第三話
元々行きたくもない学校だったが、さっきの霊のおかげでさらに足取りが重くなる。
先程の霊の過去を見た後味の悪さか、強い怨みの念を浴びたせいか分からないが酷く頭が痛む。
俺は脈打つような頭痛を紛らわすためこめかみに指を当てながら校門をくぐる。入学の時は、満開で出迎えてくれた桜も現在は葉桜となり、その存在感をひっそりと消している。俺は周りの学生と目を合わせないように伏し目がちに歩き、足早に自分の教室である1年A組に向かう。俺は誰とも目を合わさないまま、自分の席である、窓際の一番後ろから2番目である席に座り、1限目の数学の準備を行う。
教材が多く、机の引き出しにどうにかして入れようと悪戦苦闘していると、不意に隣から視線を感じた。隣の席に目をやると、銀色の大きな眼鏡とくせっ毛が印象的な男がこっちを見ていた。具合が悪いのだろうか、どうにも顔色が青ざめている。
「……どうしました?」
人と話すのがあまり慣れていないため、同級生といえどもどうしても敬語が出てしまう。
「い、いや。1限目なにかなと思って」
くせっ毛の男は変にどもりながら答える。名前は確か白石だったか。下の名前は憶えていない。
「1限目なら数Ⅰですよ」
「そ、そっか。ありがとう」
「…………」
我ながら会話を続ける能力がつくづくないと実感する。しかし、これでいい。今更、人と仲良くなりたいとは思わない。このまま、なにごともなく高校生活を送れたらそれでいい。
そうこう考えていると、1限目始業のチャイムが鳴り響く。
――――授業が始まり、30分くらい経過した頃、隣の白石の呼吸がおかしいことに気づく。
「……大丈夫ですか?」
授業中でもあるため、あまり話かけたくはなかったが、隣で倒れられても困るため、一応白石の状態を確認する。
「……今日は、ちょっと、あ、頭が痛くて……。も、もう限界っぽい」
息も絶え絶えに言う白石の顔を見ると、呼吸も荒くなっており、額には脂汗が滲んでいた。本当に具合が悪いのだろう。
「……先生。すみません。白石君が具合が悪そうです」
授業の中断をするのは忍びなかったが、隣で倒れられても困るため、内心舌打ちしながら数学の陣内先生に声をかける。
「そうですか。それでは白石君は保健室に行きましょうかーーーー。……無理そうですね。神乃君。白石君を保健室まで連れて行ってもらってもいいですか?」
(しまった。藪蛇だった)
先生も白石の顔色を見て一人で保健室に行くのは無理そうだと判断されたため、付き添いとして俺に声をかける。
「……わかりました」
俺は、内心嫌だったが、そんな気持ちを噯にも出さないように注意して答える。
「……歩けそうですか?」
「な、なんとか」
今にも倒れそうなくらいに顔面蒼白な白石を連れ、保健室を目指す。この教室からだったら3分とかからずに行けるだろう。
「もともと体が弱いんですか?」
廊下に出て、保健室を目指す道中、無言のまま歩くのも居たたまれないため、白石に声をかける。
「う、うん。だいたい月1くらいで具合が悪くなるよ。特に、今日のように満月の日なんかは割れるように頭が痛くって……」
(具合が悪くなる回数多いな。満月の日に具合が悪くなるなんて、気圧かなにか関係あるのか――――)
「危ない!」
具合が悪くなる原因について考えを巡らせながら歩いていると、隣で歩いている白石が足がもつれて転びそうになる。
俺は咄嗟に手を伸ばし、白石の腕を掴む。
瞬間、先ほどまで具合が悪そうにしていた白石が目を見開き、俺の顔を凝視する。
「……どうしました?」
「神乃君……。君は、その……優しいんだね。うまく言えないけど、うん。すごく優しい人だと思う」
「う、うん?ありがとうございます」
いきなり、何の前触れもなく褒められ、狼狽える。
「あ、ありがとう。おかげで少し具合がよくなったよ。これなら、自分で保健室まで行けそう」
白石の言うことは抽象的であり、あまり的を得ない受け答えだが、たしかに教室で見た時と比べて若干顔色がよくなったように見える。
「そうですか。それでは、気を付けて」
気づいたら、目と鼻の先に保健室がある場所まで歩いてきていたため、そのまま白石が保健室に入って行くのを見届けてから、教室に戻る。
教室の前まで戻ると、授業は既に再開されていたため、邪魔にならないようにこっそりと教室の後ろのドアから入り、静かに席に着く。また、退屈な1日が始まる。