出立前の準備
「随分と大荷物じゃな?」
「錬金術やりながら地方を回る、ってなるとな」
工房内。アレクセイは木箱に錬金術に必要な機材を詰め込んでいく。硝子製の容器にすり鉢、計り、着火剤に水などなど……
大がかりな錬成に必要な窯などの携帯不可能なもの以外はあらかた持ち出す。
「それと、地方で商売するようの品を詰め込んで…………」
三つの木箱が積み上がる。アレクセイは「こんなもんか」と額に浮いた汗を拭った。
「あとは荷車か。できれば運竜がいてくれた方が楽なんだが」
ウマは騎士や上級兵士が騎乗する優良種である騎竜と、一般的な御者が、ひとや物を運搬する際に利用される運竜とに分けられている。
「あっ! ならわたしがみんなも荷物も背負って飛べばいいんだよ!」
「……それもいいんだが、人里の近くでお前の姿を見られる危険は可能な限り避けたいな」
ティアの時もそうだが、巨大な魔獣の出現はそれだけで騒ぎの元だ。下手をすれば現地で討伐隊を組まれるなんてことになりかねない。
極力面倒は避けるべきだ。できるかぎり、穏やかな旅を心掛けたい。なにより、
「そう急ぐ旅路でもない。たまにはゆっくりと、地上から周りの景色を見て回ったらどうだ?」
空から見た景色も雄大だが、地上から周囲を囲む山々を眺め、土地に根付いた植生や生物の分布に関心を引かれる。寄り道しながらの気長な旅路だ。
「我はそれで構わん。それと、別にそなたたちも無理に我らに付き合う必要はない。好きなところへ行き、好きなように生きてみるのもよかろう……尤も、魔獣の生成だけは控えよ。あれはもはや、世界の寿命を縮めるだけじゃ」
「わたしはデミアさまについていく! 好きにしていいなら離れない!」
「ふ~ん……ならオレは強ぇヤツを探してみるか」
「ふむ。ではティアはこれから別行動かの?」
「いや、しばらくは姉御についてってやるよ」
曰く、強い奴の近くにいた方が、向こうから相手がやってくる、らしい。
「人間どもを見てて思ったんだよ」
連中はたいてい、実力の拮抗した者同士で群れをつくる……そんな秩序の崩壊と共に争いが生まれる。
「そんなわけだ。それにすぐ強ぇヤツなんざ現れねぇ。だったら手ごろなところでしばらく我慢するしかねぇだろ。あるいは……」
あんたらと一緒にいれば他の眷属とも鉢合わせるかもしれねぇしな、とカノジョは野獣のような笑みを張り付けた。
「では、各々思惑はどうあれ、我とアレクセイについてくると、それでよいのじゃな?」
「は~い!」
「おう」
話はまとまったらしい。面子はこのまま固定。アレクセイは、
……こいつらが面倒ごとを起こすのは確実だな。
と、ため息を吐き出した。
とはいえ、賑やかな旅路になることは確実だろう。尤も、フェリアとティターンがその辺でやり合って、結果的に騒がしくなる未来も容易に想像できる。思わず涙が出てきそうだ。
「さて、デミア、少し外に出てくる」
「む? そろそろ日も暮れるが、どこへ行くつもりじゃ?」
「この工房の面倒を見てくれそうな奴に交渉をな」
「なぜじゃ?」
「俺たちがいない間に、ここがまた荒れちまうかもしれないからな」
ここはアレクセイたちの活動拠点である。どこへ行くにしても、『帰ってくる場所』があるに越したことはない。
……まぁ、根無し草、ってのも悪くはないけどな。
とはいえ、その度に金策を一から構築するのは手間だ。なにかあれば戻ってこれる場所があるというのは、精神的な面でも気が楽なのだ。
「とりあえずミーアと……貧民街のヴァイクにもちょっと相談してみるか」
管理費としていくらか包んで持っていこう。
ミーアあたりからは嫌な顔をされるかもしれないが、各地から仕入れた素材を提供する、と提案すれば、話くらいは聞いてくれるかもしれない。
貧民街を実質的に支配しているヴァイクという男は気風の良い男だ。少し前、新興組織との小競り合いで彼が大怪我をした際、薬を融通してやったことがあった。以降、彼と配下の連中とはそれなりに付き合いがある。借りを返してもらう意味でも、何人か腕利きをよこしてもらおう。
交渉に出たアレクセイ。結果から言うと「なら、うちのはぐれ錬金術師に工房を使わせてやってくれ」という条件付きで、何人か用心棒を都合してくれることになった。
同時に、ミーアから予想通り盛大に嫌な顔をされたが、素材提供をダシに了承を得ることはできた。貧民街の奴にも、ミーアに手を出さないことは徹底しておく。
あそこの上にいる連中は、この工房を魔窟と呼ぶほど恐れている。
以前、何度か襲撃を仕掛けてきた際に、デミアやフェリアが容赦なく袋叩きにした過去があり、中には深刻な心的外傷を植え付けられた者も少なくない。
よほど思慮の足りない者でもないかぎり、この工房に出入りする人間に手出しをしようとは思うまい。
……つっても、この前みたいな例もあるから、油断できないんだよなぁ。
とはいえ、ヴァイクの組織から腕利きの護衛をミーアに回してくれるという話もある。代わりにミーアがスラムの錬金術師に調合の指南をする話になってしまったが。
『地方の希少素材、ほんっとうに頼みますよ……』と、じっとりとした目で、希少な錬金図鑑を押し付けられたのは記憶に新しい。
かなりずっしりとした本……使い込まれているのか、頁がかなりくたびれている。『もうほとんどの内容は記憶してるので』ということらしい。なんとも優秀な錬金術師である。
――そして、交渉から更に日が経ち……
「いつ頃にここを発つつもりじゃ?」
「ギルドから請けた納品依頼を済ませたら出発だ」
数日以内……アレクセイたちは旅路に向けて準備を進めていく。
壊れた大剣の代わりに斧を購入し、運竜に関しては、街で御者を雇うことにした。運竜だけを貸し出している業者もいたが、運竜の世話などもろもろを考えた結果、少し高くつくものの、御者を雇った方がいいと判断した。
――数日後。
「……さて、これであらかた準備はできたか」
御者は出発の当日に、街の正門で落ち合う感じで話をするとして……
「あとは食料の準備だが」
日持ちする食材を脳内で列挙していく。
「む? 買い出しかの?」
「ああ」
「では我もつき合おう」
「…………おう」
少し悩んだが、フェリアもティターンも今は街の外だ。大量の食糧を買い込むことを考えると、今回はひとの手を借りた方が効率的か。
「被り物は忘れるなよ」
「うむ」
以前、デミアが顔をそのままに外出した時は、周囲の視線と男たちの強襲にいちいち足を止めることになった。
しかも『吹き飛ばして構わぬか?』などとカノジョが不穏なことを口にするものだから、穏便にことを済ませるのに苦労させられた。
顔を隠して街を歩くのも、だいぶ注目を集めるが、
……絡まれるよりマシか。
アレクセイとデミアは外出の準備を済ませ、街の大通りへ向かった。




