天上からの轟氷
駆けるレイアたちの視線が土人形の姿を捉えた。兵士の報告通り数は四体。
円錐状の部品が繋がって胴と手足を形成し、同じく円錐状の頭部には子供が手慰みで開けたような、目と口に酷似した穴が開いている。しかし穴の位置は不均一、まるで生気を感じさせない無機質な貌は不気味の一言だ。ひとのような形をしたなりそこない。
先に出撃した兵士たちがいくつかの班に分かれ、複数人で土人形を取り囲む。
レイアたちも彼らに倣い、一体の土人形を包囲するように展開する。
……土人形。初めて見たけど、大きい。
目算でおよそ成人男性二人分の背丈。動くたびに躰から土の欠片が零れ落ちる。
ほかの騎士仲間たちも息を飲む。訓練中は常に教官が傍に付き従い、有事の際は手助けが期待できた。尤も、死ぬ直前まで追い込まれたら、の話ではあるが。
しかし、今回はそんな『甘い』助力は得られない。一手でもしくじれば、助けは期待できず、自分たちは死ぬ。
「マルスは後ろで控えてて! 私たちがなんとか隙を作るから、その間にこいつを攻撃するの! 狙いは、脚!」
レイアが果敢に剣を構える。マルスと呼ばれた騎士は寡黙に頷くと自らの獲物を構えて一歩後退。キリハやハンスも腰から剣を抜き、土人形の動きを注視する。
……土人形の一撃を絶対に受けちゃダメ。
これの繰り出す破壊力は、鎧や盾、ましてや武器による防御など紙切れのごとく突破される。潰され、ひしゃげ、赤黒い肉の塊の出来上がりだ。運よく肉玉になることを回避できても、確実に骨を持っていかれる。
と、土人形は自身を取り囲む騎士たちをぐるりとその虚ろな眼で見渡し、
「来るぞっ!」
緩慢に腕を上げ、一気に振り下ろしてきた。
「くっ!」
質量に任させた単調な一撃。しかし地面は爆ぜ、土くれが騎士たちを襲う。
「やつの攻撃をまともに受けるな! 常に攻撃対象を絞られないよう、分散してかく乱しろ!」
レイアは声を張り上げた。ハンスが土人形の後ろに回り込み、剣で切りつける。
「ちっ……かって……っ!」
手に帰ってきた硬質な感触に手が痺れた。
「うぉっ!?」
土人形の顔がハンスを捉え、横凪に巨大な腕を振りぬかれる。身を投げ出して躱す。自分の上を超重量の土くれがとんでもない速さで抜けていく。間近に感じる死の恐怖にハンスは冷や汗を垂らした。
「『イグニス・ランス』!」
ハンスに土人形が気を取られた隙に、レイアが火炎魔術を放つ。
「魔術を使える者は遠距離から狙い打て! ルイス!」
「はい……天上を駆けし蒼雷よ、地を灼き穿て! 『ライトニング・ブロー』!」
杖を手にした少女が詠唱し、土人形の頭上から雷撃を降らせる……しかし効果は薄く、表面の土がわずかに削れただけ。
それでも、レイアたちは土人形の動きに対処できている。確かに振るわれる一撃は重く、一つでもまともに受ければ致命傷になりかねないものの……土人形の動きはそれ自体が緩慢で、予備動作も大きく見切りやすい。
「ふんっ!」
槍を手にしたヴォルフが、柄で土人形に拳をいなし、付かず離れずの位置関係を保ってレイアやルイスから狙いを逸らす。
「りゃりゃりゃりゃ!」
キリハが俊敏な身のこなしで土人形に取り付き、その巨体を蹴って頭部へ着地。手にした二本の短剣を、土人形の顔に空いた眼に刺し込む。
「って、これただの穴!?」
しかし手ごたえはまったくなし。
「キリハ! 逃げろ!」
「はえ? って、うわぁ!?」
自分に取り付いた子虫を潰すかのように、土人形は両手を掲げて張り手を見舞う。
間一髪のところでキリハは離脱。逆に土人形は自らの一撃を顔で受け、体勢を崩して地面に倒れた。
「マルス!」
「ふんぬぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
レイアは叫び、マルスが吼えた。彼が手にした鋼鉄製の棍棒が土人形の脚に振り下ろされる。その一撃は、見事に土人形の脚を砕いて見せた。
躰をばたつかせながらも、起き上がることができない土人形に、レイアたちは畳みかける。
「関節を狙え!」
それぞれが手にした武器で、土人形の急所……円錐状同士の継ぎ目に一撃を入れる。ここなら、剣の一撃も通るほどに脆い。
剣が、杖が、棍棒が、土人形の関節を砕き、完全に動きを封じてから……
「土人形は、頭を潰せば動けなくなる……マルス、お願い」
「(コクリ)」
彼は棍棒を振り上げると、鈍い動きでこちらへ振り返る頭部に、
「ふんっ!!」
最後の一撃を叩きこんだ。
「……これで、終ったの?」
しばらくレイアたちは自分たちが倒した土人形の躯を見下ろす。
しかし、しばらくたっても動く様子はなく、
「はぁ~……」
レイアは肺に貯まった息を吐き出した。見れば、他の三体も同様に頭を砕かれて動きを停止している。更には、砕けた頭部の中から、
「あ、魔力結晶っ」
ルイスが飛び付くように結晶を拾い上げる。魔術師にとって魔力結晶は優秀な触媒である。近年になって魔獣から採取できるようになったこの結晶だが、いまだどういう仕組みで魔獣の体内で生成されているのは分かっていない。
「レイアちゃん、あとで二人でわけようね」
嬉々としてレイアを見つめてくるルイス。この面子で、純粋な魔術系のジョブはレイアとルイスのみ。魔力結晶は非常に脆く、素手でも容易に砕くことができるほどだ。
「ああ……それよりも、まずは兵士長に報告を」
と、レイアが踵を返した直後、
ズンッ――と、腹の芯に響くような、重く断続的な振動が足元から体を駆け上がってきた。
「お、おい……嘘だろ」
ハンスが声を震わせる。レイアもつられて彼の視線を追いかけた。
すると、そこには山の木々を掻き分け、こちらに進撃してくる、無数の土人形の群れ……
「あはは~……いや~、あれはちょい、無理だって……」
キリハも頬が引きつっている。無理もない。今しがた、自分たちが六人かがりでようやく倒した土人形が、目に見える範囲だけで数十体……あるいは、百を超えているかもしれない。まだだいぶ距離があるというのに、なんという威圧感か。
「レイア様!」
「兵士長、これはっ」
「わかりません。土人形がこれほどの数で群れるなどっ。いえ、それよりも撤退です! あの数は、我々の手に負えません!」
幸い奴らの脚は早くない。全力で逃げれば撤退することは不可能ではない。
しかし、
「負傷者は?」
「何人か……しかも、脚をやられた者もおります」
「そんな」
怪我人を抱えては、さすがに逃げ切れない。
「兵士長、まさか」
「置いて行くほかありません。他の兵士たちの命には代えられない」
悲痛な面持ちで兵士長は唇をかんだ。
「彼らも戦場で命を落とす覚悟はできています。あなた方は振り返らず、真っ直ぐに退避するのです。騎竜の脚なら、問題なく逃げられるでしょう」
「しかし!」
「議論している時間はありません!!」
「っ……」
「敵はもうすぐそこまで迫っております。お早く! 我らもすぐに後を追います!」
「了解、しました……っ! 行くぞ!」
レイアは後ろ髪を引かれる思いを振り払い、仲間たちに号令をかけた。
兵士長は頷く。彼女たちはまだ未熟だが、近い将来に優秀な騎士となってくれる。彼は新米騎士たちの背を見送ると、負傷した仲間の下へ走った。
「兵士長……」
「すまない。ワタシを恨め」
「いいえ……ですが、」
負傷したのは全員で七名、内、脚を負傷したのが四名。彼らは兵士長に懇願する。
「連中に潰されるくらいなら、せめて仲間の手で」
「……わかった。では、ワタシが……他の者は急ぎ撤退せよ! グズグズするな! 全力でこの場を離脱しろ!!」
「兵士長」
「仲間の最後の頼み。ワタシが引き受けなくてどうする」
兵士長は短剣を抜き、
「ありがとうございます」
部下の胸に、その切っ先を振り下ろす……しかし、
その時、天が吼えた。
「なっ!?」
兵士長はわが目を疑った。
上空に展開された幾つもの魔法陣。発動された術式からは、無数の巨大な氷刃が降り注ぎ、迫る土人形たちを串刺しにしていく。
同時に、空から顔を隠した、巨剣を携えた何者かが降ってくるのを、彼の目は捉えていた――