プロローグ
天高くそびえ立つ皇城に、朝日が冠の様に輝いている。
戦場と化した皇都は、朝日にも負けぬ程の、鮮烈な大火が都市の至るところで燃え盛っていた。
私は幾人もの強者を斬り伏せ、未だにこの戦場に立っているが、もはや満身創痍の体だ。
愛刀『蛍火嵐雪』を、杖の様に地面に突き刺し、もたれるようにして、前を見据えるのが精一杯だ。
動け、動けと幾ら念じても、脚が、手が、身体が動かせない。
自らの力の根源たる命気も、もはや枯れた湧水の様に、湧き出て来ることは無い。
目の前の相棒の窮地に、駆けつける事も出来ず、未だ奮戦する母様の姿を、ただ見る事しかできない。
「く……母、様……!」
その背を見上げる様に、力無く地に伏せる私の相棒であるアリアを守る為、小柄な身体に見合わぬ身の丈程もある大剣を振るい、戯神と呼ばれる存在が駆る巨大な機械人形……オリジン・ドールが振るう、己の何倍もの長大な剣を、幾度と無く防ぎ、打ち払う。
剣撃は打ち払い、銃弾は焔で焼き尽くす。
そんな攻防を幾度も繰り広げているが、母様が限界を超えているのは、その動きからも見て取れる。
――しかし、戯神の異能による攻撃が組み合わさると、段々と防ぎ切れず、母様の身体が次々と刻まれ、その身を血に染めていく。
「母様……撤退してください……!!」
「何を言っている……この私を、家族も守れぬ母にするつもりか……?」
「ですが……、このままでは母様が!」
母様の大剣が剣撃に耐えかね、爆発したように弾け、その破片で母様の左眼が潰れる。
私はもはや言葉を失い、ただ母様に死なないでと願う事しかできない。おそらく母様の背後で倒れ伏すアリアも一緒だろう。
いかに、世界最強の傭兵といわれる母様といえ、限界はある。
そして、その限界は最早過ぎ去っている。
やがて折れた大剣を戯神に突きつけると、母様はその口を開いた。
「……リノン、それに……アリア、お前達は私が必ず守る。……だからそんな顔をするな。
強く、そして、幸せに生きろ」
母様がそう言い、微笑った瞬間、その身体を長大な剣が貫いた。
「あぁ……ッ! お祖母様ァァァァァァ!!!!」
「――さよならだ。……滅魂焔」
アリアの絶叫と共に、母様の身体から紫紺の大炎が噴出した。
その劫火は、天を衝く様に高く伸び、戯神と呼ばれた存在を滅却せんと、その身を焼く。
戯神の起源神は瞬く間に赤熱し、その形を歪めていく。
「あ……あ、あぁ……」
私にはなんとなくだが、あの焔を生み出す為に、母様が自らの魂を燃やしている事が分かった。
世界最強クラスの強者との連戦の後に、戯神の操る起源神との戦闘は、流石の母様と言えどもはや余力など無かった。
凄まじい劫火の余波に、私もアリアも炙られるが、その熱が私達を焦がすことは無い。むしろ、暖かいと思ってしまう程に、その焔は私達に優しかった。
私の目の端から次々に溢れる涙は、すぐさまその熱波によって蒸発していく。
――まるで母様が、泣くな。と言わんばかりに。
やがてオリジンドールが黒き灰となり塵と化すと、天に登るように炎鱗を散らし、紫紺の大炎は消失した。
「……まさか異能者の身で、これ程の力を得ているとは……」
私の五メテル程前に、突然、戯神が現れた。
その姿は半身が焼け爛れており、息も絶え絶えといった様相だが、
「何故……貴様が何故生きている……!!」
私は太刀に被さる様にしていた身体を、がたがたと震わせながら無理矢理起こし、太刀を地面から引き抜く。
息が切れ、視界がチカチカと明滅する様な感覚を覚える。
今にも意識を失いそうだ。
だが、それでも――
「お前だけは、なんと、しても、必ず斬る!!」
持てる限りの力で、全力で踏み込み、太刀を振りかぶる。
視界が明滅し、足元の感覚が無い――。
腕も、此処にあるのだろうか?――。
意識も――くそっ……――もう、少しだけで――いいから……。
視界が真っ白になり、意識が遠のいていく――。
私は――あの男を――――斬れたのかな――。