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心はいつも不定形

 ――フェリアとティアは街から数里ほど離れた人けのない土地で対峙。地面を抉り、木々を薙ぎ倒し、拳を重ねていた。


「はっ!」


 フェリアの小さな躰がティアの懐に潜り込む。小柄ゆえに軽い身のこなし、フェリアの足技が放たれる。

 しかしティアは身を引きながら肘でソレを受ける。響く衝撃で大地に亀裂が入り、褐色の躰が防御の上から吹き飛ばされる。

 さすがは、小さくとも神によって作り出された眷属。その力はティアを前にしても劣ってはいない。


「はっ! 軽いんだよ!!」


 が、ティアは何事もなかったかのようにケダモノの笑みを浮かべ、フェリアへと突進。肉薄するティアに対し、フェリアも真正面から迎えうつ。


 両者が激突するの同時に、大地が爆ぜた。隆起した土塊はさながら剣闘場コロッセオのよう。


『あんま変身してやり合うな』


 アレクセイから忠告された二人は擬態のまま死闘を演じる。

 つい最近、あまりにも熱が入り過ぎて大暴れ。大陸から伸びた小さな半島を海へ沈めた。噂は風となり街へ流れ込み、危うくフェリアたちの存在を勘付かれるところだった。

 以降、二人の模擬線 (ほぼ殺し合い)は擬態のままで実施されている。


 まるで星の外殻を削り取るかのような戦い。俗人が巻き込まれたなら、一瞬にして命が散らされる。


「ふんっ!」


 フェリアが愛くるしい声音で小さな拳を繰り出す。尤も、その見た目からは想像もできないような、必殺の威力を秘めた一撃である。

 しかしティアは難なくカノジョの拳を受けとめ、腕を掴んで持ち上げるなりフェリアを地面に叩きつけた。


「いったっ! こんのっ!」


 地面が陥没するほどの威力をその身に受けても、フェリアはそのまま立ち上がってティアに頭突きを決める。


「あがっ」


 顎でそれを受けてティアがたたらを踏む。すかさずフェリアの蹴り技がティアの腹部に命中。躰を折り曲げて吹っ飛んだ。


「はっ! やるじゃねぇかよ……おら!!」


 それでもティアは倒れない。空中で躰を捩じって受け身を取り、両の拳を地面に振り下ろして大地を隆起させる。

 迫る土杭をフェリアは跳んで躱す。

 ティアはカノジョの背後へと大きく跳躍し、空中で躰を縦に回転させて叩き落とす。


「ぐにゅっ!」


 再び地面を接吻する羽目になったフェリアは、口に入った砂利を「ぺっぺっ」と吐き出し、殺意に溢れた瞳でティアを見上げる。同じ眷属でも戦うならば敵。フェリアもティアも、一切の手加減なく相手を殺しにかかっていた。

 

 これがカノジョたちにとっての日常である。そこに人間的な常識は存在せず、相手を戦闘不能になるまで叩き潰す。

 

 しかし――


「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ~」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……あ~、くそっ」


 数時間に及ぶ戦闘の末、決着はつかず……フェリアとティアはお互いに地面に倒れ、空を見上げていた。


「ま~たこれか」

「あうう~……からだじゅうがいたい~」


 いつもこうして引き分け。フェリアとティアは互いに回復するまで地面に転がり、その後に街まで帰るというのを繰り返す。


「やっぱ擬態しままってのはやりづれぇ……」

「だ~め! 変身して戦っちゃいけないって言われてるもん!」

「クソ真面目かよお前は……はぁ~、まぁいい。今日はもう帰る」

「わたしも帰ったらデミアさまにぎゅ~ってしてもらう」

「お前それ好きだよな」

「なんだか安心するの」

「ふ~ん。ならオレがしてやろうか?」

「やだ。ティアのは気持ち良くない。いたいだけ!」

「あっそ」


 先程まで本気で殺し合いをしていたとは思えない空気感。弛緩した躰、襲ってくる眠気。フェリアは大きく欠伸をした。


 途端、


 ――こんにちは。


「え?」


 頭上から、声がした。


 ――役に立ってね、あのコのお人形さん。


 気付いた時には、フェリアの首に、短刀が突き刺さっていた。


 ◆


「フェリア!?」


 アレクセイは視線をわずかに下ろして女の存在を再確認するも、すでにそこに姿はなく。


 ……あいつ……いや、それよりも今は、


「フェリア、あいつなんでいきなり」

「……あやつ、妙な魔力に浸食されておるな」

「なに?」


 空に突如出現した巨大な鳳の姿に、周囲の者が一斉に逃げ出す。冒険者はギルドへ走り、大通りはかなり混乱している。

 アレクセイはデミアと共に建物の屋根へと跳び上がり、フェリアの姿を注視した。


「なんだ、アレは?」


 まるで悶えるように滅茶苦茶に飛び回るフェリアの首に、まるで拘束具のような白い魔術式が展開している。術式から幾重にも伸びた魔力が、さながら根のようにフェリアの躰に絡みついていた。


「デミア、ここからあの術式に干渉できないのか?」

「……無理じゃ。アレはおそらく、なんらかの触媒を介して術式を展開しておるのじゃろう。魔力そのもので編まれた術式であれば、我が外から魔力を強引に流し込んで上書きもできようが……触媒に直接刻まれた術式では……」

「触媒。ならそいつを破壊すれば」

「うむ。じゃがどうするつもりじゃ? あの様子からして、触媒の位置はおそらくあやつの首。狙撃しようにも小さすぎる上に動きが激しすぎる。そなたも、今は空を飛べる術を持つまい」

「くっ」


 フェリアは街へ突っ込んできては、急旋回を繰り返しているように見える。しかし、その度に首の術式が発光し、フェリアの悲痛な鳴き声が辺りに響く。


「あやつの躰を支配できるほどの魔力量に術式の構成……ただの人間にそのようなものが作れるか?」


 しかし、デミアはフェリアの様子よりも、カノジョに干渉し続けている拘束術式に関心を向けている。


「それはいまどうでもいいだろっ……いや、それ以前にティアはどうした?」

「わからん。もしかすると、暴走したフェリアに――なにっ!?」


 デミアが目を見開いた。視線の先では、フェリアの翼から散った火の粉が、魔獣に姿を変え、一斉に街へと飛来する。


「あやつ、この地の魔力を吸い上げて魔獣を……これは、もはや猶予はならんか」

「っ!? デミア!?」


 カノジョは虚空に腕を上げ、ひとつ息を吸い込む。


「刺し、うがt」

「よせ!」


 アレクセイは咄嗟にデミアの腕を掴んだ。


「なにをするつもりだ!?」

「知れたこと。あやつを消滅させる」

「……お前」

「あやつは操らているとみて間違いあるまい。目的はわからぬが……いずれにしろあの調子では、この大地の魔力を吸い尽くすまで魔獣を生み出し続けるじゃろう……あやつはもはや、この世界にとっての害悪でしかない」

「お前の、身内なんだぞ」

「我は神……もとよりこの身は世界のためにある。なれば、我の生み出した眷属の不始末は、我がこの手で清算する」


 アレクセイの厳しい視線を前にしても、デミアは変わらず淡々と応じた。

 思わず、カノジョの腕を握る手に力が入る。


「それで、いいんだな?」

「いいも悪いもない。我は――」

「お前のココロは、フェリアに対してなにも感じない……そういうことで、いいんだな?」

「……」


 問答をしている時間はもうない。アレクセイはここでカノジョから出た答えで、未来を決する覚悟を決める。


「わからん」


 しかし、カノジョの下した答えは――


「あやつは、我が生み出した眷属は、人間を殺すためだけの装置じゃ……」


 感情を宿さない神の瞳から、雫が一筋、零れ落ちる。


「情などない……ないのじゃ……だというのに、何故ここが疼くのじゃ」


 デミアは、まるで心臓を掻きむしるように、胸を引っ搔いた。神秘の瞳はココロを映さず、見上げる視線は困惑に濡れていた。


「ああ……我はどこまでも、そなたに墜とされてしまうらしい」


 デミアの体から力が抜けて、屋根の上にひざを折る。同時に、こちら目掛けて飛来した魔獣が一匹……刃のような嘴に、短刀のような鋭利な爪をもった鳥獣型の魔獣。そいつはデミアとアレクセイに狙いを定め、鼓膜を裂くようにいなないた。


「うるさい」


 アレクセイは拳を握り、魔獣の嘴を砕き、翼を掴んで屋根に叩きつけた。


「そなたよ……」

「ああ」

「あやつを……フェリアを、救えるか?」

「お前が望むなら」

「なら、頼む」


 そこには、アレスもアレクセイも初めて視る、幼子のように泣き出しそうな神がいた。


「助けてくれ」

「ああ、承知した」


 心は常に移ろいゆくもの。それはひとも、神でさえ変わらない。

 アレクセイは一歩踏み出し、迫る魔獣の群れと対峙した。

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