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お開きは……

「――おらっ!」


 突き出された拳を首を捻って回避する。耳を掠っていった風切り音。

 アレクセイの背後で木がへし折れる嫌な音がした。

 ティターンは、その細身な外見からでは考えられないような剛腕の持ち主である。

 繰り出される一撃一撃が必殺の威力を秘めている。仮に大剣を盾にしてしのごうとも、守りの上からもろとも粉砕されるのが関の山。決してカノジョの拳を受けてはならない。


「っ――」


 アレクセイはティターンの拳を躱し、いなし、受け流す。

 森の中は非常に足場が悪い。おまけに周囲の木々が邪魔で、大剣の取り回しが悪いときた。むしろ無手であるティターンの方が機動力に優れている。それでいて一撃でも受ければ即死というこの状況。明らかにアレクセイが劣勢。


「おらおら! どうしたどうした!? ちょこまか逃げ回るだけか人間!」


 嗜虐的な笑みで獲物たるアレクセイを挑発。右の拳が突き出されたかと思えば左からの突き上げ、更には蹴りまで流れるように繋がる。


「はぁっ!」


 軸足で地面を噛み、アレスの死角を狙うように繰り出された逆回し蹴り。アレクセイは身を屈めてやり過ごす。

 大ぶりの一撃。アレクセイはティターンの体勢が整うより先に一歩前に出る。


「ちっ!」


 大剣の柄を突き出してティターンを殴りつける。しかしカノジョは舌打ちしつつ、事も無げにアレクセイの殴打を素手で受けた。


「はっ! 温いんだ――っ!?」


 アレクセイは動きの止まったティターンを前に当身。重戦士の怪力でもって強引に相手の体勢を崩す。

 一歩、カノジョの脚がたたらを踏んだ。その隙に、アレクセイはティターンの頬に拳を突き立てた。


「がっ!?」


 真横に吹っ飛んでいくティターンの体。木の幹に背を打ち付け、だらんと首が項垂れる。


 ――絶好の好機!


 しかし、アレクセイは踏み込まない。次の瞬間、ティターンの後ろに回していた腕に血管が浮き上がる。直後、ミチミチと軋むような音を立てて、


「やってくれんじゃねぇか……人間!!」


 叩きつけられた木を強引に引き抜き、アレクセイ目掛けて叩きつけてきた。


「でたらめな奴!」


 隙も大きく回避は難しくない……しかしその圧倒的なまでの膂力を前に冷や汗が浮かぶ。土煙が上がる中、こちらに飛び掛かってくる影にアレクセイは身構えた。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 豪快に笑いながら連撃を繰り出すティターン。瞳が血走り、犬歯をむき出しにするその貌は完全なケダモノ。


「いいねいいね! さすがは姉御と互角にやりあっただけある! オレとこんだけ殺り合って、五体満足な人間なんざ初めてだ!!」


 興奮したティターンの攻撃は速度も威力も加速度的に上がっていく。見境なく、辺りの木々がカノジョの攻撃になぎ倒され、もはやひとの形をした自然災害を相手にしているかのようだ。


 しかし――


「ぐっ――!?」

「動きが大胆になり過ぎだ」


 攻撃は確かに苛烈になってきたものの、その分、精査に欠けた一撃が増え、動きと動きの間に生じる隙が目に見えてわかりやすくなっていた。

 一般的な兵士や冒険者あれば、派手な立ち回りに惑わされて踏み込みきれなかったかもしれない。


 が、アレクセイはかつて、アレスとしてかの魔神の猛攻さえ凌いで見せたのだ。


 どれだけティターンの一撃が重かろうと、どれだけ苛烈な猛攻だろうと……そこに付け入る隙さえ見いだせれば、対処できないほどではない。


「ふむ。さすがじゃの」

【はい。あのティターンを相手に、あそこまで立ち回れるとは】


 デミアは鳳に変じたフェリアの背から戦況を見守っていた。

 一見、攻めているのはティターンのように見えるが、着実に相手へ一撃を入れているのは、間違いなくアレクセイだった。


「勇者とのしての力も随分と制限されておるはずじゃが……あれは、持って生まれた戦闘技能が高いのか……」


 人間離れしたあの見切り……如何に、かつてあまたの優秀なジョブを身に着けていたからと言って、果たしてあれだけの武芸を披露できるものだろうか。

 ジョブはいわば人間の身体的、技能的な能力を補強、補佐するものでしかない。いわば道具。それを扱う人間の技量、知恵が追い付いていなければ、ただ力に振り回されるのみ。


 しかし、あの男はジョブの力を限界以上に引き出しているように見受けられる。

 重戦士のジョブでティターンの怪力に対応し、風術士の力を使って身のこなしを軽くする。

 

「ティターンも熱くなり過ぎじゃ。あれではいくら攻撃してもあやつを捉えることなどできんだろうに」

【思考が単調なのでしょう。真正面から叩き潰すことしか考えていない】

「ただの人間相手であればそれも通用しようが……相手は我を地に落とした――勇者であるぞ」


 地面が爆ぜる。土塊が飛散し肌を裂いて血が渋く。しかし決して致命傷にはなりえない。派手な攻撃ではあるが目くらまし以上の意味を持っていない。

 

 ……場が開けてきたか。


 ティターンの無秩序な攻撃を前に周囲の木々がなぎ倒され、


「はっ!」


 アレクセイの手にした大剣が薙ぐような軌跡を描く。障害物が減り、剣を振る余裕ができた。ティターンの有利はその機動力と破壊力を、この狭い空間で利用すること。

 アレクセイの武器は間合いに優れる反面、こういった場所では存分にその潜在能力を発揮させることができなかった。

 が、ティターンは自らの攻撃でその有利を破壊した。拳と大剣。単純な間合いの差は、より強固に両者の優勢を覆していった。


「ちっ、この!」


 大剣は刃もボロボロの鈍ら。仮に叩きつけられても、ティターンの防御力を持ってすればまともに受けたところで大した負傷はない。

 むしろ、カノジョを叩く刀身の方が悲鳴を上げる始末である。


 が、アレクセイは間合いの有利を活かし、ティターンの猛攻の間隙を突いて大剣の一撃を見舞う。


「鬱陶しい!!」


 通用しない攻撃をいくつも受け、ティターンはアレクセイの攻撃に合わせて、拳を繰り出す。

 幅広の刀身、その腹にティターンの拳が突き刺さり、ついに剣が半ばから叩きおられた。


 しかし、アレクセイは慌てた様子もなく、


 ……ずいぶんと持ってくれた。


 砕けた鉄の破片が宙を舞う。日差しを反射させたそれは、一種の目くらましとなり、


「――ゲイル・バースト」


 小さな詠唱。アレクセイは拳を握り込み、背後で術式を組むと、


「飛べ!!」


 がら空きになったティターンの胴に、風の魔術で加速をつけた正拳突きを放った。


「――――ッ」


 アレクセイの拳がティターンの鳩尾に入り、カノジョを真後ろへ吹き飛ばした。

 地面を数回にわたって跳ねながら、最後は仰向けに倒れるティターン。

 だが、カノジョは腕を支えに躰を持ち上げる。その口端からは、血が滴っていた。


「ははっ……まさかこのオレが土を舐めさられるなんてな……いいぜ、認めてやるよ。今度は――本気の本気で殺し合おうぜ!!」


 ティターンの魔力が大きく膨れがる。

 褐色の肌に浮かんだ幾何学模様に光が奔り、直後、魔力の発露と共に、カノジョはその姿を大きく変じさせた。


【これこそ真の姿。我輩はティターン……神の巨人である!】


 そこには、見上げんばかりの巨躯、まるでいわおのようないかつい風貌。ギラギラと輝く柘榴石ガーネットのような瞳と灰色のざんばら髪、全身を分厚い筋肉の鎧で覆った、神の名を冠する巨人がそこにいた。


 始まる次なる戦いの予感に、アレクセイは身構える。


 が――


「やりすぎじゃ馬鹿者」

【ぐっ!?】


 地面を突き破り、茨の群れが巨人を拘束。その上から、


【悪く思わないでください】

【がっぁ!?】


 フェリアが上空から飛来し、巨人の巨躯を強引に地面へと押し倒した。


「まったく……勝手に盛り上がるのは構わんが、少しは自重というものを覚えよ――叩き潰せ」


 唖然とするアレクセイの前で、地面から生えた大地の拳が、ティターンの脳天に振り下ろされた。


「……おい」


 静かに、アレクセイは勝手についてしまった決着に突っ込みを入れた。

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