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先立つもの…

 話は数日前にさかのぼる。


「――ここは森精霊エルフたちが暮らしていた集落の跡地じゃ」


 打ち捨てられてから軽く千年は超えている。森精霊は魔力に愛された種族と云われ、長き時を生きる長命種でもある。

 長く尖った耳に、老いてもほとんど見た目が変わらない。内に蓄えることができる魔力量は人間の比ではなく、魔術を使わせたら右に出る者などいない。


 多種多様な種が生きるこの世界では、最強種の一角として数えられている。


 ……尤も、そんな彼らにも、子ができにくい、という欠点があるようだが。


 生物は完全に近づけば近づくほど、子孫を残す必要がなくなっていく。彼らを始め、長寿で知られる竜人種、吸血種、神獣族などは、その絶対数の少なさから、目にすることさえ希少な存在であるとされている。


「森精霊が住んでいたにしては、このあたりの魔力は薄い……大方、新たな住処を探すために出て行ったのじゃろう。まぁ、おかげで我らが自由にここを使えたわけじゃがな」


 カノジョは赤髪のショウジョが採ってきた木の実をそのまま齧ると、「うむ……ちと苦いか」と顔を顰める。どうやら神にも味覚はあるらしい。


「さて、そなたの肉体を再構成し、ついに目覚めたわけじゃが……その間にざっと五年は経過しておるか」

「っ――五年!?」

「そう驚くようなことでもあるまい? そなたは瀕死を超えて絶命……魂も摩耗し、還るべき肉体は器としての機能をはたせない状態であった。なれば、全てを復元するのに時間を要するのは自然なこと。むしろ、五年程度で死者蘇生の奇跡な成ったと思えば、むしろ短いくらいであろう?」

「まぁ、確かに」


 死者を生き返らせることは、どれだけ強力な力を持った魔術師であっても不可能……しかしそれを、デミウルゴスは成した。

 魂の保存、肉体の再構成、剝離した魂の肉体への還元と定着。

 そんな芸当ができるのは、カノジョが命すら創造できる神だからに他ならない。


「尤も、同じことをしろと言われても、今の我には不可能じゃがな。そなたの魂を我が保管できたのは、あの戦いで我とそなたの魂が混線したゆえ……ゆめゆめ、我がいるから死んでも安心、などと思うでないぞ?」

「ああ、わかった」


 命を賭けるべき時には躊躇しない。しかし、だからといって死にたいわけじゃない。


「さて、」


 と、デミウルゴスは簡素に現状の説明を終えたと思えば、傍らに寄り添う赤髪のショウジョを引き寄せた。


「こやつのことを紹介しておらなかったな。名はフェニックス。我が人間を絶滅させると決めた時に、その補佐を担う者として生み出した眷属じゃ」

「よろしく!」


 勢いよく手を上げる姿は幼い子供そのもの。だが、注視してみれば、とてつもない魔力を秘めた存在であることがわかる。


「ああ、よろしく。俺は」

「知ってる! デミウルゴスさまから話は聞いてたから! 本当は敵だったけど、今は仲良くしなさいって言われてる! 今はデミウルゴスさまのお世話をするのが私のしごと!」

「そ、そうか……」


 敵、という単語に、カノジョがデミウルゴスの縁者であることを思い知る。

 が、どうやら今のところはこちらに敵意を持ってる様子もない。デミウルゴスがそのあたり事前に言い含めておいてくれたのだろう。


「こやつは我の生み出した魔獣に近い存在でな。我と世界樹から魔力を直接授けてある。そして、我に代わり、世界中で魔獣を生み出してきた」

「……お前のほかにも、魔獣を作り出すことができる獣の存在がいる、という話は聞いたことがある……そうか、こいつが」


 ともすれば、人間にとって魔神に次ぐ怨敵。しかしその存在はなかば伝説と化しており、幻獣と呼ばれていたくらいだ。


「うむ。我が生み出したのは全部で四体……我らがこの地へと飛ばされた時に、こやつが真っ先に飛んできてくれての。以来、我のそばで生活の補助をしてくれておる」

「えっへん!」


 薄い胸を張ってふんぞり返るフェニックス。これが人間に仇なす存在だと説明したところで、すぐに信じてくれる人間はいなさそうだ。


「さて、状況の説明と、互いの自己紹介はこんなところかの」


 デミウルゴスが立ち上がり、窓から入ってくる風に髪を靡かせながら、外の景色を見つめる。


「我の世界は広く……しかしそこに住むモノたちの営みの実態を目にしたことはほとんどない。いや、」


 ――そもそも、知ろうとさえ思えなかった。


「我は創造神……その存在意義は、この世界の存続と安定を図るための装置……故に、なにも視ずとも、訊かずとも、そこになんの問題もなかった」


 窓を背に、デミウルゴスがこちらへと振り返る。銀の髪が差し込む光を透かし、さながら後光のようにカノジョを彩る。


「じゃが、我は力を失い、神とのしての役目はもう果たせそうもない」


 カノジョの目には、言葉の響きから感じられるような悲壮感はなく、


「なれば、視てみようと思うのじゃ。この世界の、生と知ある者たちが、どう生き、どう暮らし、どう還ってゆくのか。この目で、この耳で、この手で、この足で……我は、我の世界を歩いてみようと思う」

「そうか。そう言っていたな、お前は」

「うむ。そして、そなたは我の旅路に付き合ってくれるのじゃろう?」

「言っちまったからには、ついていくさ。お前に」


 自分には、その責任もある。


「僥倖。では、今一度誓おうか」

「ん?」


 と、デミウルゴスはアレスに近づくと、そっと自分の唇を、アレスの唇に押し当てた。


「我らの魂は一心同体……たとえ何があろうと、我とそなたは、離れられぬ」


 デミウルゴスの優し気な笑みは、どこか恐ろしく、そしてとても、美しかった。


 ◆


「金がない」

「うむ?」

「はぁ……?」


 先程までの厳かな気配を吹き飛ばすアレスの一言。

 しかしデミウルゴスとフェニックスは首を傾げるだけ。


 これから世界中を旅をする。それはいい。付き合うことにも異存はない。が、なにはともあれ、金が要る。

 どこへ行くにも金カネかね……食事はもちろん、寝床の確保、世界中を闊歩する魔獣から身を護るためにも、やはり金が必要不可欠。

 旅を円滑に進めるためには、まずは最低限の路銀を確保せねば話にならない。


 アレスが所持しているのは、服とかつて冒険者として登録した時に発行された鉄製の首飾り、あとはさっきから全員でポリポリ齧ってる、まずい木の実だけ……しかし本当に苦い。渋抜きもせずに食ってるのだから当然ではあるのだが。


 ……そういえば。


 アレスは自身の体に小さな違和感を覚える。


 ……これは、他のジョブがまるで使えなくなってるな。


 勇者の能力。それは他者のジョブの能力を、己の力として行使できるというもの。

 が、アレスは現在、これまで獲得してきたジョブの力を、まるで感じることができない。


 ……この感覚は久しぶりだな。


 自分の中が、空っぽになってしまったような……


 ……つまり、一度死んで、まっさらな状態に戻されたわけか。


 それはそれで仕方ない。かつて旅をした仲間たちの力も失ってしまったのは寂しくもあるが。

 技術や知識として身に付いたものは、アレスの中に今も残されている。

 ジョブとはすなわち、その人間が持つ能力を増幅、補助する力だ。

 剣士であれば剣を扱う筋力と技量が上がり、ジョブのないものと比べると破格の速度で立ち回りを理解し、知識と共にその腕を上げていく。

 

 女神が、非力な人間に授けた、生きるための力……


 ……女神、か。


「む?」


 アレスの視線に、デミウルゴスは「なんじゃ?」と不思議そうに見返してくる。

 言ってしまえば、女性の姿をしているカノジョも、女神といえる存在ではあるのだが。まさか、カノジョが人間相手に力を授けた、なんてことはないだろう。


 ならば、女神とはどんな存在なのだろうか……


 ……まぁ、それは今考えることじゃないか。

 

 思考が脱線したことを悟り、アレスはかぶりを振る。


「ひとまず、この近くに人間の町か、村でもあれば、適当に仕事を探して稼ぐこともできると思うんだが」

「ふむ……まず訊いてよいか?」

「なんだ?」

「その、かね、とはなんじゃ?」

「……」


 そっか~。まずはそこからか~。

 アレスは幸先の悪い滑り出しに「はぁ……」とため息が出てきた。

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