第41話 現代の技術
準備に準備を重ね、鬼さん、八百音、モチャからの手伝いを経ること1週間。
ついに、待ちに待った今日がやって来た。
この1週間で、ネットを通じて向日葵に外のことを話し続けた結果、今日という日を待ちかねたように、朝から元気いっぱいだ。
向日葵のお出掛け用に購入したノースリーブのシャツにワンピースを着させ、髪も三つ編みにしている。つば広の帽子も被っているから、じっと観察しないとニュースになった精霊とは誰も気付かないだろう。
「お出掛け、楽しみだね~」
「う! おしょと、たのしみ!」
早く外に行きたいのか、美空の腕の中でずっとそわそわしている向日葵。
それを見ている八百音とモチャは、ほっこりとした顔をしていた。
「あぁ~……娘ができたら、こんな気分なのかねぇ」
「モチャさんは娘がいてもおかしくない年齢だよね。結婚とか考え――」
「ヤオたそ」
「失言っした」
同じ人に気を寄せているからか、モチャはそういった話題には、意外とナイーブなのだ。年齢にしては、可愛いところも――
「おいコラお嬢」
「なんも言ってませんよね」
なぜこっちの考えを読めるのだろうか。未だに謎である。
モチャからの白い目を受け流していると、空間のある一部分がねじ曲がり、穴が開いた。
どこに通じているのかわからない空間の穴。そこから、鬼さんがひょっこり顔を覗かせた。
「お待たせしました、皆さん。準備はできましたか?」
「もちろんですっ。ね、ひまちゃん」
「あい!」
「こっちもいいよ、センパイ」
「鬼さん、よろしくでーす」
みんなが返事をして、鬼さんは朗らかな笑顔を見せた。
「それでは、お1人ずつどうぞ。靴は脱いで、持って来てくださいね。美空さんは、向日葵さんとご一緒に」
「はい。それじゃあ、ひまちゃん。行くよ」
「う!」
向日葵を抱っこしたまま、美空は穴に足を踏み入れた。
この1週間で説明は受けていたが、いざ入るとなるとちょっと緊張する。
足を踏み入れると、妙な浮遊感を感じた。が、それもすぐに収まり、目の前の景色が一転して、どこかの部屋の一室に変わる。
「ここが、鬼さんの師匠さんのおうち……ですか?」
「はい。師匠は今世界中のダンジョンを巡っているため、私が管理していますがね」
このご時世には珍しい、畳の部屋だ。綺麗に管理されているからか、新築のような香りがする。
部屋の壁を見ると、和室には似合わない妙ちくりんな機械が埋め込まれていた。
これは、鬼さんの師匠の開発した、ダンジョンゲート生成機。座標を指定した場所に自由にゲートを作り出せる機械らしい。
どうやってこんなものを作ったのかは、鬼さんでもわからないらしい。ダンジョン最下層の中でも最奥にしかない、希少中の希少な鉱石を50キロも使っているらしいが、原理は不明とのこと。完全にオーバーテクノロジーだ。
しかし古いものらしく、もう1年もすれば完全に壊れてしまうみたいだ。まだ使えて、本当によかった。
「お師匠さん、なんでこんなもの作ったんですかね。普通にダンジョンゲートに向かえばいいのでは?」
「ふふ。残念ながら、それはできません」
「え?」
言っている意味がわからずに、鬼さんを見上げようとすると、抱っこしていた向日葵が下ろしてほしそうに美空の手を叩いた。
さっきの話は、別の機会にでも聞いてみよう。
向日葵を畳の上に下ろすと、嬉しそうな顔で寝転がった。
「みしょら、やーらかい!」
新しい場所がよっぽど嬉しいのか、向日葵は目をキラキラさせて畳の上を転がっている。
思えば、ダンジョン内はすべて岩石や鉱石で埋め尽くされている。こうした柔らかい床は、向日葵には初めての経験だ。
ずっと転がり回っている向日葵を見ていると、後から八百音、モチャの順にこっちに出てきた。
「おお。本当にダンジョンの外だ……」
「どういう原理なんだか……センパイの師匠、何者?」
「さあ。元気なお人だということは、確かですが……さて、時間もありません。行きましょうか」
鬼さんが前を歩き、それについて行く。
どうやらこの部屋だけじゃなく、家全体が昔ながらの風貌をしているみたいだ。廊下も、キッチンも、他の部屋も、何もかもが古風な印象がある。
みんなが横一列になっても余裕があるくらい広い玄関で靴を履き、いざ外に。
玄関先には広い庭と、その先にには森が広がっている。こんな大自然に囲まれた場所、今まで来たことがない。
「鬼さん。ここどこなんですか?」
「神奈川県の山中です。細かい場所は言えませんが。ここからは車で移動しますよ。もう少しでタクシーが来ますので、待っていてください」
神奈川県でここまで自然が豊かということは、西側のどこかなのだろうか。
八百音も美空と同じで都会生まれ都会育ち。こういった場所には慣れていないのか、目を輝かせて周りを見渡していた。モチャも久々の自然を満喫するように、大きく深呼吸をしている。
対して、向日葵は……反応がない。大自然を前に、口を開けて呆然としていた。
「ひまちゃん、どう? 初めてのお外は」
「……うえ……ない……?」
「上? ああ、空のこと?」
「しょら……?」
「うん。ダンジョンの外は天井はないの。遮るものなんて、ないんだよ」
「……しゅごい……」
よっぽど感動しているのか、目を輝かせて空に手を伸ばす。
空、雲、太陽、森、芝生。すべてが、向日葵にとって初体験のものだ。感動もひとしおだろう。
しばらく待っていると、鬼さんが手配した無人タクシーがやって来た。
初めて見るものに、向日葵は飛び上がって八百音の後ろに隠れる。
「やぉ、こわぃ……!」
「大丈夫だよ、向日葵ちゃん。これは遠くまで移動するための乗り物だからさ」
「ぅぅ……?」
まだ怖がっているのか、向日葵は八百音から離れようとしない。先に乗ってしまった方が早そうだ。
無人タクシーの前には、鬼さんとモチャが。後ろには、先に美空が乗り込む。
「ほら、ひまちゃん。乗っても怖くないよ」
「……のりゅ……」
八百音と手を繋ぎながら、向日葵は頑張って後部座席に乗り込んだ。美空と八百音の腕を抱き締めて、緊張した顔をしている。
「皆さん、乗りましたか? それでは出発しましょう」
鬼さんがタクシーの行き先ボタンを押すと、静音モーターが作動して、ゆっくり動き出した。
庭から森。森から畑。畑から国道。国道から高速道路に出て、ぐんぐん加速していく。無人車が当たり前となった今、高速道路での事故や煽り運転、渋滞は滅多に起こらず、一定の速度で進んでいる。
最初こそ怖がっていた向日葵だが、なんともないとわかると、ほっと息を吐いて力を抜いた。
「向日葵ちゃん、お外見る?」
「! みりゅ!」
八百音が向日葵と席を交換すると、窓に張り付いて外を見た。
大昔の旧高速道路は森や山岳の中を走っていたらしいが、今は頑丈かつ硬度の高い鉱石を使って作られた、上空に橋のように伸びる新高速道路を走っている。遮る山々も、転落防止の壁もない。見渡す限りの大自然が広がっていた。
車には無駄なものが一切搭載されていないため、広々とした設計の車内は、ある程度自由が確保されている。
完全自動運転。完全安全装置。落下時の緊急浮遊装置など、現代の技術のすべてが詰まっているのが、現代の車だ。
これに慣れている今では、自分で運転して長距離を走るなんて想像もしたくない。ただ疲れるだけだろう。
「向日葵ちゃん、どう? 楽しい?」
「う! ひりょい!」
「うんうん。広いねぇ~」
満面の笑みの向日葵に、八百音はデレデレだ。
気持ちはわかる。向日葵には、人を惹き付ける何かがあるのだ。
「センパイ。みなとみらいまで、どれくらいあるの?」
「ここからですと、1時間もかからないでしょう。それまでゆっくりしていてください」
「あーい。アタシ寝てるから、着いたら起こしてね」
「わかりました」
モチャはわざとらしくあくびをして、目を閉じる。
と……鬼さんにそっと寄りかかった。
「私は枕ではないのですが」
「いいじゃん。配信とか攻略とかひまのこととかで、疲れてんの」
「まったく……」
鬼さんはやれやれと首を振り、そのまま寝かせてあげることにしたらしい。
(ずるい)
と思ってしまうが、もし自分が鬼さんの隣に座っても、あんな大胆なことはできないだろう。
どうにかして、自分も鬼さんにアピールしなくては。
謎の焦燥に駆られる、美空であった。
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