第二の眷属
土人形を全滅させたアレクセイ。
「主よ……我の眷属の話を連中から訊いてくるのではなかったのか……」
「悪い……顔を見られて咄嗟に……」
バツが悪そうにアレクセイはデミアから顔を逸らした。
駆け込んだ山間の森の中。デミアは呆れ顔、フェリアはよくわからないといった感じでキョトンとしている。
「我らはともかく、何故そなたまで連中から顔を隠す必要がある?」
「俺も、あまり生きてることにはしたくない、ってことだよ」
「……訳アリかの?」
「そんなところだ」
「ふぅ……まぁ、よかろう。この通り、しっかりと魔術結晶とやらは回収してきてくれたようじゃしの」
デミアの手には、アレクセイが乱戦の最中に回収した魔力結晶が詰められた袋が握られていた。なんとかもうひとつの『言い訳』だけでも恰好つけて、無理やり納得してもらった。
カノジョは世界樹の種子に、さっそく魔力結晶を吸わせている。
アレクレイは苦い笑いを浮かべた。
アレス・ブレイブ。この名前が持つ意味は大きい。あらゆるジョブをその身に宿すことのできる勇者の力……唯一無二、この世に二つとない希少性。
更には、魔神すらも打倒しうる圧倒的な潜在能力。
一つ一つのジョブを得たからといって、決して勇者のジョブは驚異たりえない……しかし、かつてアレスは近接最強の防御力を誇る『聖騎士』、魔術の深淵に最も近いとされる『賢者』、もはや未来予知とさえ云われた見切りが可能な『サムライ』、そしてジョブの中で最も怪力を誇る『神兵』……
他にも、希少、優秀とされるジョブをいくつも習得し、アレスという存在は国も無視できないほどに強力無比な存在へと変貌した。
それは根源的な恐怖であり、野心を持つ者たちからすれば格好の政治的手札となる。
世界から魔神という脅威が取り除かれた今、勇者の存在は混乱を招く種でしかない。
ならば、魔神もろとも、その存在は世の中から消えてなくなってしまったほうがいい。
アレスはアレクセイと名を改め、これからはこの厄介極まりない常識知らずのお守りで余生を過ごす。
今まで、自身を強化するためにしてきた旅。ゆっくりと街を、村を、その土地に根付く『色』を見ている余裕などなかった。
ならば、今度はカノジョと共に、世界中のあらゆると土地を渡り歩こう……静かに、誰にも侵されることなく。
「しかし、まさかお前だけじゃなく、俺まで勇者の力が制限された状態になるとは思ってなかったよ」
「知らん。お互いさまじゃろ」
そう。勇者の力もまた、神の力同様、かなり能力が減衰していた。
今まで、アレスは得ようと思えばいくらでもジョブの力を習得できた。
だが今、アレクセイがその身に習得できるジョブは、三つまでとかなり限定的なモノとなっていた。
「人間に我の魂が混じった影響か……一度死んだからか……」
「あるいはそれ以外になにか原因があるのか……」
いや、やめよう。
神にもわからないことを考えたところで時間の無駄だ。今のカノジョの力は人間を絶滅させるには至らない。カノジョの眷属にしても同じこと。絶大な力を誇ると言っても、力ある人間が集結すれば討伐される。
個として種を滅ぼせるだけの力を持ったものはいない。
ならば、勇者のような過ぎた力がなくなったところで、何も困りはしないのだ。
尤も、勇者の特異性といえばいいのか……習得できるジョブは確かに三つと限られたモノになってしまったが。
仮に枠が全て埋まっていたとしても『上書き』することで新たなジョブを習得できる。
アレスには他者の持つジョブを視覚情報として得ることができる。そして、意識を集中させることで他人のジョブを自身に習得させるのだ。
先日の錬金工房で、ギルドで、彼は自分の能力の低下と、その新しい特性を知り、試した。
今の彼は、『錬金術師』、『重戦士』、『風術師』のジョブを習得している。
それに加えて、かつての戦闘経験の数々……確かにジョブという補佐はなくなったが、これまでの人生で培ってきた彼自身の技能まで失われたわけではない。
「とりあえず移動するか」
「うむ。近くに眷属の存在があれば、魔力の流れでそれと判るでな」
「それならっ、空から探す方がいいんじゃないですか!」
フェリアが空を指さす。しかしアレクセイは首を横に振った。
「まだ兵士が近くをうろついてるかもしれない。お前の姿は目立ちすぎる。少し歩こう」
「まぁ、確かに連中にいちいち騒がれても面倒か……よい、そなたに従おう」
「デミアさまがそれいいなら! わたしも異議なし!」
意見はまとまった。幸い、土人形が地面を踏み荒らした痕跡が残っている。これを辿れば、あの魔獣がどこで発生したのかがわかるはず。
「行くか」
木々を、茂みを掻き分け、アレクセイたちは山の中を散策する。
道中デミアが、「この小枝……いちいち引っ掛かって鬱陶しいのう……」などと眉を寄せ、フェリアと一緒になって辺り一面を吹き飛ばそうとしたのを止めるのには苦労した。
隙あらば力業に訴える辺り、神は案外単純な思考回路をしていることが判明。これすなわち脳味噌筋肉、脳筋という。
アレクセイが先に立ち、カノジョたちの為に大剣を鉈や斧のように振り回して道を作ってやる。
きっとこんな用途に使われるこいつも泣いているに違いない。尤も、刃こぼれのひどいなまくらであることに変わりはないが。
「む?」
しばらく歩くと、デミアが顔を上げた。視線を左右に巡らし、「ふむ」と顎に指を添える。
「こっちじゃな」
「こっちですね」
フェリアも一緒にカノジョと同じ方向をみつめる。
「いるのか?」
「うむ。魔力を垂れ流しておるわ」
「全然隠れる気とかなさそう」
「これは……よもや挑発でもしておるのか?」
「むっ! それはデミアさまに対して不敬すぎます!」
「可能性の話じゃ。あるいはなにも考えてないだけやもしれん」
「それなら許します!」
デミアの言葉に反応しては、いちいち表情を切り替えるフェリア。なんとも忙しい。
「お前の眷属で間違いのか?」
「うむ。この魔力の波長……そして土人形を生み出していたところを見るに、」
「たぶんティターンです!」
「じゃな」
デミア曰く、カノジョの四体の眷属は、それぞれ生み出せる魔獣の種に違いが出るという。
フェニックこと、フェリアなら鳥類、鳥獣種、といった感じに、
――獣、牙獣種のベヒーモス。
――水棲、竜種の龍神。
そして、
「ヒト型の魔獣を生み出すことに特化したティターン。我の生み出した眷属の特徴はこんなところかの」
「なるほど」
わかりやすい。土人形は紛れもなくヒト型。ならばこの街道の封鎖に関わっているのは、
「魔力が濃くなったのう」
「はい。それに、なんか血の臭いもすごいです」
嗅覚に優れるフェリアが鼻をひくつかせた。
「これ、魔獣の血?」
「む?」
デミアが訝しむように目を細めた。
アレクセイは巨剣を手に臨戦態勢を取る。
ゆっくりと前に進むアレクセイと、その後ろにデミアたちが続く。
すると、パッと視界がひらけた途端、
「これは……狂熊」
視界の先に、巨大な赤毛の魔獣が横たわっていた。しかしその躰は引き裂かれ、腸が零れて無惨な有様だ。
かなり好戦的な性格で、縄張り意識が強い。自分の領域に侵入した外敵を、確実に殺すまで追ってくる性質を持つ。
力も強く俊敏で、非常に強力な魔獣として知られている。
それが、こうも無残な姿を晒すとは。腐敗具合から見て、昨日今日倒されたわけはなさそうだ。
しかし、そんな狂熊の上に、それよりも異様な、異常性を感じさせる存在があった。
「――あん? なんだてめぇ」
血に濡れた灰色のざんばら髪に、見つめられただけで身が竦むような、柘榴石を思わせる鋭利な瞳。幾何学模様が彫り込まれた褐色の肌は、髪同様に血に塗れていた。
まるで狂熊を玉座のよう、そこに腰掛けたオンナ。手には、手慰みにされた魔力結晶。間違いない。カノジョがこの狂熊を仕留めた張本人。
「久しいのう、ティターン」
デミアがカノジョを見上げ、その名を呼んだ。
瞬間、紫水晶の瞳と柘榴石の瞳が、交差した。




