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「パルムが未知の敵と戦う経緯ってどうしますか?」
「そんなもの、襲ってくるものがおるのじゃ倒すのは当然であろう?」
僕はいつも通り王女の机を借り、執筆活動をしている。
王女は椅子に腰掛け、ミレイが用意した茶を飲み、娯楽書を読んでいる。
「それにしても、ただ世界を見る為に旅をしているだけの少年がそんな国家級の敵と対峙する必要性が無いでしょう?」
「そこを考えるのがお主の仕事であろう」
「……そうですか」
相変わらずの無茶振り。こんなので原作とか言われるんだから最悪だ。
にしても、いち個人がそんな国家規模の相手に戦う経緯などは思いつきもしない。
それを作るのが冒険小説だと言われればそれまでなのだが、最初から言っている通り僕にそんな才能は無い。
人族の物語はその辺を一応は読める形にしている事に感心する。
大人になってから、良く考えながら読めば、突っ込みどころが多々あるのだが、何となく読んでいる分には、さほど気にする事無く読めてしまううえに、高揚すら覚える。
その程度の造り込みで良いと理解は出来ても、同じ事をしようとすると何故か違和感を覚えてしまう。
それだけ純粋さを失ってしまったという事か。
それに僕は戦闘という行為を、あまり好まない。
◇ ◇ ◇
数日後。
瞳を爛々と輝かせた王女は僕等に言った。
「西の領地に勇者を名乗る者達が現れたと聞いたぞ!」
…………
「はあ」
「そうですか」
気の無い相槌を打つ僕と、いつも通り無関心のミレイ。
「なんじゃ、その反応の薄さは!勇者じゃぞ」
「だからって僕等がどうこうする事ではないですよ。軍の方で何とかするでしょう」
「もっと興味を持たんか!もしかしたら我らを脅かす存在かも知れんぞ」
「それこそ、僕等の出る幕はありませんよ」
「小説のネタになるかも知れんぞ?」
「後で話だけ聞ければ十分です。それに、勇者を名乗る者なんて年中湧いて出てるでしょう?別段、珍しくも無い。大概は何の話題にすらならないんですから」
「んんん……」
不服そうに膨れっ面をして、僕を睨んでいる王女。
王女が何を考えているかは容易に想像が出来た。
面倒だが、ご機嫌取りも兼ねて、聞くだけ聞いておく方が良いか?
「まったく……どうしたいんですか?アルレ様は?」
「勇者を見てみたい!」
だと思った。僕は大きく溜息を吐いた。
僕は勇者が嫌いだ。
魔人にとっては賊でしかない存在である以上は当然なのだが、それ以外にも、個人的に嫌な思い出がある。
「流石にそれは難しいでしょう。今回発生した勇者がどの程度の存在かは知りませんが、例え脆弱であったとしても、アルレ様が賊に近づくなど、王は許可しないでしょう」
「万全な態勢を用意して貰えば良い。よし、父様に直談判しに行く」
「本気で言ってるんですか?」
「当たり前じゃ」
「……ミレイからも何か言ってよ」
「私はアルレ様の意向に従うのみです」
僕は呆れてミレイに助けを求めたが、冷静に返された。
「では行くぞ!お主等も着いて来い」
王女はやる気満々で立ち上がり、部屋のドアを開ける。
◇ ◇ ◇
謁見の間。
結局、僕とミレイも連れてこられた。
王女自らの申請なので、あっさりと時間を空けてもらえたようだ。
一般の謁見ならば、膨大な申請用紙を作成し、その上で数ヶ月、いや、下手をすれば年掛かりでやっと可能だというのに。
そう考えると、普段のそれは単なる職務怠慢なのでは無いだろうかと感じてしまう。
僕がここを訪れるのは2度目。
1度目は王女の侍従を命じられた時だ。
その時と同じ様に、王の座る玉座から伸びた赤い絨毯の上に膝を着き,頭を垂れている。
2度目とはいえ緊張はする。
「して、アルレよ。何用だ?私も忙しい身でな。手短に頼む」
王女と同じ緋い髪と瞳。肌の色は青みがかっていて、筋肉質の巨漢。独特の迫力を醸し出している。彼こそが国王ヴォルグ・アデレード。
人族からすれば魔王と呼ばれている存在だ。
玉座に深く腰掛け、深みと威厳のある声で問い掛けてきた。
「はい、お忙しい中、無理を言って時間を空けていただき有難う御座います。早速ですが、お願いをしに参りました」
王女は頭を下げたまま礼儀正しく申し出る。
意外だったのは、王の前でも公務の時の様な言葉遣いと態度だった事だ。
僕等と一緒の時のような態度を取るのかとも危惧していたが……。
側近の者の目があるからそう振舞っているのだろうか。
「ふむ。で、その願いとは?」
「はい、西の領地ガルブに勇者が現れたと聞きました。私も王女として後学の為、勇者という存在をこの目で見ておきたいと思い、ガルブへの旅路の許可を頂きたくお願いに参りました」
「駄目だ」
即答だった。
当然といえば当然である。
「そうですか……。申し訳ありません。一応、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「危険だからに決まっているだろう」
「私一人で赴くわけではありません。ここにいる二人も同行させます。それに、戦うと言っている訳ではありません。遠巻きに見るだけで良いのです」
王女は僕等の方へ手を向け、訴える。
やっぱりそうなるよな。まぁ、予想していたが。
王は怪訝な表情で僕とミレイを見た後――
「……駄目だ」
そしてこの返答も予想通り。
許可など下りる筈が無いと確信していたからこそ大人しく着いて来たのだ。
詳細不明の単なる従者二人を連れた程度で、王女を危険に晒すはずが無い。
「やはり、無理ですか……」
王女は露骨に落ち込んだ態度をとる。
「それならば、私と親衛隊が同行しましょう。それでも不安ですか?父上」
背後から声がして振り向くと、王を若くして少し端正な顔立ちにした様な男性が絨毯の上を歩いて来た。
第一王子のリオン様である。
「リオン御兄様!」
王女も振り返り、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ふふ、アルレが珍しく父上に謁見の申し出をしていると聞いてね。気になって来て見たんだよ」
リオン様はアルレに優しく微笑む。
「心配をお掛けし、申し訳ありません」
露骨に申し訳無さそうに頭を下げる王女。
今、進言している提案の方が余程心配を掛ける事になる気がするが……。
「良いよ。アルレが無理を言うなんて珍しいからね。それで、どうなんですか?父上」
王は顎に手を置き悩む。
「んんむ……。リオンと親衛隊が一緒ならば……」
「それは、許可が下りたと受け取ってよろしいですか?」
リオン様は王に念を押す。
「……うむ。だが、追加で中央軍も付けさせる」
王は渋々といった感じで、了承した。
というか、規模は分からないが、中央軍まで出すのか?
勇者といっても大概は取るに足らぬ人族の愚連隊が暴れ回っている程度。
地方自治軍で十分に事足りるのが殆どだ。
「分かりました。ではそれで……。良かったなアルレ」
「有難うございます。リオン兄様」
王女は可愛らしく満面の笑みで応えた。
マジで誰?
しかしながら、話は纏まってしまったようだ。想定外の人物の登場により想定外の方向へ。
だが、この話の流れならば僕等が同行する必要性は無いのではないだろうか。
「えっと。僕等はどうしたら?」
僕は、恐る恐るリオン様と王に尋ねた。
何かを感じ取ったのか、そこに王女が割って入る。
「あの……。リオン兄様。先程、我が儘を聞いていただいたばかりで申し訳ないのですが、もう一つお願いしてもよろしいですか?」
しおらしく控えめに、上目遣いでリオン様に尋ねる王女。
普段を知っていると、いちいち気色悪い。
そして、その”お願い”には悪い予感しかしない。
「なんだい?」
「ここにいる従者二人も同行させる事は可能でしょうか?」
王女の問いにリオン様は難しい顔をした後、僕を睨むように見て――
「従者……。貴様は確か例の……」
「良い、私が許可しよう」
思いがけず、王からの許可が降りた。
それにはリオン様も、言い出した本人の王女でさえ驚いた様子だった。
それ以上に僕は驚いていたかもしれない。
「ですが父上、この者は」
「これは私の決定だ。不服があるなら貴様といえど、相応の覚悟の上で申し出よ」
王は、それまでのどこか肉親に甘く、情けなさの垣間見える態度と変わり、厳格な王の態度でリオン様に言った。
「っく……分かりました」
その様相に気圧されたかのように、首を縦に振るリュオン様。
軍幹部でもあるリオン様ならば、僕の事を知っているのは当然。
大事件の元容疑者であるこの僕を……。
「ありがとうございます。お父様」
状況を理解しているのかどうかはともかく、今度は王に対し満面の笑みで微笑む王女。
「ぅぅぅうむ。しかし、絶対に危険な状況に出て行くなよ。それだけは約束しろ」
恥ずかしそうに他所を向き、頬を掻きながら答える王には、先程の威厳は感じられなかった。
俗に言う”親馬鹿”というヤツだな。とても民には見せられない姿だ。
「はい。約束します」
真剣な表情で返事をする王女。
あっ、なんか嘘臭い。
「私が見守っておりますので安心してください。アルレには毛ほどの傷も付けさせません」
リオン様は自信満々に答える。
「それでは、各々準備を整え、リオンの指示に従え。良いな」
王は僕等に同意を求める。
異議申し立ての出来ない状況に、かなりの理不尽さを感じている僕も含め、当事者達は頭を下げる。
「「「「「承知しました」」」」」