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完全防備の錬金工房

 アレクセイの日常は日増しに変化の兆しを見せる。


「いらっしゃい」


 珍しいことに来客である。いつぞやこの工房にたむろしていた貧民街のならず者の一人だ。


「回復薬を貰えるか?」

「あいよ。手持ちは?」

「……これで足りるか?」


 そういって漢が手渡してきたのは、錆び付いてボロボロになった硬貨。


「足りねぇな……明日工房の中に素材を運び込むんだが、その手伝いに来てくれ」

「おう」


 アレクセイは男から硬貨を受け取り、回復薬を渡した。


「あさイチ、よろしくな」

「わかってる」

「毎度アリ」


 アレクセイは男を見送る。工房の中を見渡しながら「だいぶ片付いて来たな」と独り言ちた。


「さて、今日の調合をやっちまうか」


 アレクセイが奥へ引っ込もうとすると、「アニキ」と小柄な少年が工房に現れた。


「よう。今日はなにかいいもん仕入れられたか?」

「うす! 下水からビックラッドの前歯が採れたっスよ!」

「ご苦労さん。ほれ、駄賃」

「あんがと!」

「あんま無茶すんなよ~」


 少年は卓の上に欠けて黄ばんだ歯を置いて立ち去った。

 ビックラッドの前歯は、砕いて粘土と混ぜれば砥石の代用品として使える。通常の砥石と比べても軽く、冒険者の間では携行砥石として愛用される。


「さて、前歯三本っと……」


 壁に備えられた棚に歯をしまう。


「アレクセイよ、もうこれは読み終わった。次の本はないのか?」

「たっだいま~!」

「おう」


 と、工房の奥からデミアが本を持って現れたかと思うと、扉からフェリアとティターンが戻って来た。


「ねぇ聞いてよ! ティアってば全然手加減とかないから山一つ吹っ飛ばしちゃったんだよ!」

「お前相手に手加減とかしてられるかっての。つかブンブン飛んでねぇで降りて戦えよ」

「わたしは空を飛ぶのが普通なの!」

「チッ……やっぱお前相手だとやり辛くてしょうがねぇ。なぁアレクセイ、やっぱお前が相手んなってくれよ」

「手が空いたらな。ていうか、暇ならお前らこそ俺の仕事手伝ってくれよ」

「草取りや穴掘りなんかやってられっかよ」


 ティターン……改めティアは、悪態を吐いて椅子にドカッと腰掛けた。


「のうアレクセイよ、新しい本を」

「ああわかったわかった。明日までになんか適当に見繕っておいてやる」

「うむ。よろしく頼むぞ」


 ……随分と様変わりしたな、俺の日常。


 ティアを倒してからというもの、カノジョもこの工房で一緒に生活するようになり……しかし毎日のように手合わせを求めてくるものだから、フェリアが毎日のように相手をしている。

 二人が争うと被害が甚大なため、ひとが誰もいない場所まで飛んでいけ、と念押ししてある。戦うたびに山やら森を消し飛ばして帰ってきているようだ。

 今はいいが、いつか誰かに見られるかもしれないと思うと気が気じゃない。

 が、ティアはじっとしているのが苦痛らしく、憂さ晴らしに付き合ってやらねばすぐに暴れようとするのだから困ったものである。


 デミアは知識欲に突き動かされるまま、アレクセイが買い与えた本を毎日のように読んでいる。

 しかし本は些か値が張る代物だ。そう何冊も揃えられる物じゃない。アレクセイが買ってくる物も、ほとんどが新刊ではなく古書である。

 最近は調合書に掲載されているおまけ程度の調理手順書(レシピ)を元に、自分で料理を始めている。

 とはいえ、味音痴なカノジョの作る料理はまだまだ味に難ありだ。アレクセイが適当に作った物のほうがまだ美味い。


 それと――


「おら! てめぇこないだはよくもウチの若ぇ連中をヤッてくれやがったな!」

「いらっしゃい。なにか入用か?」

「はぁ!? ふざけてんじゃねぇぞこら!」

「アニキ、ぶち殺してやりましょうよ!」

「おうよ! って、おいおい。なんだよ随分とべっぴん揃ってんじゃねぇか」


 このように、貧民街の近くに工房があるものだから、こうしてならず者の襲撃に遭うこともしばしば。

 しかし彼らも運が悪い。よりによってティアがいる時に襲撃とは。


「お前ら~。悪いこと言わないから今日は帰れ~。また明日、日が昇った後くらいなら相手してやれっから」

「はぁっ!? 舐めてんのかこら!! 野郎ども! 男は殺して女は取っ捕まえろ!」


 こめかみに青筋を立てた男たちが一斉に得物を手に飛び掛かってくる。

 もはやならず者の手本という他ない彼らの所業にアレクセイはある意味感心する。


 が、彼等の手がアレクセイにまで届くことはなく、


「げへぇっ!?」


 唐突に相手の一人が工房の外に吹っ飛んでいった。盛大に壁を突き破って……


「ティア~……?」

「チッ……わぁってるよ。殺さなきゃいいんだろ!」

「あと建物も壊すな~」


 フェリアとの戦闘が不完全燃焼だったのか、ティアは苛立ち交じりに男どもを指先ひとつで弾いていく。

 ひとり、またひとり、と男が工房に穴を開けながら飛んでいく。

 そんな光景を外から見ていた住民たちは「まだ懲りない連中がいたもんだ」と呆れ顔。

 

 アレクセイたちがここに越してきたからの数日間……貧民街から工房を襲撃してくる連通が後を絶たなかった。

 しかしその悉くは返り討ちにされ、最近ではめっきりその数も減ってきたのだが……中には貧民街で自分の力を誇示したい連中が、たまにこの工房を狙ってくることもある。

 先日も、現在ティアが相手にしている組織の構成員をアレクセイが叩きのめし、本日めでたくそのお礼参りに来られたわけだ。まったくもって迷惑な話である。


「……明日辺り貧民街で工房修理に来れる連中の募集を掛けてみるか」


 そして、アレクセイは仕事にあぶれている貧民街の連中に適当な仕事を任せて、工房の道具や金銭を渡している。

 表の世界から忌み嫌われ、まともな仕事にありつけず、食うにも困ってる連中がほとんど。

 そんな中にあって、貧民街の人間を……日雇いとはいえ……使うこの工房は色々な意味で注目されていた。

 尤も、好意的な視線よりも「偽善者」と蔑むような目で見てくる者がほとんどだ。


「金が欲しいならこんど街の外に素材採りに行くから付き合ってくれ~」


 と、アレクセイは吹っ飛ばされた連中に向けて声を張る。完全に伸びてしまい、ほとんど聞こえてはいないだろうが。


「さて……おいティア」

「あん?」

「壊した壁の修理用木材、採りに行くからお前も付き合え」

「はぁっ!?」

「近いうちにまた相手してやるから」

「チッ……今の言葉、忘れんじゃねぇぞ」

「てなわけだ。少し出てくる。帰りは遅くなるかもしれないから、適当に食ってくれ」

「うむ。ではそなたらの食事を用意して待ってるとしようかの」

「……調理で工房を吹っ飛ばすとかはなしにしてくれよ」

「善処しよう」

「……」


 いまいち信用できない返答にアレクセイは一抹の不安を抱えつつ、ティアと共に街の外へ出る。

 近隣の森までは歩いて一刻ほど……空の陽射しはちょうど頂点へ上り詰めたことろだ。

 返ってくる頃には陽は落ちてるかもしれない。


「やれやれ」


 この街に拠点を置いてしばらく経った。ギルドで調合の依頼をこなしつつ、貧民街の連中を相手に商売もどきも成立している。


 ……そろそろ街の外に出て、行商がてら近隣の集落を周ってみるのもいいか。


 デミアとの約束。人の世を視て回ること。

 この街を始点に各地を回る……まずはこの周辺の村々を、そこから国の境界を、いずれは海を渡り、この世界に広がったひとの営みを、終わり来るその日まで、しずかに視て行こう。


 ……となると、旅支度も始めないとな。


 錬金術で行く先々で生計を立て、使えそうなジョブが拝借し……考えを巡らせていくうちに、アレクセイも少しだけ気分が高揚した。

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