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涙の意味とは?

 とわ子は泣いていた。

 左手で嗚咽の漏れる白い不織布のマスクを塞ぎ、右手に持った双眼鏡で舞台上でキラキラと輝き、歌い、踊る、推しの「スズボシくん」を見ながら、号泣していた。


 特に泣くようなシーンではない。舞台上ではメインで歌う俳優が美声を響かせ、その後ろでチアガールが持っているような金色のポンポンを振り回し、推しが楽しそうに激しく踊っている。座っている周囲の観客の女性たちは楽しげに推しの色をした光る棒を自分の体の前だけで、お行儀よく降り、きっとみんな満たされた笑顔だったろう。


 しかし、とわ子は止めどなく溢れる涙が止まらなかった、自分でも判らなかった。なぜ自分が泣いてるのか?舞台上の推しである「スズボシくん」を見たのは実は初めてだというのを差し引いても、こんなにも訳の分からない感情で泣くことがあるのかと、自分でも驚きだった。


 遡る事3か月前、とわ子は突然「スズボシくん」にブチ転がったのだ。


 とあるソシャゲのキャラクターをミュージカル化するにあたり、ゲーム内の2次元の推しである「ギネギネ」の配役として登場したのが「スズボシくん」だった。それまではスズボシくんの事なんてこれっぽっちも知りもしなかった。無知は罪。


 「ギネギネ」局地的人気を誇るキャラクターで、少しばかり捉えどころがなく、飄々としているが、どことなく自信が無い感じのセリフが多い割に、戦闘モードになるとイケイケという、ちょっとばかり二面性があり、背が高く、手足が長く、茶髪で、顔が可愛く、色白で、ぬぼーっとしている。「あいた!」などと言って敷居に頭をぶつけがちなキャラクターだ。あと声が良い。最高。緑がキャラクターカラーだ。「ネギ…何のことだ?」が決め台詞。


 二次元の「ギネギネ」の俳優「スズボシくん」が「野生のギネギネ」とか「ギネギネ役のギネギネ」などと言われたり前評判も良くて、へ~って感じでとわ子はそれほど、興味が無いというほどでもなく、興味があるというほどでもない、ふ~ん。なんていう感じだった。


 ソシャゲをバックアップしている運営がミュージカルを期間限定で無料配信してくれる等、太っ腹な事もあり、特にお金を出さずとも、見れてしまうというので、それだったら見るか~みたいな感じで、ギネギネの出ているミュージカルを見た所、すごく…良いです…。みたいな感想を持ちつつ、3日連続で違うミュージカルを配信してくれていたので、全て見たわけだが、1日目はギネギネがメインキャラクターとも言える立ち位置で楽しく見れたが、二日目、三日目となると登場キャラクターが多く総勢50人ほど?多すぎ。ギネギネどこ?どこどこどこどこどこどこ??!!といった具合に、画面端にちょっと足が映ったり腕が映ったり、一瞬大写しになったり、その度に情緒が掻き乱され、いやもっと、私の推しを画面の中央で見せてくれよ!!!このポテンシャルはもっとメインで見せるべきでは?見せてくださいお願いします!後生です!!五体投地でもなんでもしますからぁ!!と、半ば懇願の体を取りつつ画面の中の配信ミュージカルを見終わった時。ガーンともドーンとも言えない音を立て、とわ子は「スズボシくん」にドハマりしたって訳です。


 やはり配信では…ダメ!


 そこで、同じソシャゲ友達のコウちゃん、ギネギネの相棒のタヌタヌ大好き。が、よくミュージカルに遠征に行き、ズイッターにつらつらと流れるその感想などを読むに、その世界に精通する歴戦の戦士であった事は知っていたので、DMでスズボシくんにハマった事を報告し、スズボシくんが半裸で出ている(重要)ミュージカル「俺がタメボタンを押す」の「エツ先輩スズボシくん」がどうしても見たいと相談してみた所、快くとわ子を受け入れてくれた。そんな訳で、コウちゃんと共にチケット争奪戦の戦地へと赴く事となり、なんとか8月の24日25日の二日続けての観劇のチケットを手に入れる事が出来た。


 そして、冒頭に戻り、始まった時は、楽しく笑顔で双眼鏡でガン見しながら観劇していたのだが、歌と踊りが始まった途端、よく判らない感情が爆発して、盛大に嗚咽して盛大に泣いたのだが、隣に座るコウちゃんでさえ、音と光のパレードのような音楽の中で、とわ子が泣いているなんてさっぱり知る由もなく、楽しんでいた。


 実はとわ子は、今年の5月まで、実家住みで働きもせず、いや働きたいが就職出来ず、就職応募してもお祈りされる毎日で、もう働くのは無理では?と絶望して、ニートになる前まで、働いていた貯金を切り崩し、親からの援助に甘んじ、細々としたささやかな暮らしをしていた。


 所が5月にコウちゃんから誘われ、ギネギネの聖地巡礼に行くことになり、ギネギネゆかりの地、ギネギネゆかりの神社にお参りする事になった。神頼みである。これが本当の神頼みである。


 「どうか就職させてください、お金が欲しいです、そのお金でスズボシくんを推したいです!」


 なんという欲望にまみれた願い。


 しかし、神は居た。信じられない事に、そのギネギネ聖地巡礼ツアーが終わった次の日に面接した会社に受かったのだ。面接官の人も良い感じの人だし、周囲の人たちも物凄く良い人そう、サービス業は初めてだけど、これはいける!ありがとうギネギネの神様!!とわ子はここで骨を埋める覚悟で働きます!!


 ところがどっこいである。


 同じ部屋で同じシフトに働く女性二人、勝子と沼子。部屋にはその三人だけだ。周囲にはたまに人が通るが、裏方なのだ大体その三人きりだ。最初こそ優しくて、普通かと思われた二人だったが、とわ子に徐々に牙を剥いてきた。別にそんな怒るような事でもない事や、後になって思えば、あれはなんだったんだ?という矛盾を孕んだ言いがかりとも言えるような指導。ダブスタ、暴言…。所謂パワのハラである。


 いやいや、新人のとわ子に何かしら問題があるんだ、あるはずだ、無きゃおかしい、きっとそうだ、何か、とわ子に問題があるんだ。


 仕事を知れば知るほど、なんで?どうして?今、怒られてるんだろう?どうしてそんなに冷たい態度で怒られるんだろう?ツラい、悲しい。


 たいして怒られるような失敗はしていないはずなのに、違うのかな?とわ子は頑張った。「~~をして」勝子の言葉が聞き取れず「すいません、今なんて言ったんですか?」と、とわ子が質問すると「もういいわ、あんたはもう仕事しなくて、いい」そんな拒絶されるような事をしたんだろうか?「これってどういう風にすればいいんですか?」と初めての事案にとわ子が沼子に質問したら「なんでこんなことも知らないの?知ってて当然でしょ?あんたさあ、日本語判る?頭悪いね!」と言ったような暴言を浴びる日々。


 でもきっと、とわ子が悪いんだ。きっとそうだ。そうに違いない。だってそうじゃなきゃ、最初は良い人そうだった、この先輩二人が悪い訳が無いんだから。


 そして5月15日から8月24日までの約3か月、お金の為に仕事を辞めないで頑張ったが、大分キテたらしいとわ子は、今を限りとばかりにステージでキラキラと輝き、一生懸命に踊っている、自分の選んだ道を信じて走るスズボシくんを見て、なんかよくわかんない感情が爆発して号泣したわけです。

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