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王国の王女

 ほぼ大陸の中央に位置する王国……建国歴三〇〇年。大陸でもっとも巨大な勢力を誇る。

 王都は周囲を堅牢な死の山脈に囲まれ、過去数百年……他国からの侵略を全て払い除けてきた、堅牢な要塞都市でもある。

 

 しかし、物々しい通り名とは打って変わり、王都内から見える勇壮な山々はここを訪れた者を虜にするほどに美しい。近代化が進み、魔術と機械文明とが入り乱れた独特の景観は、力ある国としての威信を見せつけるかの如く。


 そこにひと際目を引く、天を衝くほどに高くそびえた建造物……王国の要、王宮が静かに眼下の街を見下ろしていた。


「――南部の商業都市へ続く街道が封鎖されているそうね?」


 王宮内の一室。静かに、そして厳かに、彼女は問いかけた。

 ピンクダイヤを彷彿とさせる瞳を細め、青味がかったシルバーブロンドの髪が、窓から差し込む陽光を反射している。


 アリーチェ・スフィア・ガルド。王国の第一王女。現国王の娘であり、王位継承権第一位。いずれ国を背負って立つ立場にある彼女の眉間には、深い皺が刻まれていた。


 女性の問い掛けを受けた男……政務補佐官は、額に汗を浮かべる。


「はい……なんでも、街道途中の森林地帯に巨大な魔獣が居座ってしまったということでございます」

「この街道は我が国と都市を結ぶ要所よ。すぐにでも兵を派遣して対処させなさい」

「かしこまりました。すぐに隊を編成するよう、将軍に伝えておきます」

「大至急よ」

「もちろんでございます……あの、ところで殿下。少しよろしいでしょうか?」


 補佐官はアリーチェの機嫌を窺うように、口を開いた。


「何かしら?」

「そろそろ、アリーチェ王女殿下のご婚姻を考えるべきではないでいかと具申いたします」

「……またその話なの?」

「無礼を承知で申し上げます……あなた様はいずれこの国の女王となりましょう。ですが、その隣には王となる伴侶の存在を欠かすことはできません。ご政務も結構ですが、お世継ぎを残すこともまた、国の母たる殿下の大切なお勤めなれば」

「要するに、さっさと結婚相手を見つけて子を作れ、ということでしょう」

「……はい」

「はぁ……何度も言ってるけど、わたくしは、」

「――例の、勇者のことでございますか?」


 途端、アリーチェの瞳にはっきりと険しい色が宿った。


「そうよ……近衛騎士団、マルティーナ・セイバーの証言から、かの者が魔神を『討った』ことはほぼ確実。なら」

「確かに、あの男の存在は、この国の象徴となることでしょう。その武功を鑑みても、殿下の伴侶として不足はないものと思われます。それに加えて、魔神を討伐するほどの力……それは他国への牽制ともなりましょう……ですが、」


 ――魔神討伐後、その者の行方はいまだ掴めておりません。


 補佐役は冷たく言い放った。アリーチェも机の下で思わず拳を握ってしまう。


「捜索隊は今も勇者の存在を追ってはいますが……この五年間、目撃情報はおろか、その痕跡すら掴めない始末。あなた様の『怪しい』側付たちも懸命なようですが……これはもう、」

「やめなさい」

「も、申し訳ございません」

「……もういいわ。下がりなさい。街道の件は手配しておくように」

「かしこまりました」


 補佐官は恭しい所作で頭を上げると、おもむろに部屋を後にした。


「はぁ~……」


 ひとがいなくなった一室で、アリーチェは大きく息を吐き出した。


 ……わかってはいるのです。彼の生存が絶望的ということは。


 しかし、遺体も見つかっておらず、希望を捨てきれない。


『アリーチェ様。アリアでございます。少々よろしいでしょうか?』

「アリア? いいわ、入りなさい」


 背後の扉がノックされ、入室の窺いにアリーチェは許可を出す。


「失礼します」という一言と共に部屋へ入ってきたのは、黒の髪をアップにまとめ、オニキスのような漆黒の瞳を持つ女性だった。

 ホワイトプリムのカチューシャがわずかに揺れる。黒のワンピースに白いエプロンドレスに身を包んだ彼女の名はアリア。アリーチェ専属の従者である。


「どうかされましたか? 顔色が優れませんが……」

「大丈夫よ。それで、どうかしたの? あなたが『直々に』ここへ来たということは、なにかあったのでしょう?」

「はい。実は、殿下のお耳に入れておきたい情報があり、こうして参上させていただいた次第。ご無礼をお許しください」

「別に構わないわ。それで、いったいどうしたの?」


 アリアは頭を垂れ、「ありがとうございます」と前置きしたのち、おもむろにて語り始める。


「ここ数ヶ月、北部の隣国が妙な動きを見せております」

「どういうこと?」

「どうも、北方大陸に向けて兵を送りこんでいるようです。その目的はいまだ不明。ですが、妙な胸騒ぎがいたします。いかがいたしますか?」


 北方大陸には獣人たちの連合国が存在する。国力はこの王国にも引けを取らないほどに強大。それと比べて、かの国は魔術に秀でてはいるものの、力では到底かなうはずもない。

 だというのに、兵を送り込んだというのは、確かに妙である。


「正確な情報が掴めないことには動けないわね……歯がゆいけど、今は様子を見ましょう。でも、他の子たちとの連絡は今よりも密に取ってちょうだい」

「かしこまりました」


 魔神討伐に伴って各国が見せる情勢の変動。ここしばらくそれが顕著だ。


 ……最近は魔獣の数も減ってきている。それは喜ばしいことなんだけど。


 報告される魔獣の被害は、年を重ねるごとに減少傾向にある。民が脅威から解放されつつあることは、歓迎できることのはずなのに。


 ……今度はひとの、各国の動きまで警戒しなきゃいけなくなるなんてね。


 アリーチェは頭を抱えたくなった。

 魔獣という脅威が消えつつある今、次なる不穏分子は同族ときた。


 ……もう、争いなんて御免よ。


 数千年にも渡る魔神との戦いに終止符が打たれた。だというのに、今度はひと同士で争うというのか。


「やはり、勇者という象徴が、この国には必要だわ……アリア」

「承知しております。必ずや、アレス様の行方を掴んでまいります」

「……お願いね」


 彼女にはかなり無茶なことを言っている自覚はある。それでも、どうしても希望を捨てることができなかった。


 ◆


 王都の端……城下町の寂れた一家に建つうらびれた教会。


 理路整然と、等間隔に並んだ長椅子。月光が差し込むステンドグラスは所々が砕け、眼下の祭壇に破片が散っている。曲線を描く天井には、天使と聖母の絵画が見て取れた。


「ああ、口惜しい」


 荒れ果てた教会の中、女性の声が響いた。


「まさか、あそこまできてあの子の魂を回収し損ねるなんて……」


 異様な気配を漂わせる女。被り物(フード)に隠れた顔、赤々と艶のある唇が、歪んだ形を作る。


「見つけてあげなきゃいけませんね……わタしの、可愛い……」


 と、背後で教会の扉が開いた。見回りの兵たちである。


「はぁ……ついてねぇ……よりによってこんな薄気味悪い地域の担当かよ」

「そう言うな。この辺りは特に治安も悪い。巡回しないわけにはいかなんだからな」

「わかっちゃいるが……こう、今にも物陰からなんか出てきそうでよ」

「やめろって」


 制服を着た兵たちは教会内を手に持った明りで照らす。

 しかしそこに、ひとはおろか、動物の気配さえ、見つけることはできなかった……

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