勇者パーティーを追放された。だけれど、彼等の心の内を知ってしまった俺は後を付いていくことにした。
「レクト、君をパーティーから追放する」
突然告げられた追放宣言。
それは、その日の冒険を終え、自分を含めたパーティー五人で明日のミーティングを行っていた時だった。
「なっ、何言ってるんだよ? 冗談はやめてくれ」
「本気だ。君はもう、僕達のパーティーには必要ない」
月光の差し込む宿の一室にて、リーダーであるユウキが凛とした表情で俺に言い放つ。
その表情は真剣そのものだった。同じ村で生まれ育った親友と言うべき間柄だったからこそわかってしまう。
「……っ」
でも、どうして……いや、理由なんて自分自身が1番わかっていた。
俺の授かったスキル、それが問題なんだって事は。
「レクト、貴方のスキル『身代わり』はもう必要ない。全て、回復魔法やポーションで代用が効くのよ」
『身代わり』──それは、対象者の受けたダメージをスキル使用者へ譲渡するという力である。自分で回復ができるとか、ダメージを減少させて俺に譲渡するとか、そんな便利な能力はない。ダメージを移し替えるだけなのだ。
雪のような真っ白な髪を腰まで流す少女、剣士のアリアがそう告げる。翡翠色の瞳が真っ直ぐと俺を射抜いていた。
「えぇ、その通りです。タンクも攻撃も可能なユウキ。速さと強力な火炎魔法で敵を翻弄するアリア。多彩な支援魔法と回復に長けたエイナ。最上級魔法を全て扱える私、メイ。貴方が居なくても、もうやって行けるのです」
「そ、そうなのです。正直、宿や回復ポーションの購入費用がレクトの分だけ増えるので……じゃ、邪魔というか……」
メイが言って、エイナがそれに続いて口を開いた。
みんな本気だ。ここに居る全員が同じ村出身の幼馴染、付き合いはもう十六年を超えているのだ。嘘か本当か、そのくらいわかる。
自覚はあった。ここ最近、俺はこのパーティーにおいて活躍の場が全くないという事に。俺が身代わりを発動する前にエイナが回復魔法を使ってくれるのだ。
以前までは魔力の消費を抑えるために回復スキルの使用は避けていたが、エイナも魔力が初期に比べてかなり増えた。もうそんなケアは必要ないのだ。
俺は改めて自分の立場と力を考えて決断する。もう五人で冒険が出来ないのは辛くて悲しいけど、みんなの足でまといにはなりたくない。だからそこ、
「わかった。今日限りで、俺はこのパーティーを抜けるよ」
俺がそう言うと、四人が笑みを浮かべた。
「助かるよ。はぁ、これでようやく君を庇いながら戦闘をしなくて済む。正直言って、邪魔で仕方なかったんだ」
「そうね、戦闘中に集中力が散漫するし。これでもっと戦闘だけに専念できる。もうすこし早く切り出すべきだったわね」
「仲のいい振りをするのも疲れましたしね。いつまで演技しなければいけないのかと、常々思ってましたよ」
「そうなのです。早く荷物を纏めて出ていってくれなのですよ。せいせいするです」
放たれた言葉が次々と俺の心に突き刺さる。
聞こえて尚、信じられない。皆、そんなふうに俺の事を思ってたのか?
小さい頃、五人で草原を駆け回っていた光景が、パーティーを組んで冒険のあとに飯を食べて笑いあっていた光景が……頭の中で次々に蘇る。
辛い、悲しい、心が痛い。今にも泣き出してしまいそうだった。
「……っ、今まで……ありがとう」
俺は目尻に浮かんだ涙が零れ落ちる前にその場から立ち上がる。
早くこの場を去らなければ、泣いている所を見られていまうから。
でも、その前に1つだけ、伝えたかったことがあった。
「アリア……悪いんだけど少し話がしたい……着いてきてくれないか?」
「はぁ……いいわ、幼馴染の好で、最後のお願いとして聞いてあげる」
ユウキ、エイナ、メイの顔をちらりと見て、俺は踵を返すと部屋を出る。後ろからアリアの足音がちゃんと着いてきているか聞きながら、俺達は宿屋の裏手に回った。
真ん中に井戸かポツンと置かれ、芝の絨毯が敷かれた静かな空間。
日付が変わる少し前だ、人の気配は俺たち意外に無い。
「それで? 最後に何を話すって言うのよ。明日も早いんだしさっさと済ませて欲しいんだけど?」
「あ、あぁ……」
俺はポケットから小さな包みを取り出した。この中には……指輪が入っている。
俺はアリアに好意を抱いていた。こんな形で想いを伝える事になるだなんて思ってもいなかったが、このまま彼らの前を去ったら……多分だけどずっと引き摺ってしまう。
あの態度を見た後だ、答えはわかっているど。それでも気持ちは何故かまだ冷めなかった。どうしても好きなのだ、アリアの事が。
それに……ここでしっかりと振られた方が諦めもつく。
「これ……指輪なんだ。俺はアリアの事が好きだ。ごめん、返事とか分かってるけど、このままじゃ、君の事を諦められそうにないから」
「……っ。ふーん。まぁ、要らないわね」
アリアはそう言って受け取ると、指輪の入った小包を放り投げる。そして、指をパチンッと鳴らした。
「……ぁ」
同時に小包の落ちた辺りに炎が現れる。アリアのスキルだ。髪と同じ色の白い焔が、その一帯の芝を瞬く間に燃やし尽くす。
焔が燃え広がる事は無い。焔はアリアの操るがままだからだ。
「ゴミは燃やさないとね? もう要は済んだ? 私、戻るから。早く自分の部屋の荷物を纏めてどっかに行ってね? それじゃ」
一度も振り返る事なく、アリアが去っていく。俺は燃え尽きた芝を見て、呆然と立ち尽くし、静かに泣いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
どれくらいの間そうしていただろうか。そろそろ部屋に戻って荷物を片付けなければ。
あんな事を言われた後なのに、まだ彼らの事が気になってしまう。どうしようもなく、彼らの事が好きなんだ、俺は。
だけれど、これ以上迷惑はかけられない。
彼らがここから出発する前に、俺はこの宿を去ることにする。
宿に入ると、俺は足音を殺して自分の部屋へと向かう。その途中に、覚えのある声が聞こえてきた。アリア達の声だ。明日の作戦会議でもしているのだろうか?
そんな事を考えながら、もう俺には関係ない話だと通り過ぎようとして、それは聞こえてきてしまった。
「やだよぉ……私、レクトとまだ一緒にいたい……っ!」
アリアの声だ。いったいどういう事だろうか?さっきまであんなに俺を拒絶していたのに。
「僕だってレクトと一緒に居たいさ……だけど……」
「そう、ですね……私もレクトとまだ冒険をしたかった。でも……見えたのでしょう?」
「はいなのです……レクトのスキル……身代わりは――『ありとあらゆる記憶を、スキル使用者についての記憶と共に譲渡する』だったのです……だから、このまま冒険を続けたらきっと……」
そうか……バレてたのか。ずっとみんなに隠していたスキルの能力が。
ありとあらゆる記憶を貰うというのは、ダメージ負ったという記憶も例外ではない。都合が良いから、俺のスキルは『身代わり』だと言っていただけだ。なぜなら、俺のスキルには欠点があったから。
それは──、
「私たちは、いつか……レクトの事を忘れてしまうのです……っ」
スキルを使えば使うほど、俺に関する記憶を、存在を、忘れてしまうという事。
「覚えていますか? 私達がレクトと幼い時に遊んだ時の事。私は……レクトの顔だけがボヤけているのです……」
「そんな事って……あんまりだよぉ! レクト……れくとぉ……っ」
「アリア……」
「うぅ、うあぁぁぁぁ……っ!」
アリアの泣き声が聞こえてくる。ユウキの湿った声が、エイナの泣くことを堪えた声が、メイの涙ながらに慰める声が。
「アリア、よく……頑張ったわね」
「あんな演技、本当はしたくなかった。けど、レクトに恨まれてでも、彼には前を向いて生きて欲しい。だから……レクトを置いていく。そして、僕達の使命──魔王を倒したら皆で謝って、また彼と一緒に冒険するんだ。それが例え許されなくても、僕達は彼を見守り続けよう。それが彼に対する償いだ」
あいつらは、俺の事を忘れたくないからこんなとこを……。
あぁ。俺の幼馴染達は──本当にいいヤツらだ。
でも、わかってない。俺は例え忘れられても、お前らが傷つく方がもっと嫌なんだ。
たがら、と決心する。
俺は、お前らの後をついて行って、影から手を貸すんだ。皆ができる限り傷つかないように、挫けないように、躓かないように。何処までも。
俺は自分の割り当てられた部屋へと戻ると荷造りを始める。
彼らに悟られないよう、俺は後をついて行くんだ。
例え皆に忘れられても、思い出は俺の中で生き続けるのだから──。
感想などで反響があれば連載(過去編やこの先の話。また、分岐ルートなどをこんな感じで短編形式で書いたり)しようかなとも思っていますが、わりと綺麗に終わってる……?
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