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やると決めた以上、全力で取り組む……っと言えば恰好はつくか?
ゴーストライターである僕は、熱烈執筆活動中だ。
「やはり冒険譚を書くのならば、共に旅する仲間の存在は欠かせないと思います」
僕は筆を止め、王女に進言する。
「……仲間のう」
「展開的にも盛り上がり的にも居ないと厳しいですよ。それに、ずっと一人旅じゃパルムが可哀相でしょう」
あくまで物語上での話だが、自分がモデルの為つい感情移入してしまう。
王女は、難しい表情を浮かべる。
「分かっておるわ。じゃが、分からんのじゃ」
「何がですか?」
「……仲間の作り方じゃ」
僕は言葉に詰まる。
「……恐れながら、アルレ様に御友人はいらっしゃいますか?」
「おらんな。必要もない」
王女は遠い目で窓の外を見て答えた。
「何か、すいません……」
予測はついていたのに敢えて聞いてしまった事に謝罪した。
僕も幼少期に似たような事を考えていた事がある。
単なる強がりなのは感じ取れるし、人族の冒険譚が好きな王女が”仲間”に憧れていない筈が無い。
だが、物語上での幻想が、友人へのハードルを上げてしまっているのだろう。
こういう場面では下手な言葉は掛けられない。
「それに、無理じゃからの」
「無理とは?」
「王女という立場に加え、人族とのハーフ。外界との接点もない。そんな妾に友など出来ぬということじゃ」
「それは……」
返す言葉が見つからない。
自分は特別という恥ずかしい思い込みではなく、彼女は紛れも無く特別なのだ。
人族のような見た目という事で虐げられていただけの僕とは比べ物にならない。
「それに……妾相手に下心や損得勘定抜きで付き合う者などおらんであろう、と考えてしまうのじゃ。それがたとえ、お主等であってもな……」
寂し気に語る王女だったが、その言葉を聞いた僕も気持ちは晴れない。
確かに、主従の関係は存在しているし、報酬が発生しているのも事実。
それ抜きで同じ事をしているかと聞かれればノーと答えてしまうだろう。
だが――
「間違ってはいません。確かに立場も理解していますし、報酬も大事です。ですが、それだけという訳ではありません」
僕は真剣な表情で王女を見る。
皆が皆、打算だけで動いている訳では無いということを知っておいて貰いたいのだ。
「ほう。ならば聞こう、王からの命令という事を抜きにした場合、お主は今をどう思っておる?」
王女は懐疑的な瞳で僕を見る。
まるで空気の様に静かだったミレイも、存在を誇張するように無言のまま僕に鋭い視線を向ける。
二人の視線に少し緊張したが、ここまで言った以上、引き下がる道は無い。
僕は暫し考え――
「……そうですねぇ。では、無礼を承知し、本音を語らせて貰います」
「うむ」
僕の真剣な表情を見たせいか、王女も緊張した面持ちに変わる。
「実際、最初はまるで気が乗らず、仕方なく受けただけ仕事でしたよ。辞退出来るならしてましたね」
「ん……むぅ」
「ただ、何と言うか、この生活に慣れてきたというのもありますけど……最近は意外と楽しんでいるんですよ」
「ほっ、ほお、おう……」
根が素直なのか、僕の言葉に対しいちいち浮き沈みする王女。
コロコロ表情が変わって見てる分には面白い。
「なんだかんだ不満は言ってますが、アルレ様の事を嫌ってはいません。ちょうど……そう、手間のかかる妹が出来たみたいな感じで」
何だかあまり綺麗な言葉で纏める事は出来なかった。
それでも、本心として伝えたかった事の一部は言えたと思う。
王女は、驚いた表情で目を見開いた後、俯く。
一拍、間を置いて――
「おっ、おこがましいわ!」
怒鳴られた。
怒ったような言い方だったが、表情を見る限り、照れ隠しの意味合いが強い気がした。
流石に妹呼ばわりは言い過ぎた気もする。
「申し訳ありません」
僕は頭を下げる。
「ミッ、ミレイはどうなのじゃ!!?」
部屋の隅で黙って聞いていたミレイが、王女の問い掛けに対し、静かに話し始める――
「私は業務としてアルレ様のお傍にいます」
空気を読む事も無く、いつも通り淡々と語るミレイ。
彼女らしいと言えば彼女らしいが、正直今は少し柔軟な対応をして欲しかった。
「そうか」
王女は少し落胆した様子。
「……ですが、私の経験上では最も楽しく働かせていただいております。そういった部分、お気付きで無いですか?」
澄まし顔のままさらりと語るミレイ。
驚きの表情を浮かべる僕と王女。
思わず”気付くかっ!!”と、突っ込みたくなったが、その言葉が本気なのか方便なのか分からぬ以上、余計な事は言わない事にした。
そこまで考えているのかは知らぬが、王女は嬉しそうに表情を緩めた。
変に勘繰るよりも素直に受け取る方が、丸く収まるか。
彼女なりの気遣いならばそれを無碍にするのは得策ではないし、何より、普段ご機嫌取りなどする事が無い彼女だからこそ信憑性も高い。
「っと、いう事です。後はアルレ様次第です」
「んんん……お主達はそうかもしれんが、そうでない者が多いのも事実じゃ」
「それはそうかもしれませんけどね。少なくとも、僕等は信じて下さい。元より僕等に大した野心は抱けませんから」
「ん……ん、ぅうむ」
渋々頷く王女。
「で、気になっていたのですが、何故僕等を従者に選んだのですか?」
まさか、こんな形で質問出来る機会が訪れるとは思ってもいなかった。
王女にとっても、寝耳に水かと思うが、ここで聞いておかないとチャンスは無いかもしれない。
「そっ、それは……」
王女は言葉に詰まり、暫しの沈黙。
…………
…………
…………
長い!!
やはり言い辛い理由があるのだろうか?
確かに何の理由も無く、色々と訳有りな僕等を選ぶ事は無いだろう。
そもそも候補に挙がること自体が不自然。
違和感はずっと感じていたが、訪ねる事はしなかった。
王女は何も知らず、何となくという答えが返ってくることを期待していたのだ。
だが、今の反応と間を見れば、何かしらの裏がある事は間違い無いだろう。
むしろ、その方が自然だとは思う。
「すみません。やっぱり良いです。言える時がきたら教えて下さい。理由はともかく僕等は貴方の従者です。な、ミレイ」
僕の視線を受けたミレイも無言で頷く。
「じゃが…………。そうじゃな。すまぬ」
王女は僕等に向かって深々と頭を下げる。
王女が僕等に頭を下げるなど、本来あってはならない事かもしれない。
その態度を見ただけでも、よほど理由があるのだろうと推測出来るし、僕等に対し真摯に向き合っているであろう事も理解した。
そんな王女をこれ以上追い詰めるのは本意ではない。
「本当に良いですよ。少なくとも今の礼で、僕等の事を軽んじていない事は伝わりましたから」
「すまぬっ。時が来れば必ず話す……じゃが、これだけは信じてくれ。妾もお主達を従者に選んで正解だったとは思うておる。これは、紛れも無い本心じゃ」
僕等に縋る様な目線を向ける王女。
その瞳に嘘偽りが無いと感じた、と、いうよりも信じたかった。
「大丈夫、信じますよ。十分に有り難い御言葉です。なっ?ミレイ」
僕がそう答え頭を下げると、ミレイも頭を下げた。
王女は、安堵の表情を浮かべた。
◇ ◇ ◇
上手く話が片付いたような雰囲気になったが、謎は深まっただけだ。
僕が従者に選ばれた裏には何があるのか……?