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売れる物、売りたい物

「なんですかこれ?」

「情報料、ってところかな」

「……」


 被り物(フード)の男が取り出した硬貨に彼女はため息が出た。


「しまってください。私はべつに情報屋でもなんでもないので。そういうのはギルドとか貧民街の方でやってください……助けていただいたんです。訊きたいことがあるのでしたら、私が知ってる範囲でお教えしますから」


 呆れ顔で硬貨を突き返された。男は「悪い悪い、つい癖でな」と謝罪。


「昔は俺も冒険者をやってて……情報っていうと、金を出して買うもの、って習慣があったから、ついな」

「まぁそういうことでしたら……それで、なにをお訊きになりたいんですか?」

「それじゃお言葉に甘えて、二つほど」


 まず一つ、この街で最も売れているモノは――


「売れている……それなら間違いなく、硝子、でしょうね」

「硝子? これだけ錬金工房がある街で、一番売れてるのは硝子なのか?」

「むしろ、錬金工房が多いからこそ、硝子が売れるんですよ」


 錬金術で薬の類を扱う際、その影響を受けにくく、変質もほとんどしない硝子製の容器は必須だ。工房の数が増えれば増えるほど、硝子の需要は高まる。必然的に、硝子工房の数も増えていく。そして大量に生産されればされるほど、値段は下がる。


「ほかの地域と比べて、この街の硝子は品質も高いと評判です。それでいてほかと比べてもかなり安く買えるので、商会の人間なんかがまとめて買っていくことも多いですよ。それと、」


 彼女は卓の上に、色彩豊かな硝子の装飾を並べる。


「こんな感じで、観光客向けの色硝子を使った商品なんかも人気が高いですね」


 ほとんどが職人の手慰みだったり、新人が生成に失敗した屑なんかを使っているらしい。これがいい小遣い稼ぎになるのだとか。


「まぁ、でも最近ちょっと問題がありまして」

「というと?」

「硝子の原材料を持ち込んでくれてた商会がある街と、この街とをつなぐ街道が、『なんでか』使えなくなちゃった、って話で、前ほど頻繁に作れなくなちゃったみたいなんです……そんなわけで、今は使い物にならなくなった硝子製品を集めて、溶かして再利用してる工房が多いみたいですね。値段もちょっと上がっちゃったし……」

「なるほどな。街道が使えなくなった原因ってのは分かってるのか?」

「私も詳しくは知らないですが、聞いた話では、」


 大型の魔獣が住み着いた、途中の山道が崩れて通れなくなった、と云われている。どれも又聞きの噂で、どれだけ信憑性があるか。

 ただ、街道の途中にギルドの者が立ち、通りを規制していることは確かだという。


「そうか。いや、ありがとう。有益な情報だった」

「どういたしまて。それで、もう一つは?」

「ああ、今は使われていない錬金工房がないかと思ってな」

「工房? もしかして、あなたもこの街で商売をするつもりですか?」


 彼女は「やめておいた方がいいですよ」と、商売敵ができることを危惧……するというよりは、本気で勧めない、といった様子の声音であった。


「確かにこの街は錬金術が盛んで、工房も多いですけど……その代わり、生半可な腕じゃ見向きもされませんし、なにより大きな工房で大量生産されている物と値段で勝負しないといけなくなります……よっぽど独自性あって、需要のある道具なんかで目を引けないと、あっという間に潰されちゃいますよ?」


 そう言って、彼女は工房の中から一本の瓶を持ってくる。


「これ、私が作った回復薬です。傷の治療はもちろん、独自の製法で魔力を溶かしてあるので、魔術疲労の回復にも効果があります」


 魔術疲労とは、体内の魔力が枯渇状態になったときに出る症状であり、強い倦怠感に襲われる。


「魔力を溶かす? それはどうやって?」


 一般的に、魔力は無形であり、術式を用いて現象を発現する以外の用途には使えないはず……


「ご存じないんですか? 数年前から、魔獣の亡骸から、魔力の結晶体が採取できるようになったんです。詳しいことは研究中らしいですが……今は、その結晶を有効に活用しようということで、王都では研究が盛んだって話ですよ?」

「そうか……」


 魔獣から魔力の結晶……? 以前はそんな現象、聞いたこともなかったが。


「いつぐらいから、魔獣の体から結晶が採れるようになったんだ?」

「たしか……五年くらい前です」

「五年……」


 つまり……『あの戦い』の直後ということ。


「製法はさすがにお教えできませんが、魔力の結晶を従来の回復薬と調合して、この薬が作れます。ここで一番売れているのがこの道具です。あまりお安くはないですけど、ギルドのひとたちや、一部の商会がひいきにしてくれているので、こんな場所でも商売ができる感じですね」


 こういった目玉になる物を作れなければ、この街で商売は成り立たない。

 自分が運がよかったのだ、と彼女は語る。

 街の外まで行商に出れば、ここよりもだいぶいい値段で売れるだろうが……護衛や投資にかかる費用を見積もっても、あまりお勧めできる販売方法ではない。


「そういうわけなので、この街で錬金工房を開くのは、個人的にはあまりお勧めできません。まぁ……そのおかげ、と言ってはなんですが、空き家になって使われていない工房ならいくらかありますけど」

「いや、そういうので構わない。別にこの街で大きく商売を成功させたいわけじゃないからな。ここは他と比べても、物の流通が多い。錬金術師として道具を作るための素材を求めるなら、ここが一番だと考えただけだ」

「それは、別に売るためじゃなく、作ることが目的だと?」

「いや、当然売るつもりではいる。とはいっても、この街で、じゃないけどな」

「そうですか」


 もしかすると、彼は独自の販路を持っているのだろうか。ならば、こちらが特に何か言うこともない。正直、生半可な商売ではうまくいかない。この街に工房を構え、去っていった錬金術師を何人も見てきた。


「であれば、いくつか場所を紹介できます。たとえば、ここ。大通りからも近いので、ひとの出入りも期待できますが、税金が高いです……代わりに、もっと安くおさめるなら、この工房から更に奥まった裏路地のここ……もしくは、まったく税金は取られない分、命の保証をしかねる物件ということでしたら……この、貧民街近郊の工房がおすすめですよ」


 命を取られるかもしれない環境下で、おすすめ、とは……少女は自分で言ってておかしくなってきた。


「ふむ……貧民街は街の管理が入ってないのか?」

「むしろ行政が手を入れられる状態じゃないみたいですよ。完全に治外法権です。この工房も、もしかするともうならず者の巣窟になってるかもしれませんね」

「なるほど。参考になった」

「いえ」


 と、男は先ほど彼女が突き返した硬貨を取り出し、再び彼女に手渡した。


「はい? あの、私本当にこういうのは……」

「俺の気持ちだ。受け取ってくれ。どれも貴重な情報だった」


 特に、魔獣から結晶が採れるようになった、という話は……

 それに、


「君からは、いささかもらい過ぎた。これでも足りないくらいだ。またなにか貴重な素材があったら、君のところに持ち込むませてもらう」

「え?」


 訝しく首を傾げる彼女に、男は踵を返し、


「とりあえず、貧民街の方に行ってみる」

「ええっ!?」


 男は手を上げて、工房から出ていく。ショウジョもそれについていき、彼女は慌てて二人の後を追った。


 しかし……


「あれ?」


 扉の外。そこに、すでに二人の姿は、どこにもなくなっていた。

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