第42話 鬼さんの秘密
きっちり1時間後。5人を乗せた無人タクシーは、無事みなとみらいまでやって来た。
みなとみらいは横浜屈指の観光地だ。歩いて中華街にも行けるし、時代の流れに負けず、歴史的建造物も数多く経っている。
ダンジョンの恩恵を受けた近未来の建物やテーマパークもあり、過去と未来を一度に体験できるとして、注目を集めている。
案の定、今日は平日だというのに、すごい人出だった。
「相変わらず、めちゃくちゃな賑わいだねぃ」
「私はよく友達と来ますけど、これでも少ない方ですよ」
「マジでか。誰かと遊びに行くことなんてないからなぁ、アタシ」
サラッと悲しいことを言うモチャをスルーして、向日葵に目を向ける。
初めて見る人工物に怖がっているのか、それとも驚いているのか……キョトンとしてリアクションが薄い。
「どう、ひまちゃん。ここがダンジョンの外だよ」
「……ひと……たくしゃん、おりゅ……」
「あ、そっちか〜」
人の多さに怖がっているらしい。美空の手を掴んで離さない。その方が迷子にならなくていいけど。
「さて、皆さん。時間も限られていますし、さっそく移動しましょうか」
「そ、そうですね。それじゃ、行きましょう」
特に説明らしい説明はせず、みなとみらいを歩き回って、向日葵にいろんなものを見せていく。
説明しても向日葵にはわからないだろうし、正直自分も歴史とか興味ないから。
でも、過去と今が混在するこの街は、とても綺麗だとは思う。
向日葵も同じなのか、見るもの全部に興味を示して目を輝かせていた。
「やおちゃっ、ありぇ、でっか!」
「おー、でっかいねぇ〜。どれ、八百音ちゃんが肩車してやろうっ」
「キャーッ♡」
八百音に肩車されて、嬉しそうにはしゃぐ向日葵。
あんまり目立つことは避けたいけど、向日葵が喜ぶなら、これくらいならいいだろう。
前を歩く向日葵、八百音、モチャを見ながら、鬼さんと並んで追いかける。
「ふふ。楽しそうでよかったですね、向日葵さん」
「ですね……すみません鬼さん。無茶なことを言ってしまって」
「お気になさらず。向日葵さんに今の人生を楽しんでもらいたいという気持ちは、私も同じですから」
まるで孫を見るような目で、はしゃぐ向日葵を見る鬼さん。
微笑ましそうにしている鬼さんを横目に、ある疑問が沸いた。
ここまで強くて、優しくて、行動力もあって……どうして独り身なのだろう。公安に属してたから、身内を作る訳にはいかなかったのだろうか。
「どうかしました?」
美空の視線に気付いていたのか、鬼さんが3人から視線を外さず、口を開いた。
「あ、いえ。なんでも……」
「そうですか? もし不安なことがあるなら、なんでも言ってください。あなたの為なら、なんでもしますから」
(だからそういう思わせぶりな……! はぁ……多分、今まで会ってきた女性に、こういうことばっかり言ってきたんだろうなぁ……)
鬼さんを睨み上げると、自分がしたことに自覚がないのか、キョトンとした顔をされた。こんな顔もするのか、鬼さんは。
けど、こうなると気になってくる。今までの女性遍歴とか、実は今彼女がいるとか。
「鬼さんって、今までいいなって思った女性とかいないんですか?」
「突然ですね」
「い、いいじゃないですか。恋バナが好きなお年頃なんです。ほら、年上の男性の恋バナなんて、なかなか聞けないじゃないですか。だからちょっと気になったというか……」
自分でも早口になっている自覚はある。少しわざとらしい言い回しだし、違和感があるのはわかる。
けど鬼さんは、仕方ないなという風に笑い、少しだけ目を細めた。
「……いましたよ、1人だけ。結婚もしていました」
──ドキッ。まさかの回答に、つい心臓が跳ね上がった。
結婚もしていた、ということは……今は別れ、バツイチだということだ。
思わぬ過去に、急激に喉が渇く。
ねばつく唾液を飲み込み、震える口を開いた。
「そ、その人は、今……」
「さあ、どうでしょう。私が組織に入るの切っ掛けに、別れてしまいましたから」
組織。つまり、公安。
公安0課は世間には知られてはいけない、秘密の組織。その中で執行人となると、家族という弱みを握られてはいけないのだろう。モチャも、親しい男は出来たことないと言っていた。
だから、別れた……仕方ないことだが、鬼さんの仕事人間っぷりが伺える。
「……後悔は、していないんですか?」
「していません。仕事に誇りを持って臨んでいましたから。……まあ、それも辞めてしまったのですがね」
照れくさそうに笑う鬼さんを見て、美空もつい笑ってしまった。
化け物みたいに強い鬼さんでも、こんな人間らしい一面があると知れて、嬉しくなった。
「ごめんなさい。過去のことを聞いてしまって」
「大丈夫です。過去があって、今の私がいるのですから。……あれから、20年になるんですねぇ。あの子も大きくなっているでしょうか」
「20年ですか。それは随分と前の……ん?」
………………………………………………………????
「んっ!?!?」
「どうかしました?」
「いやどうかしましたって、こっちのセリフですがっ!? え、鬼さん、子供いるの……!?」
「ええ、いますよ。離婚してからは、会っていませんが」
なんでもないような感じで言われ、より困惑してしまった。
鬼さんの優しさやカッコ良さから、過去に結婚していたことに驚きはない。バツイチなのも、納得できる。
が、まさか子供までいるとは思わなかった。20年前ということは、子供も20歳前後。かなりの衝撃だった。
「……鬼さんとは1年の付き合いになるのに、知らないことがたくさんありますね」
「秘密の多い男ですから」
「……魅力的だと思いますよ」
「はっはっは。若い子に褒められると、気恥しいですね」
かなり勇気を振り絞った本心なのだが、鬼さんは歯牙にもかけない。
今は本気にされなくても、バツイチでも、歳上の子供がいても……アピールの手を緩めることはしない。
……自分でも、かなり惚れ込んでいるのはわかっている。
けど、そんなんで引くほど、お行儀のいい女ではないのだ。
と……随分みんなから離れているのに気付いた。かなり話し込んでしまったみたいだ。
「鬼さん、行きましょう。置いていかれちゃいますっ」
「そうですね。はぐれてしまっては、元も子もありませんから」
少しペースを上げて、急いで3人に追いついた。
2人の空気がさっきと違うのに気付いたのか、モチャが訝しげな顔で振り向く。
「お2人さん。なーに話してたのかにゃ?」
「べ、別になんでもありませんよ。ね、鬼さん」
「ええ。世間話の延長です」
「ほーーーーん……へぇーーーーーーー……?」
かなり怪しまれているが、この話を自分からする訳にはいかない。
貼り付けた笑顔でやり過ごすと、モチャは諦めたのかそっと嘆息した。
「まーいいや。そろそろお昼時だし、ご飯食べ行こう。アタシの行きつけの店を予約しといたから」
「ごは?」
「そだよ、ひま。ご飯食べ行こうね」
「たべりゅっ」
ずっとダンジョンにいた向日葵は、楽しみと言えばDTuberの配信と、ご飯くらいだった。そのせいか向日葵は食事が好きで、今も嬉しそうに八百音の肩の上でゆらゆら揺れている。
「でもモチャさん。向日葵ちゃんのこと、周りのお客さんにバレない?」
「ふっふーん。ヤオたそ、アタシを見くびってもらっちゃ困るよ。ちゃんと個室を取ってるから、安心安全だからねぃ」
「おお、さすがモチャさん。よ、金持ちっ」
「その持ち上げ方やめな?」
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