの声が大気に響く。
どこから? フェリアは首を巡らせ、辺りを見渡す。が、その声の出所は――空!
アレクセイは、二度目のティアの投擲した大地にしがみつき、そのまま空へと跳んでいたのだ。
「ティア!!」
アレクセイの指示に、ティアは再び巨石と化した大地を投げつける。だが、その行く先はフェリアではなく――
「っ! ――ゲイル・バースト!」
アレクセイは風魔術を発動。迫る巨石を砕き、
「アイシクル・ウェーブ!」
地上へ落下する土塊を氷の魔術で強引につなぎ合わせ、フェリアへ至る道となる。
歪に開かれた、勝利への架け橋――アレクセイは、重力に導かれるまま、氷の大地を駆け降りる。
【KIEEEEEEEE!!!】
フェリアの鳴き声と共に、周囲を旋回していた魔獣たちがアレクセイへと集まる。だが、彼は斧を手に、走る足をそのまま滑らせ、体を回転させながら魔獣を薙ぎ払い、徐々にフェリアとの距離を詰めていく。
勢いは徐々に増し、仮にここでフェリアに取り付くことなく滑り落ちれば、落下死は免れない。
しかし、アレクセイは更に加速。もはやここで止まるなどという選択肢は最初からない。
ここで勝負を決める。
魔獣の爪が、嘴が、アレクセイの肌を裂き、血が舞う。
――フェリア!
氷の滑走路が終わり、アレクセイは宙を飛ぶ。この瞬間、初めて彼はフェリアと視線を交わした。
『かえして……デミアさまのところに、かえして!』
途端、脳裏にフェリアの叫びが頭に響いた。
カノジョは、ずっと抗っていた。ただ、敬愛する主の下へ、帰りたいと……
「ああ。あいつなら、すぐに迎えに来てくれるさ。だから」
アレクセイは、フェリアの首に突き刺さった魔術触媒――まるで宝剣のような美しさで光を放つ短剣に手を掛け、
――帰るぞ、皆で。
構築された術式に、自身の魔力を強引に流し込み、破壊した。
投稿が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。




