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テトラ・オリジン 〜白銀の黎明〜  作者: 五十川紅
第一章 銀嶺の刃と戯神の影
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第五話 港湾都市ライエ

「うーん。久しぶりのシャバは気持ちがいいねぇ〜」


「何を言っているんですか貴方は」



 軽口を叩きながら列車から降りると、私達の眼にはライエの芸術的な街並みの風景が飛び込んでくる。


 私達が降りた大陸横断鉄道の駅は、小高い丘の上にあり、そこから緩やかな下り坂の大通りが、一番下の巨大な港まで続いている。

 湾曲した地形に沿って街が作られ、家屋の色は全て屋根が水色、壁が白で統一された、景観的にも絵画のような美しい景色だ。



「美しい街ですね」



 潮風にアリアの髪が靡き、街並みと相まってまるで女優のようだ。私も髪の手入れはしているつもりなのだが、中々あのサラサラヘアーは手に入らない。


 もっとも、アリアはプラチナブロンドだが、私は白っぽい銀髪なので似た印象になることは無いだろうけど。


 ちなみにライエの憲兵所には、列車の乗組員達の事を報告しなかった。何でも、今回の運行で()()()()()()が起きても、そこで見たものは見なかった事にする。と言った様な買収内容だったらしく、それならばと、アリアはそれを逆手に取り、『アルナイルの残骸を私達が回収した事を黙認する事。さもなくばライエの憲兵所に全員を突き出す』と、脅したようだ。

 この調子では、鉄道橋に設置された憲兵所の方も買収されていた可能性が高そうだった。


 荷物を引っさげ、ライエの駅から街のほうへ歩き出すと、爽やかな風に混じって、何やら香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。


「この香りは……おぉ、イカ焼きかぁ。美味しそうだねぇ〜」


「ふう……太りますよ。リノン」


「全く、アリアはすぐそれだ。しょうがないでしょ。命気を使ったから、お腹が空いたんだよね〜」



 私は命気を使うと、身体能力が向上するが、矢鱈とお腹が空くのだ。


 私しか使っているのを見たことがないので、中々理解してもらえることではないが、強く纏った状態を長い時間続ければ、強い疲労感も残るし、何より一日に生み出せる命気の量は限界がある。年々生み出せる量も増えてきてはいるし、アルナイルであれば十機程度までなら斬れるとは思うけれど。


 さっきはあんなものが相手だったのでポンと使ったけど、本来は私にとっては奥の手なのだ。



「ねぇ、ヴェンダー君。私はさっき、ヴェンダー君と戦ったからお腹がすいたんだよねぇ」


「はぁ……」


 ヴェンダー君は困ったように眉尻を下げていた。



「察しが悪いなぁ。君は私にイカ焼きを奢る義理があるのです」



 私の意図を察したのか、ヴェンダー君は苦笑いを浮かべながらイカ焼きを買いに行った。



「あ、ついでにアリアのぶんもね〜!」



 私の追撃に無言で腕を上げ、屋台の列に並ぶ。



「さてアリア。さっきの紋章銃の時の話だけど」



 私は、胸の下で腕を組みアリアに問う。



「――――戯神の事は、まだ話せないと言いましたが」



 若干の警戒が込められているような気がしたが、私が気になっているのはそちらではない。



「それは、アリアが話したくなったときに話してくれればいいよ。

 私が聞きたいのは……アリアが、アーレスの()()なのかどうかだよ」


「……。私が、テラリスの神を僭称する者たちに、関与している存在だと?」


「そうだねぇ……そうとも言えるけど、私はアリア自身がその神を僭称する存在そのもの、もしくはその存在だった者。なのかなと思ったんだよね」


 私の勘ぐりを話せば、アリアは大きく眼を見開いた。


 以前から、アリアは様々な事を知っていたし、何か葛藤を抱えているようにも見えていた。


 母様達は、アリアの事を何か知っているような気もするが、他の人に探りを入れるようなことはしたくない。


 他でもない、相棒(アリア)の事なのだから。



「――相変わらず、頭が良いとは言えない癖に、勘の鋭さは本当に……」



 アリアは、海の方を見ながらつぶやいた。



「そうですね。やがて折を見て話すつもりでしたが……そうです。

 私はテラリスにて神を僭称していた存在である、『起源者』(オリジン)の一人、水の起源(アクエ・オリジン)アリアンロード・アウグストゥス・アウローラと呼ばれていた者です」



 えっ、ちょっと待って。情報量多いよ……。オリジンのアクエオリジンのアリアンロード・あうぐす……?



「ふふ……面倒で大仰な名でしょう。別に覚える必要はありませんよ。今は価値のある名ではありませんし。

 あぁ、それと、一応話しておくと、今の私に起源者であった頃の力はありません。戦闘能力に関しては当時の十分の一程度でしょう」


「え、ちょっと待って。アリアって何歳なの?」


「はっきりとは憶えていませんが、おおよそ六千程だったような気がします」


「おお……」



 淡々と告げるアリアに、ついていけない私。


 確かにそう言われれば、私の小さい頃からアリアの容姿は全く変わっていない。ずっと綺麗なお姉さんのままなのだ。


 アリアが紅の黎明に入団した時……丁度、十年前になるか。初めて会った時にいきなり抱きしめられた記憶は今でも憶えている。


 当時の私はまだ六歳で、団のアイドル的存在と言えるほど可愛かったので、まぁ仕方の無い事だが。


「しかし、今のアリアでその起源者の頃の十分の一の力って……」


 アリアの戦闘能力はかなり高く、団でも戦術顧問という役が付いている。

 個の戦闘能力で言えば、紅の黎明の部隊長達よりも上である。


 ……今の私でも、切り札を使わなければおそらく負けるだろう。



「そんなに強ければ、神とか言っても不思議ではないかもね」



「……先程も言いましたが、ただ強い力を持っているというだけです。そんなものは真の強者では無い」



 確かに、強い力は人を傲慢にする。アルナイルに乗っていたヴェンダー君もそうだった。


 力を失えば、我々はちっぽけな存在なのだ。だから、力に見合った心を持たねばならない。


 

「おっと、そろそろイカ焼き(ヴェンダー)も戻ってきそうだし、続きはまた今度にしよう。

 最後に一つだけ聞くけど、アリアはアリアンロードあうぐすなんちゃらではなく、今は、()()()なんだよね?」



 聞くものによっては質問にもならない拙い問い。だがアリアには完全に私の意図は伝わっている。



「はい。――私は貴方の相棒、ただのアリアです」



 アリアの美しい笑みが潮風に溶け、私も微笑みが滲み出る。



「お待たせしました……ささ、熱いうちにどうぞ」



 おっと、丁度イカ焼きが帰って来たようだ。



「ありがとう。ヴェンダー君! では早速……おお、うまー」



 イカ焼きの串を袋からひったくると、熱々のイカにかぶりつく。


 香ばしく焦げたタレの香りに、磯の香りが混じりプリプリのイカの食感がなんとも堪らない。港街ならではの鮮度の良さみたいな物も当然あるだろうが、やはり炭火で炙られ焦がされたタレの香りが一番の凶器だ。


 例えるなら、血と硝煙の中で逃げ惑っていた所を大砲をぶっぱなされて地面ごと爆発し、足元から吹き飛んだ。みたいな感じだろうか。



「ふむ、コレはうまいですね……よく冷えたビールが欲しくなる所です」


 どうやらアリアもお気に召したようだ。


「そう言われると思い、ビールもありますぞ。ささ……どうぞ」


「え? あぁ……その、ありがとう」



 ヴェンダー君の気回しに、アリアが呆気にとられている。やるな! ヴェンダー君!



「その、列車ではすみませんでした……つい感情的になってしまい、貴方には申し訳無い事をしました」


「いえ、良いのです。初めは確かに、恐ろしい方だと感じましたが、リノン殿に向ける優しげな表情を見ているうちに、アリア殿の事ももっと知りたいと思うようになりました故……」



 二人とも、気恥ずかしそうに顔を合わせずに会話をしている……。



「おやぁ……? コレは、恋の予感かな……?」



 私がにやにやと、笑いながらからかえば、二人の反応は異なったものだった。


「何を言っているんですか。リノン、脳までイカのようになったのでは?」


「リリリ、リノン殿……」


 アリアは真顔で、失礼な事を言ってきたが、ヴェンダー君は顔を赤らめ後ろを向いてしまった。


 ふむふむ、おやおや、へぇ~え。


「下らない事を言っていないで、先ずは宿に行きましょう」


「おっと、そうだね。宿で着替えたら、日が落ちる前にアリアに君の腕を見てもらう。私は、この街に来ている団の連絡員に、駅でアルナイルの残骸を渡してから、見に行くから」


「アリア殿と戦うのですか? てっきり私はリノン殿と手合わせするものかと……」


「なにか勘違いをしているかもしれないから、言っておくけれど、アリアは紅の黎明(ウチ)の戦術顧問だ。団の中でも、ニ、三番目に強いから油断してると、また風穴開けられるよ」


 私の言葉に、ヴェンダー君は驚きと共に、ゴクリと喉を鳴らした。


 おそらくは、ライフルは使わずランスのみでやるつもりだろうけど、それならそれで、でっかい風穴が開くかもしれない。


 さっきのように、脛をぶち抜かれたくらいの傷なら、また命気で治療してあげれるが、致命傷ならそれも無理だろう。全てはアリアの匙加減だ。



「アリア、殺すつもりではやっていいけど、殺しちゃだめだよ?」


「ふ……さぁ、どうでしょうね」



 アリアは薄く笑うと、身を翻し宿に向けて歩き出した。



「……私も、全力を尽くし、アリア殿を制圧してみせます」


「制圧……か。私達傭兵には馴染みの薄い言葉だけど、全力で当たるといいよ」



 まだ、甘いかもね。


 私は心の中で呟くと、ヴェンダー君を連れだって宿に向かった。



 





 



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