第七話
「―――――葵君」
ここ最近、同じ夢ばかり見る。少し前までは、昔いじめられてた夢ばかり見ていたが、ここ最近はあの女幽霊の夢ばかりだ。
―――――いったい、俺に何を伝えたいんだろう。
「葵君ってば」
思考の海に沈んでいると、不意に隣から悟が声をかけてきて、一気に現実世界にひき戻される。
「あ、ああ。どうした?」
「どうしたもなにも。もうホームルーム終わったから一緒に帰らない?」
「もうそんな時間か。ごめんごめん。考え事しててぼーっとしてた」
気づけば、いつの間にか教室の中には俺と悟だけが取り残されていた。
「大丈夫?最近ちょっと上の空じゃない?」
「いや、大丈夫。なんか考えても仕方がないことばかり考えてただけだから」
「あー。まあ、そういうことあるよね」
机の中から教材を取り出し、鞄に詰める。隣には、すでに帰る準備が整った悟が俺の下校準備が整うのを待ってくれている。
悟と友達になり、一週間が経過した。友達になった日は、悟の顔色はものすごく悪かったが、今は色白という以外は、体が弱そうという印象はなくなった。
最初は、初めて出来た友達という事で、少し警戒していた。しかし、一週間一緒に下校しながら話しているうちにどんどん話せるようになってきた。
「待っててくれてありがとう。帰ろうか」
「ああ。あと、申し訳ないけど、帰りに病院寄っていい?」
「いいけど、どっか体調悪いのか?」
「違うよ。兄ちゃんが荒河病院で看護師してて、提出資料忘れたから持ってきてって学校行く前に電話きたんだ」
笑いながら悟が言う。
悟に兄がいて、なおかつ看護師という情報は初耳だ。それに、荒河病院と言ったら最近移転した大きな病院だ。
「へ〜。悟にお兄さんいたんだ」
「10こ以上歳は離れてるけどね」
「荒河病院だったら帰り道の途中だから全然いいよ。それに、悟のお兄さんがどんな人か見てみたいし」
普段は、寄り道などせずに家に直帰する所だが、たまには寄り道するのも悪くはない。
俺は鞄を掴み、悟と共に荒河病院を目指す。
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…………病院という所は、正直苦手だ。所々から消毒薬の独特なツンとしたにおいがし、暖房が入っているためか肺に入る空気は常に生ぬるい。
それに、現代において最も死と密接している場所なだけあって、人ならざる者の気配が多い。
「悟のお兄さんってどこで働いてるんだ?」
「7階だよ」
エレベーターに乗りながら、悟のお兄さんがいる7階を目指す。
扉が開き、エレベーターから降りる。悟と共にナースステーションを目指すと、女性看護師の中に混ざって、背の高い男がパソコンと睨めっこしていた。
背が高く、くせっ毛と黒ぶちの眼鏡が特徴としてみられる。他に男性の看護師は、見たところいないため、おそらくあの人が悟のお兄さんなんだろう。
「兄ちゃん。資料持ってきたよ」
悟が声をかけると、パソコンから顔を上げ、こちらに歩いてくる。
「おー。ありがとう。これで師長さんから怒られずにすむからよかった」
「忘れ物多くない?病院は人が多くてあんまり行きたくないんだけど」
「ごめんごめん。これで最後にするから。……ところで、隣の子は悟が話してた葵君?」
悟のお兄さんの視線が俺に変わる。
「はじめまして。悟君と同じ高校の神乃葵です」
「はじめまして。悟の兄の悟志です。……それにしても……えらくファンキーな見た目だね」
「すみません。これ、地毛です」
もう何十回やったかわからないやり取りだ。この若さで頭髪が全て白髪の人なんて滅多にいないため、珍しいのだろう。
「へー。アルビノってやつ?いいねぇ。かっこいいじゃん」
「いえ……。そんな……」
笑いながら、流れるようにお世辞を言われたため、返答に詰まる。
こうして見ると、悟と悟志さんは顔こそ似ているものの、雰囲気が大きく違う。悟は初対面の時はやや暗い雰囲気だったが、悟志さんは底抜けに明るい印象を受ける。また、元は色白そうだが、健康的な日焼けをしているため、ひょろい悟と違って、逞しく感じる。
「そうだ。仕事もう終わるから、一階のカフェでお礼としてなんか奢ろうか」
思いついたように悟志さんが提案する。
「いいの?それじゃあ、葵君も行こうよ」
「いや、俺は……」
初対面で付き添いのために来ただけなのに、何か奢ってもらうだなんて……。申し訳ない気持ちになってしまう。
「いいよいいよ。丁度お金崩したかったし、仕事終わりにおっさん一人でカフェに行くのも忍びないから、付き合ってくれたら嬉しいな」
そう言って悟志さんが優しく笑う。笑う時に目じりが下がるため、より優しそうな印象を受ける。
「それなら……。すみません」
「いいって。高校生がそんなに気を遣うものじゃないよ」
自然と奢ってもらうことになった。しかし、奢る際の言い回しといい、なにか不思議と引き寄せられるような感じがする人だ。
「そしたら、ちょっと申し送りしてくるからーーーー」
「白石先輩!ちょっと712号室に来てもらってもよかですか?」
悟志さんがナースステーションに戻ろうとしていると、後ろの病室から俺たち越しに悟志さんに若めの女性看護師が声をかける。
振り返ると看護師さんが立って、助け舟を求めるような様子で悟志さんを見ていた。見ると、目に涙を浮かべており、不安そうな感じがこちらにまで伝わってくる。
病室のドアは開いており、中には血の気はないが、やたら顔色が黄色く、苦しそうにベッドに横たわっているお婆さんと、その家族と思しき人たちが居た。
「ごめん。葵くん、悟ちょっと待っててね。――――どがんした?」
悟志さんが女性看護師に連れられ、病室に入って行く。
『看護師さん。母は明日までもちますか?明日、姉が帰ってこれるって言ってたんですが間に合うでしょうか……。あと、こんなになった母に対しておいが出来ることってなにかありますか?今までなにもしてやれなくて……』
お婆さんの息子と思しき人の声が聞こえてくる。悟志さんが病室に入った時に扉を閉めたため、声はくぐもっているが、なんとか聞き取れる。
『そうですね……。吉田さんもだいぶ頑張っておられますが、呼吸も早くなって、血圧も低くなってきているのでなんとも言えませんね……。あと、息子さんもそんな何も出来ないと悲観せんでも大丈夫ですよ。前いらっしゃった患者様で、意識がなくても家族の呼びかけや、手を握ってもらってた事はわかったって言われてた方もいらっしゃったので、息子さんも手を握ったり、声をかけたりされてみてはどうですか?家族が側に居てくれるだけでも吉田さんは嬉しいと思いますよ』
『そうですか……。わかりました……。……母さん。翔太がついとるけん頑張ってね……!明日には翔子姉ちゃんも来るけん頑張らんばよ……!』
『ありがとう』
『それでは……。夜勤の間は高田さんが担当するので、何かありましたら遠慮無くナースコールで呼んでくださいね。吉田さんも、明日また僕が担当するので、明日もよろしくお願いしますね』
病室の中のお婆さんに優しく微笑みながら手を振り、悟志さんが女性看護師と共に病室から出てくる。
「白石先輩、勤務終わりなのにすみませんでした……。でも私……私……看れる気がせんで……。急変されたら対応とかどうしたらいいか……」
「大丈夫。高田さんなら看れるよ。いつも真摯に患者さんと向き合いよるけんいつも通りしたらよかよ。それと、ちゃんと最期を看取れるように家族さんに声かけとかも忘れずにね。夜勤大変かもしれんけど、頑張って!」
「……はい!
病室の中に聞こえないよう小声で会話しながら、最後に悟志さんが、送り出すように高田さんの肩を優しく叩く。
高田さんは少し安心したのだろうか、先ほどまでの狼狽えた様子が今はなくなっており、小走りでナースコールの対応をしに行く。
「ごめんごめん。そしたら10分後くらいに行くから、2人とも先に一階のカフェで待っててくれる?好きなもの食べてていいから」
俺たちのもとに悟志さんが来ると、財布を取り出し悟に渡すや否や、ナースステーションにすぐに戻られる。
「……うん。わかった。それじゃあ……行こうか」
なぜか冴えないような顔をした悟が財布を受け取る。
俺たちは、悟志さんに言われた通りに1階にあるカフェを目指して歩きだす。