7.シェアトお兄様
父様と母様は、何かあったらいつでも呼びなさいと言い残して、部屋を出て行った。
それと入れ違いに、やって来たのは私のもう1人の大事な家族だった。
コンコン。
控えめなノックの音にはい、と返事をすると部屋のドアがそっと開いてひょっこりと顔がのぞいた。
赤茶色のさらさらした髪、優しい顔立ち。一見黒に見えて、実は澄んだ紺色の瞳を今は少し陰らし、ベッドに座っている私を見つめていた。
「シャルリア、大丈夫かい?」
「・・・シェアト兄様!」
思わずベッドからするっと降りて立ち上がった私に、慌てて兄様は小走りで近寄ってきた。
「いいんだよ、寝てて。様子を見に来ただけだから」
兄様はそう言いながらそっと私の頭をなでると、またベッドに戻るようしぐさで促す。
子ども扱いだ・・・いや、14歳の兄様からしたら2つ下の私なんて子供に間違いないんだけど。
心配そうなその表情に、なんとなく勢いに押される感じでベッドに戻る。
「淑女の部屋に勝手にはいっちゃってごめんね?シャルリアが元気そうで安心したよ。でも今日は無理せずに、ゆっくりしてていいんだからね?」
や・・・
やさしい・・・。
思わずキューン、となってしまってまじまじと兄様を見つめる。
シェアト・フロンターレ、14歳。フロンターレ伯爵家の長子。
長子相続が基本のこの世界、学院で優秀な成績を収めている男子である兄様が、次期後継者として見なされている。
それに不満は一切ない。シェアト兄様は本当に頭もよくて身のこなしも軽く、父様に似て穏やかで優しく、母様に似て朗らかで明るい人なのだから。
ん?と首をかしげるその姿は、見慣れた兄の姿だったけれど、前世の自分の記憶がある今となっては、先行きが楽しみな美少年という風に見てしまう。
そう、美少年なのだ。
一応はシャルリアだって美少女だ。だけど、マリーアンジュがあまりにも完成された美少女すぎて、ゲームの世界では完全にモブキャラの1人としてしか認識されてない感じだった。
それに引き換え、シェアト兄様は攻略対象と比較しても、甲乙つけがたい美形なんじゃないかと思う。絶対身内びいきなんかじゃない。
いやまあ、攻略対象っていってもスチルで見た姿の話で、実際は転生してから会ってないからわかんないんだけどね。
攻略対象じゃなかったよね?隠しキャラとか?身分的にはありえないかなあ。
こんなモブもいなかったはず・・・いや、ゲーム始まってすぐのキャラクター紹介でシャルリアには『優秀な兄がいる』って書いてあったような?
うわあ、ただの1行キャラだったのにこれか・・・この世界、顔面偏差値高いなあ。
私も我ながら美少女だとは思うけど、メインヒロインという比較対象がえぐいから。
お兄様はメインヒーローである攻略対象者たちと甲乙つけがたいぐらいかっこいいよ、うん。
・・・ちょっと悔しい。
「シャル?本当に大丈夫かい?」
考え込んでしまった私に、心配そうな兄様の声。
「あ、大丈夫です、兄様!」
「本当に?無理しちゃだめだよ」
・・・・・・。
前世で家族を早くに亡くした自分にとって、この優しさは慣れないものだ。
さっき、両親に会った時もそうだったけど、どういった顔をしていいのかがわからなくなる。
笑えばいいんだよ、とかどこかで聞いたセリフのように言われるんだろうか。
にっこりと笑ってうなずいて見せると、ようやくシェアト兄様の下がっていた眉が上がって肩から力が抜ける。
「じゃあ、何かして欲しいことはあるかい?」
して欲しいこと、ねえ。
飲み物とかはニーナを呼ぶことになるし、特にないよね。
「特に・・・は・・・その」
ない、と言いかけて口ごもる。しゅーん、と効果音が聞こえそうな兄様の表情に罪悪感が芽生えて。
え。ひょっとして、シスコン?そんな設定、あったっけ?
ハードモードでシャルリアが主人公になってからも、家族の話はあまり出てこない。
学院での生活がほとんどなので、領地にいて離れている両親のことはともかく、最初の1年だけではあるが同じくハーディエンス学院に所属している兄ですら、キャラとしての登場はなかった。時折会話に出てきていたような気もするけれど、よく覚えていない。
つまりは、ゲーム内ではその程度の扱いだったということだ。
でも転生して記憶が戻る前の思い出として、兄様にはものすごく可愛がられていたという意識はある。
今世は、本当に家族に恵まれている。
じわじわと胸に温かい気持ちが広がっていく。
兄様の期待に応えようと、必死でお願い事を探した私はふと思いついて口にしてみた。
「ではお兄様、お話をしてくれませんか?」
「お話?」
「ええ。ハーディエンス学院のお話を聞かせてほしいです」
シェアト兄様は少し目を見開いた後、ものすごくうれしそうに微笑んだ。
「シャルは、学院へ行くのが楽しみなんだね。たった1年だけど、僕も一緒にシャルと学院生活を送るのが本当に楽しみだよ」
う、ごめんなさい、兄様。
良心の呵責を感じつつ、笑顔で話し始めてくれる兄様に相槌をうつ。
学院へ行くのは楽しみでもありますが、むしろ不安な部分が大きいのです。
今後始まるハードモードな私の未来。
その、攻略情報を得たいという邪な気持ちですみません!