ギルドに来た男
ギルドなどと呼称されてはいるが、要は頼まれれば何でもやる便利屋集団の別称である。
ギルドに所属する者を巷では冒険者と呼ぶことが多い。
多くは町や村といった集落周辺に出現した魔獣の討伐、要人警護といった花形依頼から、町内清掃、果ては溝さらいといった地域密着型の依頼までなんでもあり。
職にあぶれて行き場を失った連中のたまり場と言い換えても、あながち間違ってはいないだろう。
尤も、ギルドに所属する限り、依頼を選ばなければ最低限餓死することだけは避けられる。ただし稼ぎによっては、路上が寝床、という浮浪者一歩手前の生活を送る者もいるが。
しかし、中には強力な魔獣の個体を討伐したり、名のある名家の護衛を果たして一攫千金を手にした、なんて夢のある話も枚挙に暇がない。
それ故に、ここでは毎日のように、己の名を上げよう、売り込もうとする者たちの活気であふれている。
「とはいっても、一番多い依頼はほとんどが街の商人たちからの採取依頼だけどね」
ギルドで長年受付をしている女性は頬杖をつき、昼間から酒を浴びてバカ騒ぎする冒険者を見つめながら独り言ちた。
つい先ほど、割のいい依頼はないのか、などと相談に来た新米冒険者がやってきたが、最も手間と労力に比例して稼ぎがいいのは採取依頼だ、と仕事を斡旋してやった。
冒険者になりたての奴は、どうもギルドは魔獣討伐の依頼を積極的に流すものだと勘違いしている。
実際、魔獣の被害が甚大な地域ではそういうこともあるだろうが……ほとんどの場合は町の住民や商人、錬金術師たちが求める素材を採ってくるよう依頼することが大半だと思っていい。
これを初めに説明すると、大抵の場合は意外そうな顔をするか、思っていた派手さに欠ける仕事内容に落胆するか、この二通りの反応に分かれる。
が、確かに採取と聞くと地味な印象になるのは否めないが、仮に依頼された素材の群生地が毒の瘴気に満ちた場所だったら? あるいは灼熱の砂漠地帯、極寒の雪原だったら? そうでなくとも、一歩でも未開拓の土地に足を踏み入れたなら、魔獣に襲撃される危険と常に隣りあわせなのだ。
なぜわざわざギルドに素材採取の依頼をするのか……そもそも素材を取りに行くこと自体が彼らにとって危険だからである。
現に、素材採取の最中、魔獣に襲われて命を落とした冒険者をこれまで何人も見てきた。
故に、素材採取は地味だが実入りはかなりいい。
むしろ、冒険者の花形依頼である討伐依頼や護衛依頼は、その費用対効果を鑑みても決してお勧めできないところがある。
確かに危険度により支払われる報酬は素材採取より高い。
高いのだが……
……お前ら、その携帯してる武器や防具が消耗品だって理解してんだろうな。
酒を煽る冒険者、依頼を吟味する冒険者、依頼から帰ってきた冒険者、全員がその身に武器や防具を纏ってる。見た目はなんともご立派だ。
しかしそのご立派様たちは使えば欠けるし折れるし潰れるし、とにかく壊れれば修理するなり買い替えるなりしなくてはならない消耗品なのだ。それも、すこぶる金食い虫な。
たとえば、今こっちに依頼書を持ってこようとしている男が腰に佩いた鉄製の長剣……それが折れただけで、一般的な冒険者が一週間程度かけて稼ぐ報酬が飛んでいくのだ。
よほど腕に自信でもあれば、難しい討伐依頼をこなし、仮に装備をダメにしても黒字にすることはできるだろう。
しかし、そんな連中はギルドの中でもごく一部。大抵の冒険者は、割に合わないような安い報酬で弱い魔獣を狩り、日銭を稼いでその日暮らしをするのが精いっぱい、なんてのは珍しい話じゃない。
「すまない。このギルドへの登録と、依頼の斡旋を頼みたい」
現れたのは端正な顔立ちをした男だった。
「お名前は?」
「『アレクセイ』で頼む」
「アレクセイさんですね。冒険者の資格証はお持ちですか?」
冒険者は誰でもなれるが、最低限の技能教習と座学を受けてもらう決まりになっている。技能は戦闘技術の基礎、座学は魔獣の基本的な対処や野営術、依頼を請けるにあたっての心構え、ギルドの規則についてを履修させている。
これの参加条件は文字の読み書きができること、受講料さえ払ってしまえば、ほぼ誰でも資格証を取得できる。ギルドはほぼほぼ、来るもの拒まず、なのである。
「ああ、これで大丈夫か?」
アレクセイと名乗った男は、首に下げた鉄製の首飾りを受付に見せた。受け付けはそれを確認すると頷き、登録用紙を引き寄せた。
「はい、確かに。では、アレクセイさんのジョブを教えてください」
「錬金術師だ」
「承知しました」
最近は錬金術師の登録者も増えてきたな、と受付の女は用紙に男のジョブを書き込んだ。
「教習で説明されたとは思いますが、改めて……当方では依頼による当人の負傷、死亡について一切の責任を負いません。また、装備品などの破損、紛失などに関しても、当方は一切その補填をいたしません。これをご理解の上、こちらに署名をお願いします」
「ああ」
男は迷うことなく記入欄に名前を署名した。これで、この男はこの街の冒険者になった。
「では、依頼の斡旋ですが……現状、アレクセイ様は当方での実績がございませんので、こちらでご用意した依頼を達成していただく形になりますが、よろしいですか?」
「ああ、問題ない」
「ありがとうございます。であれば、アレクセイ様のジョブが錬金術師であることを考慮しますと……このあたりの依頼などいかがでしょうか?」
受付はいくつかの依頼書の中から、調合系に分類されるものを選んで男に手渡す。
「……回復薬の納品、滋養剤の納品……あとは、調味料の納品か」
「いずれも素材はご自身でご準備をお願いします。納品期限などに関しては今回はありません。全てギルドで使うものになりますので……とはいえ、あまり時間を掛け過ぎたり、納品物の質が粗悪な物であった場合は、報酬が満額で支払われないことも十分にありますので、ご注意ください」
「承知した。明日にでも準備して納品させてもらおう」
「お待ちしております」
さて、これで彼の対応は終わりか。冷静に話ができる相手で今回は楽だった。中にはギルドからの依頼に難癖をつける者も多い。
「ああ、そうだ。すまないが少し話を聞きたい。構わないか?」
「はい、なんでしょうか?」
「この街の街道が一部封鎖されている件について」
男の問い掛けに、受付嬢は少し躊躇したのち、語り始める。
「……アレクセイ様は錬金術師ですし……まぁ、お話しても問題はないでしょう。実は――」
アレクセイは受付から話を聞き、「なるほど」と頷き、礼を述べてギルドを後にした。
ギルドから出たアレクセイ……旧名アレスは、少し考える素振りを見せ、
「土人形の異常発生。場合によっては、魔獣行軍発生の危険あり、ね……おまけに」
付近で大型の魔獣を確認……
「これは、あいつと少し相談する必要があるか」
が、それとして、
「調合道具一式と、素材を買いそろえないとな」
アレクセイは、縦横無尽に行き来するひとびとをかき分け、雑踏の中に消えていった。