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混乱する戦線

『我が小物たちの相手をしよう。その隙にそなたはフェリアを』


 アレクセイとデミアは二手に分かれた。

 空から街を強襲する魔獣。しかし進行はデミアによって張られた大規模な結界によって阻まれる。

 だが、街の中にすでに入りこんでしまった個体が一〇体以上。

 ギルドは所属する冒険者を緊急招集、魔獣への対処を急がせた。街の衛兵たちは住民の避難を最優先に動く。

 

 しかし、貧民街や街の裏手まで人手が回らず、魔獣の襲撃に悲鳴が上がった。


「――おらよっと!」

「も~う! なんなんですかこれ!?」

「つべこべ言ってねぇで走れ! 連中の餌んなりたくなきゃな!」


 錬金術師のミーア、そして彼女を守るように前を走り、魔獣を切り伏せる貧民街の頭目、ヴェイン。

 ヴェインの部下たちは貧民街の守備にあたっている。衰弱した者の多い貧民街には数匹の魔獣の姿。荒事を生業にしている彼らも、魔獣を相手にしたことがあるものは少ない。

 それでも、彼らは自分たちの住処を守らんと、果敢に魔獣と対峙する。


「今日は厄日だ」

「ええ、全くです」


 悪態をつきながら、アレクセイに任されたミーアを護衛するヴェイン。彼は頭上を見上げ、眉間に皺を寄せた。


「いったい、何が起きてやがる」


 貧民街の喧騒。街の裏側で、彼らは誰に頼ることなく己を守っていた。


 ――その一方、ギルドは飛来した大型魔獣の対策に幹部たちが集まっていた。


「なんなんだアレは!?」

「あのような大型種の存在は、ワタシも聞いたことが……」

「今はヤツの正体より、どうアレを討伐、あるいは撃退するかを話し合うべきです」

「それはもっともだが。街の中に入り込んだ魔獣の対応だけで手一杯だ。街の衛兵たちに強力を仰げんのか?」

「この街は多方面から商人……しかも大商会の会長まで来ている……そちらの護衛、街の混乱を避けるための避難誘導……魔獣にまで手が回らないそうだ」

「ちっ……ではどうする? 現状、他の魔獣は空から降りてくる様子はないが……それだって時間の問題だぞ」


 地上に降りてきた魔獣の他、空にはそれ以上の数の魔獣が街を旋回している。

 ギルドの者たちは、デミアの結界が街を守っていることなど知る由もない。


 だが、それ以上に街の中に入ってきた魔獣への対処さえ難しい状態だ。

 なにせ街のど真ん中。ひとが密集し逃げ惑う中で、冒険者たちは住民や商人たちを気にしながら戦わねばならない。

 しかも、今回飛来した魔獣はいずれも強力な個体。実力のある冒険者は地方へ出ており、今のギルドの戦力では、被害を最小限に抑えるのが精いっぱい。


 ――失礼します。


 会議室の外から声が掛かった。入室してきたのは受付を務める女性職員だ。


「報告いたします! 街の周囲に、何者かのによる魔術結界が展開! 外へ出られなくなっているとのです!」

「なんだと!?」

「現在、一部の冒険者たちが結界の抜け道を探しているのですが……」


 職員の声音に嫌な予感を覚えた幹部たちは、額から汗を垂らした。


「結界は四方の正門含め、街全体を……覆っているものと推測。抜け道が、どこにも見つからないと」

「なんなんだ……なんだというのだいったい!?」


 幹部の一人が卓に拳を振り下ろした。

 魔術的な結界? 街全体を覆っている? これでは逃げ場がない。

 そもそも、街の全てを結界で覆うなどという、あまりにも常軌を逸した大魔術が、いつ行使されたというのだ?


「ギルド長……我々はどうするれば」


 これまで黙して会議の行方を見守っていた男。ギルドの長たる彼は眼光鋭く問いを投げた男を睨んだ。


「このような状況で貴様らが慌ててどうする……まずは結界の抜け道を捜索している冒険者どもを呼び戻して魔獣の対処をさせろ」

「は、はい!」


 受付はすぐに踵を返して外へ走った。


「よいのですか? 結界から外にでられなければ、」

「貴様、魔獣の群れが空を覆っている街道にノコノコと出ていくつもりか?」

「そ、それは」

「結界がどういった意図で、誰が展開させたかは知らん。だが現状、その結界によって街の中へ魔獣『さえ』入ってこれないと考えるべきだ」


 でなければ、空の魔獣が地上の獲物を前に、いつまでも空を旋回している理由に説明がつかない。


「とすれば、街の外を飛び回っているあのデカブツも今すぐ街の中に入ってくるわけではないだろう。ならば、今ある戦力を全て投入し、内部の魔獣に対処しろ。ここで雁首揃えて無駄話している貴様らもだ。前線に出て魔獣の一匹でも狩ってこい!」


 ギルド長の一声で全員が会議室を飛び出す。なかば追い出されるように前線へと彼らは走る。これでもかつては名の知れた冒険者たちである。力衰えようと、前線で指揮を執るくらいはできるだろう。

 と、先ほどの受け付が再び戻ってきた。


「ほ、報告しま……あれ? 他の皆様は?」

「今しがた外に放り出した。それで、今度はなんだ?」

「えと、その……」

「ハッキリとモノを言わんか!」

「ひぃ! げ、現在! 空を飛翔中の魔物の群れに、何者かによる魔術での攻撃が確認されました! そ、それも……大禁呪に匹敵する大魔術、だそうです……」

「は?」


 ギルド長は思わず呆けた声を上げ、窓の外を見やる。途端、空を覆う魔獣に向けて、幾重にも多重展開された魔術式が目に飛び込んだ。空を焼く紅蓮の奔流。

 自分は今まさに、地獄の片隅にでも立っているのではないか。


「重ねて……ご報告を~……」


 受付も、もはや涙目である。


「今度は、なんだ?」

「塔の上から地上を観測していた者からの報告によりますと……北の方角から、別の大型魔獣の存在を確認したと~」

「…………」

「ギルドちょ~う」

「今日で、この街も終わりか」


 全てを投げ出すように、ギルド長は立てかけた剣を手に取る。


「俺も出る。留守を任せた」

「え? ちょっと!? ギルド長!?」


 剣を担いで走り去っていく後姿を見送り、職員は内心、


 ――お前ら全員でギルド空っぽにしてどうするんだ~~~っ!!


 と、叫ぶ。窓の外は阿鼻叫喚。受付の彼女はポツリと一言、


「もうこんな仕事やめてやる」


 呪詛塗れの思念が外へと溶ける。

 眼下へ見下ろせばどこもかしこもひとの悲鳴に溢れていた。


 ◆


 デミアはギルド本部の塔……その頂に立ち、ふと気配を感じて首を巡らせる。

 直後、視線の先。錬金術師の総本山と言われる建物の頂に、真っ黒な被り物(フード)で顔を隠した人物を認める。


「……ふん」


 デミアは鼻を鳴らした。すると、被り物をした相手と、離れた距離を隔てて視線が交わる。


「まさか、貴様のような怠惰な半身が、このようなことをするとは」


 ――失礼な。わたくしはただ、トラレタモノを返して貰いに来ただけ。


「……なんのことを言ってるかは知らんが、貴様の思い通りにことが運ぶなどと思うなよ」


 ――あら怖い。ですが、『染まり始めた』あなたに、これを切り抜けられるでしょうか?


「うぬぼれるなよ我の空蝉うつせみ風情が。所詮は不純物にすぎぬ貴様に、我をどうこうできるなどと思い上がるではないわ」


 ――はっ……地に堕とされた分際で……まぁいいでしょう。どうせ、結果はすぐに出ます。


「だろうな。我と、そしてあの者が、この状況を打開する。そこで、指を咥えて視ておれ」


 途端、錬金術師の塔から気配は失せ、デミアは視線を上空へと向けた。


「頼んだぞ……勇者よ」


 デミアの視界が、フェリアへと飛ぶ、矮小な存在を捉えていた。


 ◆


『アレクセイ、聞こえておるか?』

「おう。問題ない」

『うむ。先ほど結界を張った。空の一部に抜け穴がある。そなたなら視えるはずじゃ。そこから外に飛び出せ』

「……簡単に言う。まぁ了解」


 空に目を凝らす。先ほど、魔力の波が頭上を奔ったのを感じ取った。そこに、魔力の障壁が綻んだような……小さな穴を見つけた。


 ……あそこに跳べってか。


 地上からどれだけ離れていると思っているのか。しかし、場所はちょうど街の行政区に立つひときわ高く聳える塔の真上。


 ……今の俺の跳躍力で足りるか。いや、さすがに無理か。


 となると、


 アレクセイは一度屋根から地上へと降りる。眼下では、今まさに魔獣と交戦中の冒険者集団。 

 しかし、面子の顔ぶれは若く、実戦経験に乏しいのか押され気味だ。その中に、集団から少し離れて逃げ遅れた住民を庇う法衣を纏った少女が一人。


「今日の俺は運がいい」


 アレクセイはすぐに乱戦の中へと飛び込んだ。


「えっ!?」


 法衣の少女がすぐにアレクセイに気付いた。彼は魔獣の猛攻をかろうじて凌ぐ冒険者の下へと走り、手にした粗末な斧を振りかぶり首を落とした。

 ほとんど一瞬の出来事。理解が追い付くよりも先に、彼女と背後の市民目掛けて魔獣が空から飛来。


「ぐっ!」


 結界で空からの一撃は防いだ。しかし魔獣は地上から空へと旋回、立て続けに攻撃を仕掛けてこようとギラつく視線を少女へ向けた。

 

 ……だめ、これ以上攻撃されたら結界が!


 すでに綻びはでている。魔力を注いでなんとか結界を維持するがそれでもどれだけもってくれるか。獲物の余裕のない表情に、勝ちを確信したか。魔獣はけたたましい鳴き声と共に少女たちへ向けて一気に下降。鋭利な嘴を真っ直ぐ伸ばした。


「ふっ!」

「っ!?」


 しかし、眼前まで飛来した魔獣目掛けて斧が投擲された。回転しながら刃が魔獣の目を抉り、きりもみ上に落下した魔獣は、先ほど乱戦に飛び込んできたアレクセイによって首をへし折られて絶命した。

 目の前に転がった魔獣の亡骸に「ひっ」と少女は腰砕けになる。股間を湿らせる水気に、自分が今しがた死にかけていたことを実感する。


「無事か」

「は、はい~」


 もはや言葉もなく、少女は目の前の相手を見上げた。ふと、被り物の奥に見えた瞳と目が合う。その優し気な眼差しに、少女は思わず涙する。


「よく頑張った。もうこの辺りに魔獣はいない。あとは建物の中に隠れていたほうがいい」

「わ、わかりました」


 頷く少女。すると、彼は膝をつき、こちらをしばし見つめてくる。


「よし……これでなんとなかなる」

「え? あ、あの、今のは」


 じっと見つめられて、思わず頬が紅潮した少女。しかし彼は「いや、気にしないでくれ」とだけ残し、すぐに立ち上がった。


「お前は優秀な冒険者になれる。研鑽を怠らないことだ」


 アレクセイは少女から視線を外すと、再び屋根の上へ。瞬く間に見えなくなったその姿を、少女は見送った。


「『魔術師』。それとまさか『龍騎兵』のジョブもちまでいるとはな」


 先程の少女。一見すると魔術系統のジョブもちかと思ったが、あの物理耐性に特化した結界を展開できるのは『結界師』か『賢者』……あるいは『龍騎兵』に限られる。

 近接特価型のジョブとして知られ、攻防一体の構えで敵に切り込む。聖騎士と比べて防御面は劣るが、そのぶん攻撃面では優秀なジョブである。

 まだまだ力に慣れていない分、自分の立ち回りも研究中だったのだろう。

 加えて、龍騎兵は他のジョブと比べて、『跳躍力』に優れているという点が挙げられる。

 最悪、魔術で自分を強引に空へと打ち上げて、フェリアに近づくつもりだったが。


「相変わらず、ここぞという時に都合がいい」


 勇者の力には、アレクセイが必要とするジョブへと導くナニかがある。

 それは、アレクセイも気付いていた。

 自身の恵まれた環境、マルティーナたちとの出会い、彼女たちがもつ希少なジョブ、デミウルゴスとの決戦で必要な力が、自身の下へと集まってくるかのような感覚。

 かつての仲間たちからは、この現象に対して、


「『幸運の女神』か」


 果たして、自分は誰かの掌の上で踊っているかのような……それは錯覚か、あるいは……

 いずれにしろ、今はこの力でもって、フェリアの下へ。


 アレクセイは、脚に力を込めて、更に速度を上げた。

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