第47話 精霊の葛藤
「ひまちゃん、大丈夫?」
「……ん……ぁれ……ぼろぼろ……?」
ゆっくり体を起こすと、まだ寝惚けているのか、半目で周囲を見渡す向日葵。
モチャや周囲がぼろぼろなのが気になったのか、首を傾げている。
「ここ……なか……? ゆーえんち、は……?」
「そ、それは……ちょ、ちょっと忘れ物を取りに来ただけだよ。ひまちゃんは気にしなくて大丈夫……大丈夫だからね」
向日葵を抱き締め、頭を撫でる。
と、その時。
「──精霊が、起きたか……」
土煙の向こうから、レビウスの重い声が聞こえてきた。
服が破れ、頭から血が僅かに流れているが、致命傷にはなっていない。
防御の技と防御魔法を掛け合わせたとは言え、あの威力の魔法を受けてこれしかダメージが入っていないのは、さすがと言うべきか。
「まずいですね……深雷さん。すぐに皆さんを隠し通路へ」
鬼さんが少し慌てたように、モチャへ指示する。
が、モチャが動くより早く……ダンジョン内に、地鳴りのような咆哮が響き渡った。
腹の底から冷えるような重苦しい咆哮に、美空と八百音は身を竦ませた。
「な、なに、何……!?」
「これなにっ? 何が……!?」
「精霊が起きたからだ」
2人の疑問に答えたのは、まさかのレビウスだった。
「精霊が目を覚まし、エネルギーの流出量が増えた。気付いた魔物が、これから大量に押し寄せて来るだろう。──だから言ったのです、師父。精霊は今すぐ抹殺すべきだと」
「……ふぇ……?」
自分に向けられたレビウスの言葉と眼光に、向日葵は目を見開く。
それで、気付いてしまったのだろう。
なんでモチャがぼろぼろなのか。なんで鬼さんが戦っているのか。この咆哮と地響きの原因はなんなのか。
すべて……自分がいるから、ということに。
「……ひま……ぇ……ぅ……ぁぁぁ……!」
向日葵の目に涙が浮かぶ。
急いで向日葵を抱き締め、レビウスから隠すように背を向けた。
「ひまちゃん、違うっ。違うからねっ。ひまちゃんのせいじゃない。全然、違うからねっ」
「みしょら……ひまっ……ひまぁ……!」
美空にしがみついて、とめどなく涙を流す。
八百音とモチャが、2人を護るように前に出て、レビウスを睨みつけた。
「何でもかんでも……言っていいことと悪いことがあるだろう、レビウス!!」
「この子は小さいんだよっ! 全部の責任を押し付けるのは間違ってると思わない!?」
「思わない。この咆哮と地響き、そしてダンジョン内の混乱は、精霊が存在しているから起こっている。これは、紛れもない事実だ」
冷たい、氷のような眼光と有無を言わさない言葉に、2人は思わず怯む。
美空も、どうしていいかわからない。ただ泣き続ける向日葵を抱き締め、落ち着かせるために背中を叩く。
鬼さんなら……鬼さんなら、否定してくれる。
そんな願望を込めて鬼さんの背中を見つめると……。
「……確かに、月影さんの言う通りです」
希望は、打ち砕かれた。
鬼さんも、元はレビウスと同じ代理執行人。国の治安と秩序を護る、最後の盾であり、最強の剣。やはり、元の考えは同じで……。
「しかし、月影さん。あなたは間違っている」
「ッ。……鬼、さん……?」
振り返ると、鬼さんは微笑みを絶やさず、こっちを見ていた。まるで、安心してくださいと言うように。
「師父、何が間違っているのですか」
「正しいから、貫く。間違っているから、裁く。世界は、そんなに単純なものではありません。もっと複雑に、もっと緻密に、もっと繊細に入り組んでいる。……月影さん、俯瞰して世界を見なさい。常に1歩下がって、世界の外側から世界を見るのです。そうすれば、あなたはもっと成長しますよ」
鬼さんの言葉に、レビウスは無言で聞き入る。文字通り、道を示してくれる師の言葉を受け入れるように。
だがしかし、レビウスはそっと息を吐くと、刀を構えて鬼さんと正対した。
「ありがたいお言葉、頂戴致しました。……ですが私は、公安0課の代理執行人。国の治安……それ即ち、国民の安全。私は、日本国民の安全と未来を護る。それが私の、貫くべき正義です」
「……わかりました。あなたの正義、受けて立ちましょう」
鬼さんの両手に黒い魔力が宿り、レビウスの刀に白い魔力が宿る。
2人は同時に駆け、当たれば致命傷になりうる攻撃を互いに繰り出した。
衝撃が衝撃を産み、正直近くにいるだけで精神が擦り切れそうになる。
鬼さんが負けるはずがない。だから不安はないが……もし負けてしまった場合、レビウスは躊躇なく向日葵を手にかけるだろう。
(鬼さん、負けないで……!)
心の中で鬼さんの勝利を祈り、向日葵を抱き締める。
と、その時──。
「ッ、ヤオたそ、後ろ……!」
「えっ? あ……!」
モチャと八百音の視線の先を見ると……洞窟の奥から、魔物の群れがやって来るのが見えた。
鬼さんたちの向こうからも、同じく魔物が群れでやって来る。
「ま、まずいよモチャさんっ、どうしよう……!」
「どうするもこうするも、アタシらで食い止めるしかない!」
モチャが全身に雷を纏い、超高速で魔物の群れに向かっていく。
八百音も一瞬躊躇したが、前に出ながら砂の槍や弾丸を魔物に向けて放つ。
反対側は、鬼さんたちの攻防の余波だけですべての魔物が灰になり、近づくことさえできないでいた。
「ひっく……み、みしょら……」
「ひ、ひまちゃん、どうしたの?」
「……ひま……いちゃ、いけないの……? みんなといっしょ……だめ、なの……?」
「────」
馬鹿だ。……自分も含めて、みんな……馬鹿ばかりだ。
こんな小さい子に、なんて思いをさせてるんだ。こんな小さい子に、なんて言葉を言わせてるんだ。
違う。こんなの間違ってる。
美空は唇を噛み締めると、できるだけ違和感がないように、向日葵に微笑んだ。
「そんなことないよ。ひまちゃんは、ここにいていい。ずっとずっと、一緒にいていいんだよ」
「……ほんと、に……? ひまのせい、で……みんな、なかわるくて……ぅぅ……」
「ひまちゃんのせいじゃない。ちょっと、すれ違ってるだけだよ。みんな、少しだけわがままで、少しだけ頑固なだけ。みんなみんな、ひまちゃんのこと大好きだから」
ハンカチで向日葵の涙を拭き、少しだけ顔を上げさせる。
涙で腫れている目元を覗き込むように、まっすぐ見つめた。
「ほん、と……?」
「うん、本当だよ」
「……ひま、いっしょにいても、いい……?」
「もちろん。ひまちゃんがいなくなっちゃったら、みんな悲しいもん」
向日葵の心を溶かすように。諭すように、言葉を選んで紡ぐ。
そんな思いが通じたのか、向日葵の体から徐々に強ばりが抜けてきた。
「ひ、ひま……ひまも、みんなといっしょにいたい……ずっと、みしょらといっしょがいい……」
「うん、そうだね」
「んっ。……っ……ぅ……?」
「……ぇ……? ひ、ひまちゃん……!?」
急に向日葵の顔色が赤くなり、苦しそうに呼気が荒くなった。
ひたいに汗が滲み、体中の体温が急上昇していく。人の体温ではない。触っていられないほどの熱だ。
けど、ここで放すわけにはいかない。
より向日葵を強く抱き締め、叫ぶように向日葵を呼ぶ。
「ひまちゃん! しっかりして、ひまちゃん!!」
「みっ……しょら……ぐ、ぐるじ……あつ……ぁッ、ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッッッ!!!!」
暴力的なまでの灼熱が向日葵から吹き荒れる。
戦っていた鬼さんとレビウスも、凄まじい熱気に思わず戦いの手を止めた。
「な、なんですか、あれはっ……!?」
「わかりませんっ。私も初めて見ました……! 美空さん、今すぐ向日葵さんを放してこちらへ!」
「でっ、でも!」
今ここで向日葵から離れたら、もう二度と向日葵と向き合えない。そんな気持ちが働き、向日葵を放さないでいると……自分たちの足元に、橙色の魔法陣が現れた。
魔法陣はゆっくり回転して、徐々に範囲を広げて球体状に変形していく。
異変に気付いた八百音とモチャも、目を見開いてそれを見た。
「な、何あれっ!?」
「お嬢!!」
「や、八百音っ、モチャさ──」
モチャが慌てて美空に駆け寄る。
が、間に合わず……美空と向日葵は、橙色の球体に完全に包まれ、姿も見えなくなってしまった──。
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