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謁見の後、王女の自室に戻ってきた。
「はぁぁぁ」
僕は俯き深い溜息を吐く。
「なんじゃ、辛気臭い。これから勇者退治に行くのじゃぞ?そんな事でどうする。ミレイなぞ全く動じておらんぞ」
遠足に行く子供の如く、楽しそうな王女。
文句を言っている様な口調ながら、表情は緩んでいる。
「王女の意向が私の意志で御座います」
相変わらずミレイは表情を変えず淡々と答える。
「あのね、アルレ様。観光旅行しに行くんじゃないんですよ?勇者の総勢も分からなければ、力量も分かりません。まぁ、こちらもどのくらいの手勢を用意するのかも知りませんけど……それでも、戦地に行くわけです。安全とは言い切れません」
「分かっておるわ」
王女の、その緩んだ表情からは一切の緊張感は感じられない。
外に出られるというだけで浮かれている様子だ。完全に遠足気分。
普段、外に出る事の出来ない王女だから、分からなくも無いが、流石にどうだろうと思う部分はある。
だが、僕も身の危険は感じていなかった。
単純に憂鬱なだけだ。
この比較的安定した世に現れ、大した話題にもならぬ、名も知れない勇者など、蓋を開ければ色々と拗らせた人族の若者が、無闇に暴れている程度の事だろう。
王女があんな事を言い出さなければ、中央軍が出るまでも無い筈、ましてやリオン様とその親衛隊とは……。
王子・王女が赴くとなれば、軍は万全を期し、観測されている相手の数十倍の人員を用意するだろう。
故に危険性は皆無に等しい。
だが、僕が憂鬱なのはそこでは無い。
軍の者と同行するというのが憂鬱なのだ。
リオン様もそうだったが、僕に対しての嫌念を抱いている者は少なからずいる。
「そういえば、セルム。お主、リオン兄様と何かあったのか?」
王女が僕に尋ねて来る。
「いえ、個人的には……。会話したのも今日が初めてです」
「にしては、妙な雰囲気じゃったのう?」
不思議そうな表情の王女。
リオン様と僕の、去り際の様子を見ての言葉だろう。
ひょっとすれば、会話が聞こえたのかもしれない。
リオン様は去り際に、僕を睨み小声で言ったのだ「罪人崩れが、アルレに慈悲を貰っていい気になるなよ」と。
その瞬間は深く考えず罵倒の一種としてしか捉えなかったが、今、冷静に考えると少し引っかかる。
王女が僕に情けを掛けた?
そう考えると、今まで不可解だった、侍従に任命された事の裏付けにはなる。
だがしかし、そんな事をして貰う心当たりが無い。
そして、それが王女自身の心情によるものならば、選出理由を問いただした際に答えに詰まる理由も無いと思える。
いったい王女は何を考え、何を知っているのだろうか?
今の表情を見ると何も知らないようにも感じるが……。
「……一つお聞きしても良いですか?」
「何じゃ?」
「アルレ様は……僕が何者か知っているんですか?」
「?話が見えん」
本当に何も知らないのか、それともシラを切っているだけなのか、判別がつかない。
演技が得意とも思えぬ王女だが……いや、色々考えると、むしろ得意なのか?
だが、僕を従者に選んだ理由を話せなかった以上、何かあるのは間違い無い。
その件を無理に詮索するつもりは無いが、少なくとも、僕が疑われた事件を……僕の事を知っているのかは聞いておきたかった。
「その言葉を信じて良いんですね?もし、虚偽であった場合はどんな罰を受けようともその時点で、僕は従者を辞めさせて頂きます」
「なんじゃ、急に!?お主は、いったい何の事を言っておる!?そんなにも討伐同行が嫌なのか?」
王女は途端に顔色を変え、慌てた態度を取る。
「そういう話ではありません。アルレ様に確認しておきたい事なのです。正直に答えてください」
「全く分からん。何の事を言っておる!?どういうことじゃ!?……叔父様の事か?」
あたふた慌て困惑している様子の王女。
流石にこれが演技ならば、それを賞賛するべきか。
とても嘘を吐いている様には見えない。
ん?
「叔父様?」
「えっ?あっ、と、そうではないのか?」
「何のことですか?」
「それは……」
王女は更に慌てる。
気になるワードではあったが、今の僕の質問に直結するものでは無い気がする。
あくまで勘でしかない。
このまま話を進めれば、任命の謎まで解けるかもしれないが、それは王女が自発的に言うまで訊かないと決めた自分の意志に反する。
誘導尋問のような形で聞くのは本意ではない。割と律儀な方ではあるのだ。
「それが関係あるかは分かりませんが、取り合えずそれは置いておいて、今はアルレ様が僕の事をどれだけ知っているかどうか訊いているのです」
話を本筋に戻す為、再度王女に尋ねた。
「……すまぬ。ほぼ……何も知らぬ。嘘ではない」
申し訳無さそうに頭を垂れる王女。
「そうですか。念の為、聞いておくけどミレイは?」
「申し訳ありませんが、存じておりません。興味もありませんでしたので」
「はは。そう」
苦笑いしながら応えた。相変わらず一言多いなミレイは。
「で、お主はどんな答えを求めておったのじゃ?」
不安そうに尋ねてくる王女。
「いえ、答えって程の事は無いんですがね。気になったんですよ。アルレ様やミレイが、僕の事をどこまで知っているのか」
「じゃから、それは何の事を言っておる?」
「本当はもっと早い段階で話しておくべきだったのかもしれませんが、機会もありませんでしたし、何分話し辛い事ではありましたので……。ちょうど良い機会ですので僕の事をお話します。聞いた上で解雇とするならば、どうぞ、そうして下さい」
「私は席を外しましょうか?」
気を利かせてミレイが尋ねてきた。
「いや、ミレイも聞いてくれ。この先一緒に仕事する可能性があるなら、知っておいて貰いたい」
「分かりました」
ミレイは静かに頷いた。
「どうしても聞かなくてはならんのか?話し辛いなら、妾は聞かんでも良いぞ?」
王女は不安そうに提案してきたが、僕はそれを無視して話し始めた。
「三年程前に起きた、やや大きめな勇者被害の事件は御存知ですか……?」
それこそが、僕の人生を大きく変えた事件。
三年程前、発端は奇しくもガルブ。
いや、必然とも言える。
ガルブの一部では、現在も人族との大規模で深刻な紛争が続いている。
それに伴い、紛争地域に近い人族は気性が荒い者が多く治安が悪い。
加えて、ガルブの魔人は獣人系の者が多く、人族でも戦い易いというのも要因になり、勇者被害が絶えない。
そういう地域柄の為、度々勇者被害は報告されていたのだが、大概は取るに足らぬ小さないざこざで済んでいた。
しかし、その時は単なる勇者被害と片付けられる被害では済まず、紛争地帯を超えた領域にまで侵攻された。
人族の中でも高名な武人達が、軍を編成し襲撃してきたのだ。
結果、軍事兵以外の民間死傷者数が1000を超えた。
いかに仮初の平和条約を結んでいるとはいえ、ここまでの事態になってしまうと簡単には収集がつかない。
中央軍も出し、この事件の主犯格であり人族内では英雄と称されるアースウルを捉える事に成功した。
ガルブで捉えはしたが、人族の有力者でもある為、一度中央組織で人族上層部も交えた綿密な取調べが必要となり、王都であるセントラルの留置施設に送られてきた。
その時、王都の留置施設を管理・統括していたのが、この僕だ。
王都に送還されてきた彼とは、送られてきた日に一度面会した。
動機や意図等、何かしら情報収集が出来るかと考え、比較的穏やかに応対するつもりだった。
だが、どうにも馬が合わず、口論となってしまった。
その夜、彼は脱獄した。
そして、僕は容疑者とされた。
僕がアースウルを逃がす手引きをしたというのだ。
完全な濡れ衣である。
当然、無実を主張した。
覚えも無ければ、理由もない、それにアリバイもあった。
監督責任に関しては逃げられてしまった以上は言い逃れ出来ないが、手助けする理由も無い。
しかし、どんな供述も受け入れて貰えなかった。
平民の成り上がりである僕などは、貴族や上級職の者にとっては恰好のスケープゴートであり、捨て駒だった。
あと、表立って指摘される事は無かったが、理由の中には僕のこの外見も含まれていたようだ。
理不尽極まりない。
人族のスパイなのでは?などという疑いも掛けられたようだ。
ここぞとばかりに誹謗中傷を受け、コツコツと築き上げてきた信用は失われていった。
被害は僕だけに留まらず、身近だった者達にも及び、僕は抵抗を止めた。
時を同じくし、両親が他界した。
不運な事故に巻き込まれたと伝えられている。事件との関係性は定かでない。
後に調べても、詳細を知る事は出来なかった。
疑念はあるが、確証を得られぬ以上、どこに怒りを向けていいのか分らない。
冷たいと思われてしまうかも知れないが、仕方の無い事だ。
向ける方向が定まらない怒りは八つ当たりでしか無いし、終着点は見えている……。
それを理解しているからこそ、内包する事にしたのだ。
だが、下された判決は無罪。
正当な事の筈なのに不可解すぎて、審判長に理由を問いただした。
しかし証拠不十分という曖昧な答えしか返ってこなかった。
無罪判決が出たとはいえ、一度向けられた嫌疑の目は拭うことは出来ず、判決後も肩身の狭い生活は続いた。
納得のいかない者が、軍や国政管理職、また被害者の関係者の中に多く存在したのだ。
そんな状況では復職など出来る筈が無いし、するつもりもなかった。
途方に暮れていた僕の元に、王から直に意味不明な辞令が下された。
それが王女の侍従だ。
「……という事を経て、今ここにいます」
僕は話し終えて一息吐く。
「…………お主はそれで良いのか?」
「どういうことですか?」
「疑われたままで良いのかと聞いておるのじゃ!お主は手助けなどしておらぬのじゃろう?」
何故か怒気の籠る王女。予想外の反応だ。
「ええ。結果、無罪になりましたし……。それに……」
何を言っても聞き入れて貰えなかった事実は軽くトラウマなのだ。
外見も起因しているのは確かだが、それはあくまで表面上分かりやすいというだけで、それだけでは無い本音があるのも分かっている。
「理不尽じゃ!セルムにそんな大それた事が出来る筈も無かろうに」
王女は自分の事の様に怒りを露にし、地団太を踏んだ。
演技かもしれないと疑う気持ちもあるが、そう怒って貰えるのは、少し嬉しくもある。
僕に対するディスりも入っている気がするが……。
「それは私も同意します」
ミレイが静かに答えた。
どこに同意したのかで、意味合いが大きく変わってくるのだけれど……。
「……取り合えず、知っておいて貰えれば、それだけで良いです」
「良くは無かろう!妾の従者が愚弄されておるのじゃ。納得などいかん」
「しかし、いくらアルレ様といえど、それは……」
「よし、決めた。此度の勇者は軍や兄様達ではなくお主が退治せい。そして、汚名を返上するのじゃ」
王女は僕を指差し言い放った。
「えぇ!?」
僕は心底嫌そうな表情で応えた。