第40話 準備
◆◆◆
「ということで、公安は引き上げましたよ」
「うそん」
美空とモチャが喧嘩してからたった2日。
鬼さんに呼び出されたかと思ったら、急にそんなことを言われた。
モチャが唖然としてるのもわかる。いったいどんなことをしたら、こんな急展開になるのか。
「鬼さん、いったい何をしたんですか……?」
「昔馴染みに掛け合っただけですよ。多分もう少しで……お」
どこからか連絡が来たのか、腕時計に来た通知を確認する。
「公安はすべて撤収したと連絡が来ました。それと、ニュースでも向日葵さんのことをやっていますよ」
「えっ?」
慌ててニュースサイトを開き、みんなで覗き込んだ。向日葵も興味津々なのか、モチャに抱っこをせがんで画面を見る。
『速報です。先程警察から、横浜ダンジョンで見つかった精霊は、処分したという情報が入りました。繰り返します。横浜ダンジョンの精霊は、処分したという情報が入りました。これにより、ダンジョン内は平和が保たれるでしょう。攻略者の皆さんは安心して──』
「ぉぉ〜……? ひま、ここおりゅ……!」
自分が映っているのが嬉しいのか、向日葵は満面の笑みで指さしている。
けど、なんでこんなことになったのか、理解できない。十中八九、鬼さんが関わっているのは間違いないだろう。
「鬼さん、本当に何したの?」
「ふふ。さあ、何をしたのでしょう」
言うつもりはないらしい。モチャだけは、なんとなく察しているみたいだけど。公安関係の人に掛け合ったに違いない。
「これでしばらくは、安心して過ごせます。ただ、ここに長く留まれば留まるだけ魔物に感知されるので、対策はしないといけませんが」
「でもここにいる限り、魔物もひまの存在に気付かないでしょ? なら大丈夫じゃない?」
モチャの言う通りだ。ここの出入り口は、生半可な攻撃じゃ突破できないほど硬いし、厚い。上層の魔物程度では、突破できないだろう。
けど鬼さんは、首を横に振った。
「確かに、ただの魔物はあそこを突破できません。ですが向日葵さんの潜在エネルギーは、今なお外部に流れている。それを感知した魔物がこの付近に集まれば、間違いなく怪しまれるでしょう」
「あーそっか。潜在エネルギーは、物理的に遮断はできないか……」
鬼さんとモチャの会話から察するに、完全に安全という訳ではないらしい。
どうすればいいのか思案を巡らせていると、とある疑問が浮かんだ。
「あの、鬼さん。魔物って自然発生するんですよね?」
「ええ、そうですね」
「じゃあ倒されなかった魔物って、どうなるんですか? ずっとダンジョン内にいるわけではないですよね?」
もし自然発生した魔物がずっとダンジョン内をさ迷っていたら、人の少ない下層や最下層は、直ぐに魔物で埋め尽くされてしまう。
もしかしたら……という考えが脳裏をよぎる。
鬼さんは一瞬だけ無言になると、言葉を選ぶように重い口を開いた。
「過去の資料に目を通したことがあります。……生き続けた魔物は、自然消滅するという報告がありました」
「そんな……!」
「ですが、その期間はまちまちなようで……1ヶ月で消滅する魔物もいれば、数年生存した魔物もいるそうです。向日葵さんがどれほど生きられるかは、その時にならないとわかりません」
突きつけられた現実に、美空の気分は沈む。
これから頑張って隠し通していっても、1ヶ月から数年の命。しかもいつ自然消滅してしまうかわからないと言う。
それまで、消える恐怖に怯えながら、ずっとこん暗い場所にいる……そんなの、耐えられるわけがない。
モチャも同じことを考えたのか、抱きかかえる向日葵を強く抱き締めた。
「センパイ、何か方法は……」
「……世界中にダンジョンが現れて、およそ300年。しかし、魔物に関してはまだまだ解明されていないことは多い。いずれは解決するとは思いますが、現状ではまだ解決する術はありません」
ダンジョンのことに関してはなんでも知っている鬼さんですら、手立てがないと言う。
けど、どうにかしてあげたい。例え短い命でも、生まれてきてよかったって……そう思わせてあげたい。
「鬼さん。お願いがあります」
「……私にできることなら、力になります」
美空が何を言いたいのかわかっているような顔で、優しく頷く鬼さん。
本当、こんなに頼りになる人は、今まで見たことがない。
「……ひまちゃんに、外の世界を見せてあげたいんです。映像とか、写真じゃなくて……ひまちゃんの目で」
「ふむ……そうですよね。死ぬまでここにしかいれないなんて、可愛そうですし……」
鬼さんも同じことを思っていたのか、向日葵の頭を優しく撫でる。向日葵は嬉しそうに目を細め、にぱっと笑った。自分の心配なんてされているとは、思ってもいなさそうだ。
「……わかりました。なんとかしてみましょう」
「できるんですか……!?」
「ダンジョンゲートを経由せず、外に出る方法が一つだけあります。しかし準備がありますので、1週間は我慢してください」
「わ、わかりましたっ」
ダンジョンゲートを経由せずに、ダンジョンと外を出入りする方法なんて聞いたこともないが、鬼さんが言うなら間違いないだろう。
が、モチャは否定的なのか、渋い顔をした。
「でもセンパイ。どんな魔物でもダンジョンから出ると、環境の違いで3日しか生きられないよ。知ってるでしょ?」
「ええ。でも2日はあります」
「そうだけどさ……見つかったらどうするの? 今度こそ間違いなく狙われるし、匿ったセンパイが、どんな処罰を受けるか……」
向日葵も心配だし、鬼さんも心配だし、けど2人の意見には賛成だし……と、心配事にがんじがらめになっているモチャ。
そんなモチャを安心させるよう、鬼さんはモチャの頭を撫でた。
「安心してください。この2日間は、私も付いてますから。彼女が見つからないよう、全力を尽くします」
「……それでも、万が一見付かったら?」
「その時は、全力で抵抗しましょう。もちろん、拳でね」
古のネットミームにきょとんとする美空とモチャだが、直ぐに2人を安心させるためだと気付き、笑みがこぼれた。
確かに、鬼さんの拳以上に安心できるものは存在しない。
「わかった、わかりました。……その時は、アタシもついていくからね。アタシだって、ひまと遊びたいし。いいよね、お嬢ちゃん」
「も、もちろんです! 鬼さんとモチャさんが一緒なら、怖いものなんてありません……!」
元公安の代理執行人と執行人の2人が警護につくなんて、世界一安全と言っても過言ではないだろう。
となれば、提案者の美空としては、向日葵に最高の思い出を作ってもらえるよう、プランを考えなくては。
「ひまちゃん、たっっっっくさん楽しもうねっ」
「あい? う!」
わかっているのかいないのか。向日葵は元気に頷くのだった。
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