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僕、セルム・パーンの朝は枕元の通信用魔道具の鳴動で始まる。
寝具に包まったまま、中から手を出し、魔道具を取る。
耳元に当て「はい、わかりました」と、応答した後、渋々寝具から抜け出し体を起こす。
今日もこちらの都合など一切考えない呼び出しで目を覚ます、まったく心地の好い朝だ。
支度を整え急ぎ足で家を出る。
◇ ◇ ◇
雑然とした街中を抜け、他の場所とは明らかに違う、やや威圧感のある巨大な城へと向かう。
排他的で堅牢そうな城の門の前には、守衛が二人。二人共、いつも通りの愛想の無い鉄面皮。
僕が挨拶をすると、無言のまま一人が門を開け、僕は中へ入る。
この中に僕の職場がある。
外観の威圧感とは裏腹に、城内は小綺麗で人も多い。
すれ違う城内の人々に軽く会釈をしながら、職場へ急ぐ。
三階まで昇り、職場の前で立ち止まり、呼吸を整え、不規則にノックを3回。
「よし、入れ」と、中から声がした後にドアを開ける。
「おはようございます。アルレ様」
僕はドアを開けた後、頭を下げる。
「遅いぞ!セルム!妾の菓子が切れておる!」
怒りながら、空になった菓子の袋を逆さに持ち、アピールしている少女が僕の仕える主人、この国の第二王女アルレ様だ。
そう、僕は王女の従者……もとい、パシリをしています。
「まさか、その菓子一つの為にこんなに朝早く起こされたんですか?」
「そうじゃ!仕事じゃろう?」
「仕事ねぇ……」
「なんじゃ?不服か?」
「……いえいえ、で、その菓子を買ってくればいいんですか?」
「うむ」
「なら、最初にそう伝えてくれれば早かったのでは?」
「ん……そうじゃな……。まぁ細かい事は良い、今すぐ買ってまいれ」
「あぁ、はい」
僕は不本意丸出しの表情で応え、だるそうに部屋を出ようとする。
「ついでに発泡飲料もな」
飲み物の追加注文が入った。
◇ ◇ ◇
僕等が生活するこの国は、デアラブル王国。
この国は国外の者からは魔人国と呼ばれ、国民はほぼ皆、魔人族と呼称される特異種だ。
王は国外では魔王と呼ばれている。
総人口は、1億程度。数だけなら多く感じるが、世界基準種族とされる人族と呼ばれる種族は魔人の20倍以上存在する。
対照的に超少数派、エルフ族という種族がいるが、100万人くらいしか居ないらしい。
その他にも、各々が勝手に種族を掲げていたり、種族を持たないと言い張る者達が、分かっているだけでも1億程存在する。
しかし、このデアラブルは単一国としては世界最大の国土と総人口を誇っている。
なぜなら、人族は同種族内で国を細分化するからだ。
対して魔人には国が一つしか存在しない。はぐれ魔人も存在するとは思うが、大概はこの国に居るだろう。
次いで魔人という種族について。
”魔”などという形容が付いてしまっている為、凶悪な存在のイメージが先行してしまうが、実際は人族とさほど変わりは無い。
気性の面だけでなく、生理現象もあまり変わらない。若干、外見や能力に特徴が現れる程度か。
そういった意味では、”魔”人などと呼ばれている事に不服と差別は感じている。
能力による”魔”なのか、邪な者の”魔”なのか確かな事は分からない。
そして、その魔人も幾つかの種類に分けられている。
第一に異能型。
人族と造形上では、ほぼ変わらないが、髪の色、瞳の色、肌の色に特徴が現れる。
人族は髪や瞳の色が黒を基本とし、肌に関しては人肌色という呼称が一般化しているが、これは偏見でないかと論議の対象にもなっている。
対し、異能型魔人は髪が赤だったり、青だったり、緑だったりと様々。瞳も同様。肌の色は人肌色をしている者が多いが、一部変わった色をしている者もいる。
歴史的には、外見では無く能力的部分の差で種族を分けていた。それは魔力と呼ばれる異能の力。
人族の中にも持つ者が居るらしいのだが、圧倒的に少なく、力も弱い。
とはいえ、魔人族の魔力も、さほど強力なものでは無く、それのみで武力と言える程強力なものではない。
何も無いところに小さな火種を起こしたり、少し離れた軽量な物を動かしたり、簡単な思考操作を行えたりという程度が一般的。
根本的な威力は大した事は無いが、特殊な道具や学術的工夫を施し、効力を高めた物を魔術と呼んでいる。
魔人の中にも全く使えない者や、逆に異常な程の強力な魔力を有している例外も存在……する。
前述を踏まえ、現在では、外見や能力では無く、生まれた場所や親族で種族を分けられるのが常識となっている。
第二に獣人型。
その名の通り、獣の特徴を体の一部に有している者の事を指す。
顔や体系まで、ほぼ獣な者から、耳や、角、牙等、僅かに獣の特徴が出ているだけの者と様々だ。
一般的には身体能力が人族のそれを大きく凌ぐ。
やや思考に難がある者が多い事は確かではある。
起源については諸説あり、これも現在でも論議の対象になっている。
結果として、現在では魔人の一種として認識されている。
第三にハイブリッド型。
呼び名の通り、前述二種の魔人の交配により生まれた者だ。
多様な能力を併せ持ち強力な存在にも見えるが、どちらの能力もオリジナルよりも劣るという欠点もある。
あくまで魔人同士の交配での呼称で、他種族交配の場合ではハーフとか混血と呼ばれている。
当然ハーフの親のどちらかは別種なのだが、現在では準魔人属として永住権を与えられている。
と、ここまでが魔人族と定義されている。前述の通り区切りは特性でなく、主に出自で決まるのだ。
魔人と定義されているのに魔力を使えない異能型が居るのが証拠だ。
学術的な見解では、人族の突然変異が異能型魔人、人族と獣の交配種が獣人型魔人という説が有力視されている。
あくまで仮説で、いまだ解答は出ていない。
能力を持ったが為、人族から弾劾されたか、選民意識を持ち自ら離れたかの理由により、寄る辺を求めた結果として出来た国がデアラブルだとも言われている。
その為か、習慣的に同族内での子孫繁栄が一般的であり、その歴史が長い為、外見的な特徴や能力に拍車が掛かったのかもしれない。
互いに伝わっている伝承のせいもあり、人族との関係性は良好とは言い難い。
歴史的には大きな戦乱が何度も起き、その都度、互いに大きな被害を出しながらも、決着には至らなかった。
いくら魔人側が能力的に勝っているとはいえ、数的不利を覆すのは難しいという事だ。
現在では名目上、共存共栄を掲げ、不可侵協定を結んでいる。
しかしながら、魔人族は選民意識を持ち他種族を下に見ている風潮があり、人族は魔人を蛮族とみなし、嫌悪しているという実情が存在する。
結果、仮初の平和でしか無い。事実小競り合いは尽きない。
本来ならば和解の象徴とも言える、魔人と人族のハーフも存在するのだが、両国内では差別や偏見の対象になっている。
僕は、純血の魔人族なのだが、どういうわけか、かなり人族寄りの見た目をしている。黒瞳・黒髪・人肌色と外見上完全に人族だ。両親も人族に近い部分があったが、その人族に近い部分の特徴を色濃く受け継いでしまったようだ。
それ故、幼い頃は様々な苦渋を味わった。
その劣等感から、必死に努力し王国軍本部への道を切り開いたのだ……ったが。
色々あって今は、菓子と飲み物の買出しに奔走している……。
◇ ◇ ◇
僕は買出しを終え、アルレ王女の部屋に戻る。
「遅くなりました。お気に入りの発泡飲料が売ってなくて」
「ああ?もう良いわ。ミレイが予備を用意しておいてくれたのでな」
王女の部屋に無表情で静かに佇むメイド姿の女性はミレイ・アロキアという。
僕と同じ王女の従者。一応、僕のより後に入ったので部下になる。
「それなら途中で連絡して下さいよ」
「予備はいくらあっても困らんからのぉ」
菓子を頬張りながら、ご満悦の王女。
「ミレイも先にアルレ様に伝えておいてくれれば良かったのに」
「聞かれておりませんでしたので」
僕の問いに、無表情のまま冷淡に答えるミレイ。
「さて、皆集まった所で、今日は何をしようかのう?」
王女は椅子に座り、退屈そうに言った。
ここで人物の紹介を少し。
先ずアルレ・アデレード王女は、この国の王ヴォルグ・アデレードの次女。四人兄弟の末っ子。年齢は14歳。王女の為、この国では王位継承権は無い。
清楚でおしとやか、権力をひけらかす事も無く謙虚な姿勢、幼いながらにも高貴さを纏っていて、国民から愛されている。
人族とのハーフという魔人的に大きなハンデを背負っているにも関わらずだ。
父親譲りの燃えるような緋い髪と、母親譲りの漆黒の瞳と人肌色をやや薄くした透けるような肌。
麗しい外見の中には、凛とした芯の強さを感じさせている。熱狂的な信者も存在し、国民的アイドルというような存在だ。
……というのが表向きの王女。
僕やミレイしかいない時には豹変する。
言葉遣い、態度、どれをとっても公の場で見る彼女とは大きく違う。普段一緒にいる僕ですら影武者説を疑う程だ。
ベッドに寝転びながら、娯楽本を読み、だらしなく菓子を頬張り、腹を掻いている姿など、信者には想像する事も出来ないだろう。
本性は我が儘で、打算的。自堕落で、そして飽きっぽい。
思い付きの無茶振りに、僕とミレイ……いや、主に僕が日々振り回されている。
そして、とても王女相手とは思えないフランク過ぎる口調や態度は全て王女の希望で、命令だ。
最初は戸惑ったが今では慣れた。
次に、ミレイ・アルロキア。
元は城内で働くメイドさんの一人であったが、色々あって王女付きの従者になった、自称、15歳くらいという年齢不詳の少女。
外見だけ見ると確かにアルレ王女と同じ歳くらいに見えるが、立ち振る舞いからか、外見以上に大人びて見える時がある。
整った目鼻立ち、透き通るような肌と金色の髪、そして、やや尖った耳が特徴的である。
彼女は魔人とエルフのハーフだそうだ。
理由までは知り得ないが、幼少期に奴隷商に引き取られ、某貴族に買われたという。
そこで、メイド業のいろはを叩き込まれ、後に王族へ奉公に出されたらしい。
詳しくは聞かないようにしているが、それなりに過酷な生涯を送って来たものと思われる。
英才教育?の賜物か、家事スキルは相当に高いのだが、感情表現が乏しいのが難点。
無表情・無感動で淡々と業務や、多少の無茶振りをこなしていく。
まだまだ謎の多い人物。
最後に僕自身だが、王女の従者に就けられて約1年。
一応、今も王国軍所属の24歳。
直近の職場は一般兵ではなく、内政局という上級管理業務部署に配属されエリート街道……だった筈。
色々あって左遷され、今は単なる使用人。
王女の従者といっても、大した権限はない。
立場上、従者は世話役のパシリでしかないのだ。
「何をしようってアルレ様、少しは勉強してください。宿題はやったんですか?」
「うるさいわ!あんなもの後でお主がやっておけ」
「まったく……。やる事無いなら自分でやって下さいよ。自分でやらなきゃ意味無いものなんですから」
「や、やる事ならある!……う、うむ……そう、そうじゃな。ちょうど今日から壮大な計画に取り掛かろうと思っておったのじゃ」
「へー」
僕は王女を、疑わしい目で見る。
「なんじゃその目は!まぁ聞け。読書家の妾が、ある筋を使い人族の文献を極秘に入手し、趣向を調査していて常々気になっていた事なんじゃが……」
高尚な事を言っている風の言葉を使い、得意気に語る王女。
「はいはい、大手行商に匿名で注文して、わざわざ僕の家に送らせた人族の娯楽書を読んで何の影響を受けたんですかね?」
「変な言い方をするな!……で、どうやら冒険譚の殆どは、人族の中の選ばれし者達、勇者といったか?その者達が、魔王……そう、今の世で言う父様を打倒するといった内容のようじゃ」
そんな内容のものばかり数十冊が僕の家に送られて来た。
届けに来た運送業者が不審な目で僕を見ていたのが印象深い。
「で、それがどうかしたんですか?」
別に珍しくは無い。人族基準で書いているのだ、敵は魔王と相場は決まっている。
逆に、魔人基準で書いている文献は人族の賊共……つまり勇者を魔王が軽く掃討する話が一般的。お互い様だ。
その二つで大きく違う点は、人族の物語は主人公の多くが平民上がりで、魔人の物は主人公が王様。
この辺が、魔人の絶対王政を物語っている。
それ故、魔人内ではそういった物語はあまり流行る事が無い。
簡単に言ってしまえば、面白くない。自己投影出来ないのだ。
魔人の物語は、攻めて来た人族を魔王が蹂躙しました、という淡々としたものが殆ど。
王様すげぇ、と思う子供が居たとしても、自身が王になろうというのはこの国では先ず無理だし、本気で実行しようと大人になれば危険思想の持ち主でしかない。
夢の無い話だ。
だが、人族の創る物語は、平民が様々な苦難を知恵や努力で乗り越え、敵を打ち破り名声を得るという夢や浪漫のあるサクセスストーリー。
自身も英雄になれるかも?という希望を抱かせる作りになっている。
ただ、迷惑に思うのは、今もそういった物語に影響され反平和的思想を持った人族が、魔人族を襲撃してくる事。
同様に間違った選民意識を植えつけられてしまった魔人がいるのも悩みの種ではある……。
そういった事件が頻発する為、余計に相互理解が難しくなる。
大概は多少の被害が出ても、さほど大事にせず、互いの国の上層部同士で話を着け、うやむやにしている。
上層部が通じている事を考えると、結局の所は互いに敵を作らない事には、同族すら纏められないという側面もあるのだろう。
「妾はそこに疑問を持っておる」
「仕方ありませんよ。魔人側も勇者を掃討する話が一般的なんですから」
「じゃから、それもおかしいのじゃ。何故、不可侵協定を結び直した今でさえ、そんな内容ものが双方出回っておるのじゃ?」
王女の言葉も一理ある。
だが、歴史的に戦があった事は確かだし、現状は仮初の和平。更に、所詮は娯楽書と言われればそれまで。
相互の悪感情を生む要因になっている事も確かだろうが、各種族側でそれを規制しない限りはどうにも出来ない。
規制しない理由には先に挙げた、同族内の結束を高めるという理由もあるだろう。
「まだ完全に平和とは言えないという事でしょうか……」
「そこでじゃ、妾は真の世界平和を目指したい」
目を輝かせ、意気揚々と宣言する王女を見て、嫌な予感しかしない。
「はあ、大変立派な考えだとは思います。それで、何をするおつもりなのですか?」
「よって、妾が世界平和を促す小説を創作する事にした」
…………
…………
…………
「うん。良いんじゃないですか?頑張ってくださいね。応援はしますよ」
僕は爽やかな笑顔で応えた。
気取られぬよう静かに後退りしながら。
「ミレイ」
王女が口にすると「はい」という返事と共に、いつの間にか僕の背後にいたミレイが答え、羽交い絞めにされた。
「ミレイ、裏切ったな」
「私はアルレ様の命に従うまでですので」
羽交い絞めにされている僕に王女が歩み寄り、目の前で立ち止まり、手に持ったペンの柄を僕の顔に向ける。
「書くのはお主じゃ、セルム。妾の考える物語を形にするのじゃ」
王女が言い出した段階で気付いていたさ。
そういう事だろうとね……