第46話 執行
鬼さんはお姫様抱っこしていた向日葵を美空に預けると、横目でモチャを見た。
脇腹の傷は深いが、致命傷にはなっていない。ただ、出血量が多くて、このままでは死んでしまうだろう。
「私は彼を相手します。八百音さん、深雷さんに回復薬を飲ませてあげてください」
「わ、わかりましたっ」
八百音は回復薬を受け取り、レビウスを警戒しながらモチャに駆け寄る。
だが、レビウスは動かない。鬼さんを前に下手な動きはできないのか、緊張感のある面持ちだった。
「月影さん、なぜ皆さんを狙ったのですか?」
「事情が変わりましてね。精霊は直ちに抹殺することになりました。そのために、邪魔な彼女たちを先に始末することにしたのですが」
レビウスの冷たい眼が、こちらに注がれる。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、美空は動けなくなった。
だが、鬼さんが美空の前まで移動して、護るように視線を遮る。そのお陰で、体中に走っていた緊張感が和らいだ。
「事情、とは?」
「師父も感じているはずです。ダンジョンの異変に。魔物は精霊から流出したエネルギーを感じ取り、あれを吸収しようと興奮気味になっています。このままでは上層だけでなく、下層の魔物……いや、ボスまで大挙して上層へ向かってくるでしょう。……そうなったら最後、ダンジョン内の治安は崩壊します」
レビウスの説明を聞き、背筋に冷たいものが走った。
もしもただの魔物じゃなく、ボスが向日葵を吸収してしまったら……未曾有の大災害になってしまう。
「師父。いくらあなたでも、ダンジョン中のすべての魔物を相手にするのは不可能です。しかも、まだまだ未熟な3人を護りながらは。──もし最下層の魔物が出てきたら、どうするおつもりですか」
最下層。人類史上、まだほとんどの人間が辿り着いていない、魔境。
そんなところの魔物まで出てくる可能性がある。考えただけで、背筋が凍る。
このまま自分がごね続けたら……。
「お……鬼さん、ウチ──」
「させませんよ、私が」
鬼さんがコートを脱ぎ、美空の肩へ掛ける。
安心させるためか、預かっていて欲しいのかはわからない。けど……鬼さんに包まれているという気持ちになり、心臓が高鳴った。
「私は、私の信条を貫くため、公安を辞めた。私は、すべてのダンジョン攻略者を護るため、ダンジョン警備員となった。──もう二度と、誰にも私の邪魔はさせない」
「……そうですか。なら私も、私の正義を貫くために、あなたに牙を剥く」
両手を開手に構え、レビウスを睨む鬼さん。
二刀を十字に構え、鬼さんを睨むレビウス。
「ダンジョン警備、警備業法第2条。攻略者に命の危険があった場合、警備員として危険を排除する。──業務を執行します」
「公安0課、代理執行人法規。国の安全を脅かすものは、武力を以て排除する。──法務を執行します」
刹那、2人は初速からトップスピードで駆けると、振り抜かれた刀と素手が衝突。衝撃波で床、壁、天井にヒビが走った。
繰り出される無数の斬撃と打撃。
なのに、鬼さんは怪我ひとつしていない。相手が真剣であるのに関わらず。
防具を着けている様子はない。肉体だけで、レビウスの猛攻を受けている。
「すっご……」
「……ぅっ……ってぇ……!」
「あ、モチャさん、大丈夫?」
飲ませた回復薬が効いたのか、モチャが目を覚ました。
八百音がモチャを支えると、ゆっくり起き上がり頭を振る。
「ぅん、なんとか……にしても……チッ、レビウスのやつ、まさか代理執行人かよ」
「聞いてたんだ」
「微かにね。けど……これ、まずいかも」
「え?」
モチャが険しい顔をして、不穏な言葉を口にする。
いても立ってもいられず、美空も2人の元に駆けた。
「モチャさん。まずいって、鬼さんが負けちゃうってこと……!?」
「もしかしたらね。考えてもみてよ。レビウスはアタシと同じで、下層の攻略者。仕事以外も、常に戦闘に身を置いている。けどセンパイは警備業法のせいで、いざって時にしか戦えない。戦闘の勘だけで言えば、レビウスのが上だよ」
──ズゴオオオオオオオッッッ!!!!
とてつもない衝撃音が聞こえて目を向けると、レビウスに押された鬼さんが壁にめり込んでいた。
「若い子のパワーは、侮れませんね」
「パワー以外も、侮っては困る」
左右の刃に白い光が灯り、レビウスから迸る魔力の総量が上がった。
「月魔法、《無振・十六夜》」
「────」
直後、レビウスは刀を振っていないのに関わらず、放たれた魔力の刃が鬼さんを襲う。
2つ、4つ、8つ……倍々に増えていく刃に、鬼さんの姿は見えなくなった。
「鬼さん!」
「センパイ……!」
あのレベルの戦いには入っていけない。手助けしようとしても、足を引っ張るだけだ。今は、信じて待つしかない。
「私は師父の強さを知っています。まだ、油断はしません。──《朧突き》」
一度距離を取ったレビウスが、今度は突き技を放つ。
一突きごとに、5つの魔力の刃が鬼さんへ突き刺さる。それも、何度も何度も。
左右で数十回の《朧突き》を繰り出したレビウスは、油断のない眼光で土煙の向こう側を見つめる。
常人なら、最初の魔法で即死。それに加えて追撃なんて、死体蹴りもいいところだ。
さすがの鬼さんでも死にはしないだろうが、無傷では済まないだろう。
「けほっ、けほっ。はは、強くなりましたね」
「……あなたに言われても、嬉しくないですね」
「本心ですよ」
と──土煙の中から、姿を現したのは、無傷の鬼さんだった。
煙そうに手で煙を払っているだけで、まったくのノーダメージ。自分たちはもちろん、レビウスも目を見開いている。
「……すべて、直撃した感覚はあるのですが」
「はい、すべて直撃でした。さすがに生身で受けるのはしんどいので、技は使わせてもらいましたよ」
鬼さんはボロボロになったシャツを破り捨て、右手を前に出した。
「警備術三式・不壊。筋肉を鍛え抜き、すべての攻撃を肉体のみで弾く技の1つです」
「……暗部術の不破に近いですが……それ以上に硬いのは、師父の訓練の賜物ですか」
「不破は筋肉は硬められても、皮膚までは強化できませんからね。少し改良してあります」
「相変わらずですね」
鬼さんの説明に、レビウスは呆れ顔で笑った。
レビウスには、まだ笑える分だけの余裕があるのだろうか。それとも、諦観から来る笑いなのだろうか。
「さて、次は私の番ですね。あなたを相手なら……少々、魔法を使わせてもらいましょう」
「ッ──!!」
鬼さんから放たれる圧の質が変わった。
圧の大きさが変わったのではない。文字通り、まったく別の……異質なものになった。
レビウスはバックステップで、鬼さんから更に距離を取る。
その間に、鬼さんは両手を祈るように合わせ、間に魔力の塊を生成した。
禍々しい魔力の奔流が、ダンジョン内を駆け巡る。
「私に魔法を使わせること。これがどういう意味かわかりますね?」
「ええ、もちろん。──敵として、認めてくださったのですね、師父……!」
「違います。師として……最大限の賞賛です」
生成された魔力の塊を人差し指と中指で挟む。
それを銃口のようにレビウスへ向けると──
「《圧滅する暴黒》」
──漆黒の暴風を放った。
「──暗部術・不破! 《月華障壁》!!」
全身の筋肉を硬めて防御力を極限にまで高める不破。それに加え、月の花弁のような防御魔法を展開。
レビウスは両腕を前に突き出し腰を落として、衝突に備え……飲み込まれた。
鬼さんの魔法は今まで見てきたどの魔法より威力が強く、上下左右すべての岩という岩を抉りながら突き進む。
時間にして10数秒後。ようやく魔法が収まり、辺りに静寂が訪れた。
「なんって魔法……」
「センパイの魔法、初めて見たけど……こりゃやばいわ……」
八百音とモチャが愕然とする。
美空も何も言えず、ただただその光景を見つめていると……。
「……ん……んゅ……?」
「……あ、ひまちゃんっ」
休眠モードだった向日葵が、ようやく目を覚ました。
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