悪役令嬢は敵地にて狂い咲く
この世界には能力が存在した。
千年前、栄華を極めた先人たちはみな、スキルを手にしていたという。
*
「アリアンローズ・フォンターナ、貴様との婚約を今ここに破棄する!聞いているぞ、貴様の執拗ないじめのことを!!そんな女を私の婚約者になどしておれぬ!私の前から消えるがいい」
(ああ…それは……)
「よろこんで、お受けします」
「へぁ?」
まさか、婚約破棄をした男も、たった今破棄された少女が満面の笑みを浮かべて婚約破棄を受け入れるとは思わなかったのだろう。
貴族の令息にあるまじき声が出ている。
それはもう、イノシシが城下の人気飲食店でご飯を食べているのを目にしたような顔で。
実際、先日イノシシが飲食店で食事をしていたそうだが。
「失礼ですね。婚約破棄を受け入れると言ったのです。聞こえなかったのですか?」
「も、勿論聞こえたとも。貴様の強がりが」
「ほう、それはどのような」
「蝶よ花よと育てられた令嬢がよろこんで婚約破棄を受け入れるだなんて、強がり以外の何がある。素直に泣いて縋ればいいものを」
それを聞いた周囲の貴族たちは、
(何言ってんだコイツ……)
と思った。
アリアンローズ・フォンターナの元・婚約者であった男は、ジュリアス・ロンバルドと言い、社交界で「勉強できる馬鹿」として有名な人物。
非常に優秀なアリアンローズを婚約者に据えていることで釣り合っていないとも言われる男。
全く頭が良くない。まさに勉強できる馬鹿。
もとよりそれを支えるために権力で無理矢理結んだ婚約。
しかしジュリアスは、平民の少女にうつつを抜かし、彼女を鑑みていなかった。そんな状況であれば、
(そりゃあ、婚約破棄、よろこんで受け入れるだろうなぁ……)
そのうえ、ジュリアスはアリアンローズのことを蝶よ花よと育てられた令嬢と揶揄したが、周囲の貴族からしたら、「え?コイツマジで言ってる??」という状態。
なぜならアリアンローズの生家、フォンターナ家は辺境伯家。国境を領地としている家。しかも戦争が終わった今も度々争いが発生する土地の領主。
跡継ぎであるアリアンローズが戦闘の技術を所持していないなど有り得ないのだ。
むしろアリアンローズはそこらの騎士よりよっぽど強い。
周知の事実であるのにも関わらずそんな事も知らないのか………と知らぬ間にロンバルド家の評価が大暴落を起こしているのも知らないジュリアスは、ある意味幸せなのだろう。
社交界では、フォンターナ家が戦いのプロだと知らない者はほぼほぼいない。
知らない者は馬の糞と言って揶揄されるくらいには常識だ。
コッソリ、脳でそろばんを弾いてロンバルド家との事業を見直す貴族がぞろぞろいる。
これもジュリアスにとっては知らぬが仏。
(後で後悔するんだろうなぁ~)
ジュリアスの性質を知っている貴族はそう考え、少し不憫に感じることもなくもない。
「うわー頭大丈夫かな」
アリアンローズがぽそっと、呟いた。
うっかり呟いた声が聞こえたジュリアスは顔を真っ赤にして怒る。
「なんだと貴様!!たかが辺境伯家の分際で公爵の私を貶すなど許されざる行為をしおって!!」
(許されざる行為をしてるのはお前だけどなジュリアス!)
ジュリアスの怒りに対し「ジュリアスの分際で……」とか呟いてる令嬢が複数人。
因みに、この場合正しいのはアリアンローズなのは言うまでもない。
正直、王家からしても、何もしないロンバルド家よりも、フォンターナ家の方が重要なわけで、ジュリアスはアリアンローズを平民に落とすとか息巻いてるが、実際に、落とされるのはジュリアスだろう。
(アリアンローズ嬢大変だな~)
「そういえばジュリアスさま、私がいじめをしたといいましたか?」
「ああ!言ったさ、さぁ、認めろ!!証拠はあるのだからな!」
「いつの話です?」
「ふん、忘れることなど無かろう。祝祭当日と三日後、それから一昨日だ」
自信満々に言い切ったジュリアス。
しかしまぁ……なんというか、貴族からしたら、
(その週、アリアンローズ嬢は隣国に外交に出向いていたはずなんだけど)
隣国から苦情が来ていないということはアリアンローズがしっかりと外交をしたということ。
「私、隣国にいたんだけど……」
嘘でしょ…?という呟きとともに呆れる。
アリアンローズは王家から外交を特定の国において一任されている。
それはまぁ、気難しいと有名な王家を頂く国である。
幼い頃から外交をひたすら真っすぐに取り組んできたアリアンローズだからこそ担当できる国だ。
「証人は?」
とりあえず聞いたアリアンローズ。
これで証人がいないとなると本気で能無しだから。せめてもの慈悲だった。が……
「証人はおらぬ!しかし我が愛しのフィートならば証言してくれるであろう!!」
つまり証人はいないと。
(うわ、無能………)
バンッ
唐突にものすごい勢いで開いた扉。そこから現れたのはジュリアスの恋人だとか言う少女。
確か、フィート・タリーという名だったはずだ。
「は……っは……っ…………」
全力で走ってきたのだろう彼女は息も絶え絶えに会場にやってきた。
「おお、フィートよ。よく来てくれたな。さぁ、あのアリアンローズめに何をされたか言ってみるがいい!」
その彼女に対して自信満々に言葉を発したジュリアスは先程同様に発生源不明の自信に包まれている。
いやその前に。
たかが一平民が貴族の夜会にやってくるとは何事だろう。むしろ何故ここまでにいた騎士に止められなかった?
その答えをあらわすように彼女の右手には招待状が握られている。
「フィートさん……」
「はっ………は……」
彼女が息を整えるにはもう少し時間がかかりそうだ。
フィートが息を整えるのをまち、彼女の話を聞く。すぅ、と息を吸った彼女は、
「私は、アリアンローズさまにいじめられてなどおりません!!」
と言い切った。
これにジュリアスはポカンと口を開け呆けてしまった。
「だ、第一に私はロンバルド公爵令息さまの恋人ではありませんし、私にはロンバルド公爵令息さまとは別の好きな人がいますっ……!!将来を誓った恋人です!」
「なっ」
「ロンバルド公爵令息さまはずっとつきまとってきて……。そ、それにっ私は誰にもいじめられてなどいません!ロンバルド公爵令息さまの思い違いです!!」
「しかし」
「フィートさん。今この場においては無礼な発言も不敬罪には無効とします」
いつの間にか話に加わってきた王妃が宣言する。それを受け、
「わ、私は、ロンバルド公爵令息さまのことをお慕い申しておりませんっ!!!!」
フィートはジュリアスに致命傷を与えた。
ジュリアスは明確に憐れみの目を向けられて、流石に羞恥心が働いてきたのか顔を真っ赤にしている。
可哀想にとも思わなくもないが、自業自得なので誰も助けない。視線は向けるが。
「さて、ジュリアス・ロンバルド公爵令息?」
「は、ハイッ」
「この件はあなたの不貞、それから冤罪、最後に王家への不敬罪ということで片付けます。衛兵」
「へ、あぁ!待っ待ってください!!な、なにかすれ違いがあっ、うわぁああは、離せ!私を誰だと思ってんむっーーーーーー!!!」
*
例の冤罪事件から数カ月後。
「右へ回り込め!スキをつくりすぎるな!!」
アリアンローズは怒号をあげていた。
今は敵国との小競り合いの最中。
アリアンローズは指揮官として戦場に立っている。
「アリアンローズさま」
そこへ報告にやってきたのは先日、夜会に乱入してきた少女、フィート・タリー。
実はあのあと、彼女のことを気に入ったアリアンローズが、自分の配下に勧誘したのだ。
二つ返事で了承した彼女は今、指揮官として戦場に立っているアリアンローズの副官。
「そろそろ………」
「わかったわ」
報告を受けたアリアンローズは争いの場に踏み出す。
「そんな防具もなしに何してんだい?嬢ちゃん。悪い人に捕まっちゃうよ?俺みたいなやつにな!ゲハハハッあ?」
早々に一人絡んできた。
アリアンローズは冷たい目でそれを見上げ、呟いた。
「能力発動・血染めの薔薇」
その声とともに現れた鎌が周囲の人間の首を刈り取る。まるで薔薇のような血の跡。スキルの名の通りの力。
アリアンローズは千年前に絶えたと言われるスキルを使った。
そして微笑むのだ。
「スキルが完全に絶えたと、一体誰がいったのでしょうか」
アリアンローズの家が、王家に重要視される理由はそれだ。世界唯一の能力という存在を継承する一家。
特別視されるには十分な理由があるのだ。
まぁ、数十年前まではもう一家いたのだが、それはまた、別の話。