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理性ある蹂躙劇

「「っ!?」」


 野営地まで戻ってきたレイアたち。騎竜に跨った瞬間、背後から迫る魔力波はレイアとルイスを驚愕させた。

 魔術系統のジョブを持つ二人は、他の騎士たちと比べても魔力の流れに敏感である。

 さながら魔力の暴風。しかし無秩序に荒れ狂うのではなく、ソレが制御されたものであることに、彼女たちは恐怖を抱いた。


 ……なに、この魔力量……こんなの。


 後方に振り返った騎士たちの目に映ったのは、そらを覆うほどの展開された魔術の起動術式……そして地表に向けて放たれる、無数の氷の刃であった。


「な、なんなんですかアレ!?」


 ルイスが声を震わせ叫んだ。魔術を嗜む者にしか分かるまい。あのあまりにも異質な魔術の在り方など。

 自然災害が自らの意思で魔術を行使したとしか思えない、でたらめ過ぎる大規模術式。ひとの領域を逸脱したあんな魔術を、いったい誰が使いこなせるというのだろう。


 到底、人間はおろか、風に聞いた森精霊エルフでさえ不可能と思われる。


「ハンス、皆をお願い」

「おい、レイア……お前まさか」

「あの魔術がなんなのか、確認してくる」

「正気か!?」

「ダメだよレイアちゃん! 危険すぎるよ!」

「わたしの戻りを待つ必要はない。兵士の皆が無事かどうかもわからない……せめて、少しでも情報を王都へ持ち帰らないと」


 土人形クレイドールの異常発生、更には先ほどの大規模魔術……アレの効果範囲に兵士たちが巻き込まれていたなら、全滅は必至。


「最悪、マルティーナ様やソフィア様たちに動いていただく必要があるかもしれない。だから」

「っ! 戻れレイア! おい!」

「レイア! あ~もうあの真面目バカ~!」


 危険は承知の上。レイアはハンスにあとを託し、ひとり戦場へと走っていった。


 ◆


 ――レイアたちが土人形の群れと遭遇するより、少し前のこと。


 鳳の姿に変じたフェリアの背で、デミアは少しあきれ気味に口を開く。


「しかし、人間というのはなんとも不便なものじゃな。たかが道を一本塞がれた程度で右往左往するとは。海で隔てられているならまだしも、大陸など地続きではないか。使えぬなら別の地を渡ればよいものを」

「理屈はそうだが、そう単純でもないんだよ」


 カノジョの声を背中で受けたアレクセイは苦笑した。

 確かにカノジョの言うことももっともだ。通れないなら別に通れる場所を探せばいい。

 しかし街道というのは一種の結界でもある。ひとが通る領域という認識。時間的な効率と安全性の確保。一部の魔物は街道を避けることすらある。街道とそうでない土地との間には、目に見える以上の領域的な意識が働くのである。

 むしろ、未知なる領域へ足を踏み入れることは、自らを危険に晒しにいくことと同義だ。


 ひとは弱い。故に己を守るために、自分たちと自然界とを隔てる確たる隔たり(モノ)を築いてきたのだ。


 しかし、神であるカノジョにはそんな常識はない。地面が続いているであれば、どこからでも、どんな場所にでも、たどり着けて当たり前。

 

 そんな認識のズレを目の当たりにするたびに、アレクセイは自分とカノジョの存在に隔絶を感じずにはいられない。


「ギルドからの話じゃ、そろそろ例の封鎖地点のはずなんだが……」


 地上に目を凝らす。先日、デミアの服や、アレクセイの新しい武器を新調する際に、改めてギルドから封鎖地点についての詳しい位置情報を聞き出したのだが……


【デミアさま、なにやら下の方が騒がしいようです】

「ん?」

「ふむ」


 フェリアの言葉に、アレクセイとデミアは眼下を見下ろす。

 と、視線の先、そこでは人間の兵士たちに向かって、土人形の群れが進撃している光景だった。


「土人形……話に聞いていた通り、かなりの数だな」

「ほぉ。確かに周りと比べて些か……魔力の濃度が低いのう……」

【デミアさま。これはやはり】

「いるのう。おそらく」


 デミアは目を細めた。アレクセイは群れの先にいる兵士たちに視線を移す。


「あれは、王都の兵か」


 彼らが着ている制服には見覚えがある。あの独特の意匠、間違いあるまい。

 おそらく彼らも、この街道の封鎖を聞きつけ調査に来たのだろう。


「デミア、下の奴らを助けたい。協力してもらえないか?」

「む? 何ゆえ我が人間に助力する必要がある?」

「連中がお前の眷属を見ているかもしれない。それに、下の土人形どもを蹴散らせば、まとまった魔力結晶も手に入る」

「………………まぁよかろう。此度はその『言い訳』に乗ってやる」

「ありがとよ」


 アレクセイは内心のわがままを見抜かれて苦笑するしかなかった。


「じゃが、人間どもを気遣うとなれば、確実に討ち漏らしが出るぞ」

「それに関しては俺が対処する。デミアの魔術発動に合わせて、地上に少しばかり下降してくれ」

【承知しました】

「では――やるとするかの」


 直後、大気の流れが変わった。フェリアの背で、デミアが立ち上がる。

 魔力がカノジョの下へと集い、そのあまりの濃さに空間そのものが軋む。

 視界の範囲内に収まる土人形の群れへと狙いを定めるように、宙にはいくつもの魔法陣が展開される。


「穿たれ、凍えよ」


 術式を組み立てることなく、魔力へ命じた。如何に力衰えようと、やはりカノジョはこの世界の主……神のひと柱なのだ。

 一切の躊躇なく、無慈悲に冷酷に、魔獣の創造主たるカノジョは、眼下の土人形たちを蹂躙していく。

 魔法陣から放たれた氷の刃は、土人形たちの体を穿ち、切り刻み、破壊し尽くしていく。


 あまりにも一方的。


「フェリア、魔術の影に隠れながら少しだけ降りてくれ」

【承知】


 可能な限りフェリアの姿は見られたくない。カノジョの存在が余計な混乱を招くことになるのは必至。自身も被り物(フード)を被って顔を隠す。

 アレクセイは荒れ狂う魔術の中に飛び込んだ。

 ほとんどの土人形が粉々にされている中、生き延びた個体は二〇体程度。

 一部は魔術の余波を受けて四肢のいずれかを欠損している。実質まともに動ける個体は十にも満たない。


 アレクセイは兵士と土人形との間に着地し、安さだけで選んだ鈍らの大剣を構えた。


 ◆


 兵士長は眼前の光景にわが目を疑った。それは他の兵士たちも同様である。

 迫る土人形たちがほとんど壊滅させられたかと思えば、空から降ってきた男は身の丈はあろうかという鉄製の大剣を構え、奔った。


 手足を失った土人形の頭部を真っ先に叩きつぶす。目を凝らせば、刃こぼれもひどく剣としてはおよそ使い物にならない代物。

 しかし彼はその超重量を活かして相手を粉砕していく。土人形は動きは鈍いものの、その重い一撃のために迂闊には近づけない。

 だというのに、男は土人形の一撃にひるむことなく、その内側に潜り込み、巨剣を振り上げる。下から胴体ごと頭をかち割られ、動きを止める土人形。

 

「なんという膂力……」


 一見すれば細身にしか見えない男。重戦士か狂戦士、あるいはジョブの中でも最大の怪力を誇ると云われる、神兵ベルセルクなのかもしれない。

 だが、彼らは力こそあるものの、その技量はお世辞にも高いとはいえず、動きが単調になる特徴がある。

 

 しかし、目の前の男は力に振り回されることなく、的確に土人形の頭を粉砕していく。

 恐怖がないのかと錯覚しそうになるほど、男の動きは大胆かつ無謀。土人形の重い一撃を前にしてもひるむことなく、むしろ果敢に距離を詰めていく様は狂気としか言いようがない。


 だというのに、そこに確かな知性が見て取れる。アレは、完全に相手の動きを見切っている。


 鈍らを装備してなお、圧倒的な力量で土人形が一体、また一体と葬られていく。


「あの者は、いったい……」

「わからん」


 自分たちは果たして、何を目撃しているというか。

 先程の魔術といい、土人形を一人で一〇体以上も相手に立ち回る戦士といい。

 

 ただの調査任務のはずだったのに。


「兵士長!」

「レイア様!? なぜ戻ってきたのです!?」

「申し訳ありません。処罰は後で如何様にも……しかし、なんなんですかこの状況は?」

「我々にも分かりません。突如空から氷の魔術が降ってきたかと思えば、あの男が現れ土人形どもを」


 話している間も、着実に数を減らしていく土人形。目に見える範囲で、動いているのは三体のみ。

 男は無駄なく、残った土人形にその鈍らの大剣を振るい、遂には最後の一体も叩き伏せた。


 瞬間、まるで暴風のようだった男の動きは止まり、


「「「っ!」」」


 なんとなく、彼がこちらを見たような気がした。

 レイアは汗を一筋垂らすと、


「レイア様、なにを!?」


 彼女は、兵士長の静止も聞かず、男に向かって走り出してしまった。


「――そこの者、っ!?」


 男に声を掛ける最中、風が吹いて彼の顔を隠していた被り物が外れた。

 すると、男は慌てて顔を隠し、勢いよく後退。

 あれだけの重量物を持ちながら、なんという跳躍力。

 

 彼はレイアに背を向けると、山の中へと走って行ってしまった。


「……兵士たちを、助けてくれたのか?」


 だとすれば、一言礼を言いたかったのだが。


「レイア様! お一人でなんと無茶なことを」


 彼女に追い付いてきた兵士長が苦言を呈した。


「申し訳ない。少しでもあの者に話を訊ければと思ったのですが」

「危のうございます。どんな輩かもわからぬというのに」

「短慮が過ぎました。しかし、彼は何者でしょうか?」

「わかりません。もしかすると、この先にある街のギルドに所属する冒険者かもしれませんな」


 レイアは男が消えていった山を見つめた。


「王都へ戻りましょう。被害も出てしまった以上、これ以上の捜索は危険です」

「……わかりました」


 できればこのまま街へ行ってみたい気持ちはあるが、兵士たちの状態を考えるとこれ以上の行軍は難しい。何より、土人形の異常発生の原因がわかっていない今、迂闊に山へ入るのは躊躇われる。


 幸い、相手の顔は見た。王都へ戻り、今回の件を報告したのち、似顔絵を描いてもらい後日改めてギルドに問い合わせることもできるか……


 なんにしても、とんでもない初遠征になってしまったものだ。


 後日――レイアは王都へ帰還し、例の似顔絵も併せて、今回の件を報告書で提出した。

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