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新しく始めるために―

 ……まさかこいつの本来の姿が、こんなでかい鳥だとは誰も思わねぇだろうな。


 眼下に見下ろす黄金色の羽毛、真っ赤な炎を灯した翼を広げれば、大地に巨大な影を生み、その速度は気を抜けば一瞬で吹き飛ばされそうなほど。


【このまま真っ直ぐ森へ帰還してよいのですね?】

「ああ」


 こちらに振り向いた瞳は翡翠のようで、風になびく七色の尾羽は光を受けて神秘に輝く。

 景色を置き去りに、悠然と空を舞う火の鳥――フェニックス。炎を纏って羽ばたくその姿は、幻想的と言ってもいいほどの美しさを秘めていた。


【ああ……我が主に此度の甘味を奉納した時、どのようなお言葉を頂けるでしょうか……少々汚してしまったのだけが気がかりです】

「まぁ、喜んでくれると思うぞ」

【だといいのですが】


 幼い姿の時とまるで違う口調。その変化にアレスはいまだついていけない。

 カノジョにとってひとの姿は擬態……性格や言動は、それに引き寄せられてしまうとか。姿形に関して、カノジョは特に意識しているわけではないという。ただ、ひとの姿を取った時、自然と今の状態で固定されたとか。


『こやつらはケモノとヒト、二つの姿を取ることができる。ひとの社会に紛れ、魔獣を生み、狩るための機能として、我がそのように設計した』


 数日前、初めてフェニックスの姿が変わった時、デミウルゴスが語った内容にアレスはなんともいえない表情を浮かべた。

 

 ……人間の中に紛れ込んで、人間を殺す、か。


 確かにそれは効率的だ。過去の文献で見られた、突如として発生した魔獣の群れによる村や街への襲撃。いまだに解明されていないそれらのからくりは、そういうことだったのだろう。

 人間という立場からすれば、かなり複雑な心境だ。

 しかし、カノジョたちに人間の道徳や倫理観は通用しない。世界全体を存続させる。その障害になる存在があれば、いかなる手段をもっても排除する。


 ……立場も、目線も、価値観も、何もかもが違う。


 だが、デミウルゴスは理解しようとしている。人間という存在を。

 アレスの役目はカノジョの案内役。果たして、神に人間を、ひとを理解させることなどできるのか。


 ……胃の痛い問題を押し付けられたもんだ。


 森精霊エルフの遺跡で、アレスは人間の社会を見て回るには金がいることを語り、稼ぐ必要があることを説いた。

 まずその手段として、この森で摂れる野草などを加工して錬金術師かギルドに売る。

 最も手っ取り早いのはそんなところだが……しかし問題は、この付近に人間の住む町や村があるかどうか。

 その疑問に答えのは、フェニックスだった。


『人間が一杯いそうなところなら、ここから南に行ったところにあったよ! でっかい塔が三つも建ってるの!』

『でかい塔が三つ……なるほど』


 フェニックスの情報で該当する大陸の街といえば、おそらく一つ。南部の大商業都市。

 カノジョが言っていた三つの塔とは、ギルドの本部、錬金術師の協会、そして街を束ねる商工会本部の建物のことだろう。

 なるほど、確かにそこなら物を売るのには適している。ギルドに名前を登録して依頼を請けるのもいい。


『よし。ならさっそく準備して行ってみるか』

『うむ。初めての人間の土地か。直接この目で見るのは初めてじゃな』

『ああ……悪いがデミウルゴス。お前は今回、留守番だ』

『何故じゃ!?』


 アレスは街でどう動くか脳内で考えていた。可能であればあの街に活動拠点を置きたい。極力金を掛けずに。

 しかしそうなると、必然的に無法地帯へ足を突っ込むことになる確率が高い。

 そんなところに、なんの準備もしないままデミウルゴスを連れていくのは、面倒ごとをぶら下げて歩くのと変わらない。なにより、カノジョは人間の治世には疎すぎる。

 そして……それ以前の問題として、彼女はあまりにも目立ちすぎる。

 白金の髪、紫水晶の瞳、そのあまりにも神秘的かつ、美しすぎるかお……カノジョが街を歩けば、誰もがその姿を目で追わずにはいられない。


『少し下見をしてくる。お前が行くのはそのあとだ』

『むぅ……』


 少し不満そうにしてはいたが、人間の街にはアレスの方が圧倒的に詳しい。今回は素直に従ってくれたようだ。


 結果としては、金は手に入り、拠点の候補も見つかった。

 次はデミウルゴスを伴って、こっそりと例の錬金工房の跡地を訪れることになるだろう。


【急ぎ戻りましょう。早く、主が喜ぶ顔が見たい】

「は? おい待てフェニックs――」


 アレスの呼びかけ虚しく、フェニックスは飛翔速度を更に上げた。

 強烈な空気抵抗をまともにあびて、


 ……い、息が。


 羽毛を全力で掴み、ギリギリで呼吸する。

 アレスは思う。大きくなろうが小さかろうが、やはりこいつはどっちにしろ、あの幼稚に見えるフェニックスなのだと。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……っ! おまっ、俺を……殺す気か……」


 どうにかこうにか森精霊の遺跡まで帰ってきた。先ほどまでまともに呼吸もできないくせに、必死にフェニックスの体にしがみついていたアレスの体力はかなり削られていた。もはや本気で怒る気力もない。


「デミウルゴスさま~!」

「おお、無事に戻ったか」


 廃墟の一つから顔を出したデミウルゴス。フェニックスはカノジョに駆け寄り、嬉々として抱き着いた。


「デミウルゴスさま! 人間から献上品をいただきました! すっごく甘くておしいんです!」

「ほぉ。それは楽しみじゃな。どれ」

「あ……でも、ちょっと落として汚れちゃって」


 飴玉が入った袋。その中身をデミウルゴスは覗き込み、ひとつ取り出す。


「うむ。これはなかなかに美しい。ふふ……全く汚れてなどおらぬ。仮に汚れていたとしても、そなたが持ってきてくれたもの。洗えばいいだけのことじゃ」


 フェニックスの頭を撫でながら、カノジョは飴を口の中へ。


「む? これは、なかなか……ふむ。人間はかようなものを食しておるのか」


 口の中で飴玉をコロコロと転がしながら、デミウルゴスの表情が緩む。


「大儀であるぞ、フェニックス」

「えへへ~……」


 デミウルゴスから褒められて、フェニックスの表情も締まりなくとろけた。

 人間にとって最恐の存在であるカノジョたちが、飴玉一個で腑抜けた顔を見せてている。アレスは思わず苦笑してしまった。


 ……デミウルゴスに、フェニックス……そして、アレス・ブレイブ。


「ほれ、そなたも食べよ。なかなかの美味じゃ」

「ああ、ありがたくいただこう……さて、戻ってきたところで話がある」

「む?」

「なに?」


 表情を改めるアレス。デミウルゴスとフェニックスは彼に視線を集めた。


「これから、俺たちは人間の街で生活していくことになる」

「そうじゃな」

「うん」

「それにともなって、今後俺たちは、元の名前を使って生きていくのは難しいと思ってくれ」


 魔神デミウルゴス、幻獣フェニックス、勇者アレス・ブレイブ……

 神と幻獣の名前を使った人間など、自分から嫌悪してくれと言っているようなもの。そしてアレスの名もまた、世間的な注目を回避するなら使用は避けるべきだろう……なにより、


「なにより、俺たちはもう、神でもなければ、眷属でも、勇者でもない……ただ街を、世界を見て回るだけの、旅人だ」


 世界の調停者でも、神の眷属でも、勇者でもなく、これからは……行きたいところに行き、視たいものを、聞きたいものを、触れたいものを……ただあるがままに、感じていく。


「だからこそ、新しい名前が必要だ」


 これは必要な儀式。

 神と、眷属と、勇者は、今日この日、過去の名前を捨てた――

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