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従者混迷記  作者: 麻田 雄
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8


 さぁ、楽しい楽しい現地取材の始まりだ。


 僕はむさくるしい雑兵に混ざり、馬車の荷台に乗っている。

 さながら売られていく仔牛の心境だ。


 軍の雑兵という事もあり、すし詰め状態。

 揺れる度、両隣の兵士の鎧が肌に辺り痛い。


 「おい、兄ちゃん。そんな格好で戦えんのかよ」


 隣に座っていた、小振りだががっちりとした体格の狸面のおっさんが話し掛けてきた。

 獣人型か。

 雑兵には獣人型魔人が多い。体力的に優れているというのも理由ではあるが、悲しいかな僅かの差別が存在するのも確か。

 異能型魔人に対し、獣人型魔人は下位に見られがちなのだ。


 「御心配なく。僕は戦闘要員では無いので」


 僕は愛想笑いしながら応えた。


 「あぁ、そうか。そんな感じだな。けど魔術班ならこんなとこにいねぇか。諜報班か何かか?」


 僕の髪の色を見て異能型と判断し、おっさんは尋ねてきた。

 戦闘の場に出てこられるような力を持つ魔術師は、位が高い。

 魔術を使える異能型は数多居るが、戦闘に使える程の力を持つものはごく一部。その為、軍でも重宝される。

 最も上位に挙げられるのが医療系、次いで攻撃系、種類が細分化する為、説明は省く。その下に庶務系があるのだが、その中に諜報班が存在する。


 「えぇ、まぁ。そんな感じです」


 僕は恥ずかしそうに縮こまりながら頷いた。

 別に恥ずかしかった訳ではない、不信感を持たれたくなかったのだ。


 実は今回、目立つ事を危惧し、カツラを被った。

 自身の素性を隠したかった事に加え、ほぼ人族の外見で勇者討伐には出向き辛かったのだ。

 その為、現在は緑色の髪のカツラを着けている。


 実はこの行為、バレれば重罪だ。

 正体を偽るような変装は法的に禁止とされている。

 なぜなら、この方法は人族のスパイが使う手口だからだ。


 因みに、これは王女の案だ。

 リオン様にも説明済みとの事で、今回は特別に許可されている……と、言っていた。

 やや目線が泳いでいたのが不安であるが……信じるしかない。


 そして、王女はこの場に居ない。

 当然といえば当然だが、王族は特別待遇の竜車にて安全に快適に移動中だ。特別中の特別クラス。

 ミレイは王女と一緒にそっちで移動している。

 僕だけ雑兵と一緒に馬車移動というところに、リオン様の悪意を感じざる負えない。


 だが、むしろ僕にとっては好都合。

 軍の上層部に近い者ほど、僕の素性を知っている可能性は高い。カツラでは誤魔化しきれない。

 そういった者達と顔を合わせる機会が減るのは有り難い。


 「しかし、いくらなんでもやりすぎだよな?たかだか5人程度の人族相手にこの人数、しかも王子の親衛隊まで出すとはよ」

 「え?5人程度!!?」

 「んだよ。そんなことも知らねぇのか?諜報班のクセに……新人か?ったく、馬鹿馬鹿しいったりゃありゃしねぇよ。その数の人族相手にこの大編成」

 「……ええ、そう思います」


 それは同意せざる負えない。

 今回派遣されたのは、リオン様の親衛隊20人に加え、中央軍500人。そこに僕等3人が加わった総勢523人。

 ここまでする以上、どんな相手かと思ったが、5人ほどとは……。

 彼でなくとも馬鹿馬鹿しいと思うだろう。


 事情を知っている僕はいたたまれなくなった……。



  ◇  ◇  ◇



 出発から二日、ガルブの主都オエステに着いた。

 間に一度野営を剪んだとはいえ、基本は身動きが取れない上に、揺れの激しい馬車での移動だった為、体中が痛い。


 軍の拠点となる場所に着き、兵士達は拠点の設営を始める。

 僕も周囲に合わせるように設営を手伝っていると通信魔道具が鳴動する。

 通信魔道具を手に取り、応答する。


 「えっと、はい。セルムです」

 『もう着いたのじゃろう?なぜ、顔を出さん!』

 「無茶言わないで下さいよ。今着いたばかりです。それに、こちらにもやる事が……」

 『それは、妾の命令よりも大事な事か?』


 魔道具越しだが伝わる威圧感。

 パワハラだ。


 「……分かりましたよ、どこに行けば良いんですか」



  ◇  ◇  ◇



 呼び出されたガルブ領主邸に到着した。

 守衛に事情を説明し、確認が取れた後、邸内を案内された。


 王城ほどではないが、大きく立派な建物だ。

 中で働く使用人達も多い。


 王女の居る部屋に案内され、中に入ると、王女・ミレイ・リオン様と、見覚えがある暑苦しそうな男性が居た。


 「セルムさん。無事に辿り着けて安心しました。お疲れの所お呼び立てして申し訳ありません」


 王女は気持ちの悪い口調と態度で僕に近付き、頭を下げている。


 「そんな私ごときに頭を下げるなどお止め下さい。アルレ様がご無事で何よりです。移動途中もアルレ様が心配で、心の休まる時が御座いませんでした」


 仕返しだと言わんばかりに、わざとらしい態度で跪く。

 一瞬、気持ち悪そうに表情を歪めた王女だったが、すぐに立て直す。


 「そうですか、ご心配お掛けして申し訳ありません。御兄様やミレイ、更には御兄様の親衛隊員であり此度の指揮を執るファーネル様が同行して下さった為、不安なくここまで来れました」


 王女は跪く僕の肩に手を置き、語りかけてきた。

 ファーネルの名を聞き、王女と僕の三文芝居が急激に恥ずかしくなった。

 だが、ここで素に戻るわけにはいかない。


 「何とお礼を申し上げて良いものか……。私のような下賎の者が従者になど就いたばかりに、リオン様やウ、ファーネル様のお手を煩わせてしまうとはっ……」

 「良いのです。貴方を傍に置いているのは私なのですから」


 自分で言いながら気持ち悪い。なんだこのセリフは。

 更に気持ち悪いのは、悲しそうな声色で、僕の頭を撫でる王女だ。

 どんな表情か気になり、目線だけで何とか表情を伺うと、それはそれは気色の悪い表情をしていた。

 言動・態度と表情が結びつかない。


 我慢の限界を感じ、僕は顔を上げる。


 「アルレ様の御慈悲に感謝いたします。同時に生涯の忠誠を誓います」

 「私も貴方の忠義に救われています」


 王女は取り繕った笑顔で言った。


 「ふん」と、鼻を鳴らし、不機嫌そうな態度のリオン様と、無表情のミレイ、俯き肩を震わせているファーネル……様?



 三文芝居の後、王女が僕等三人で話をしたいと申し出た為、リオン様とファーネルは部屋を出た。



  ◇  ◇  ◇



 「おい、セルム!」

 「何でしょうか?アルレ様?」

 「もの凄く気持ち悪かった!!」


 不機嫌そうな王女。


 「とてつもなく同感です、アルレ様」


 僕は皮肉めいた笑みで返した。


 「私もそう感じました」


 珍しくミレイも口を挟む。

 ミレイが言うのならばよほどだったのだろう。


 「だいたい、なんであんな面子が揃っている時に呼び出したんですか!?」

 「知らんわ!お主が勝手にあの場に来たのじゃ!空気を読め」

 「呼んだのはアルレ様じゃないですか!?教えてくれなきゃ分かりませんよ」

 「あーあー、煩いわ。じゃが、今はそんな事はどうでもよい」


 王女は耳を塞ぎ、頭を振る。


 「……分かりましたよ。で、呼び出した理由は?」

 「ふむ。セルムの勇者討捕獲計画の説明じゃ」

 「本気だったんですか?」

 「当たり前じゃ!では、説明するぞ……」


 王女は計画の詳細を語り始めた――



  ◇  ◇  ◇



 一時間程くだらない計画を聞かされた後、僕は王女の部屋を出た。

 扉を閉め、大きく溜息を吐き、歩き始めると――


 「いつから緑色の髪になったんだ?」


 急に話し掛けられ、声の方へ振り返る。


 「まさか、ずっと待ってたの?」


 やや引き気味に答えた。


 答えた先には、壁に寄りかかる姿勢で腕を組み、格好を付ける男性が居た。

 リオン様の親衛隊隊員であり、僕の数少ない友人のウォレン・ファーネルだ。

 高等習院時代の友人であり親友の一人。


 「そりゃそうだ。遭いに来たんだし」

 「それにしたって、結構な時間が経ってた筈だよ?」

 「だから、結構な時間待ってたんだ」

 「で?……誰?」

 「って、え!俺だ!ウォレン!!」


 驚いた表情で訴えかけながら近付いてくるウォレン。


 「あー、冗談、冗談だよ。うざったいから近寄るなって」


 僕は腕で振り払うような動作をしながら言った。

 彼は筋肉質で長身の為、近寄られるとうざい。


 「分かってんならもう少し対応の仕方があるだろ!嬉しそうにするとかさ」

 「嬉しそうねぇ……。そんなに久々って訳でもないし、心境的には微妙だし」

 「何でだよ?」

 「分かるだろ?さっきの三文芝居もだけど……あんな事件があって、僕は王女の従者、お前は親衛隊隊員。その差を少し気にしたりはするんだよ」

 「んなの気にすんなよ。無罪だったんだし」

 「そうは言ってもね。冤罪になった理由も曖昧じゃあ、正直、胸張って言えない」

 「……何か、思い当たる事があるのか?」

 「無いよ。だから余計に気持ち悪い」

 「……あの時、何も力になれず、すまん……」


 悔しそうに俯くウォレン。

 彼は彼なりに僕を救おうとしてくれていたのかもしれない。

 しかし、彼にも彼の立場がある。

 仕方が無い事なのだ。


 「気にしてないよ。結果は無罪だったわけだし」

 「だが……」

 「まぁ、それは置いておいて、今回の件、指揮をウォレンが執るのは助かった」

 「何でだよ?」

 「この髪見ても分かるだろ?なるべく正体がバレないようにしたい」


 僕はカツラを外して見せた。


 「分かってると思うが。それ、重罪だぞ?」

 「アルレ様の命令だし、リオン様も了承済みだって聞いてるよ。それに今更、その程度の罪に怯えるのも馬鹿馬鹿しい」

 「その程度ってな……。ったく、本当にわからねぇよ、お前は」

 「その程度だよ。で、それよりももっと面倒な事に、力を貸して欲しいんだ」

 「珍しいな、お前が頼み事なんて」

 「実はさ……」


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