序章:神乃葵が死んだ日
物心ついた頃からこの世ならざる者を見る事ができた。それは世間では妖怪や幽霊と呼ばれる者たち。
――――あれから二年は経つだろうか。忘れたくても忘れられない地獄の毎日だった。あの頃の俺は、毎日誰かを恨んで生きていた……。いや、恨んでいるのは今でも同じか……。だけど、それでも、この思いが…恨みがいつかはなくなる日が来るのだろうか。
――――夢を見る。何度も。……何度も。
明晰夢というやつだろう。夢だとわかっていても。抜け出したくても抜け出せない。頭ではわかっているが、体は勝手に動いてしまう。
汗さえ蒸発しそうな暑い炎天下の中で、俺は学校の屋上で男二人に押さえつけられている。かろうじて視界に入るのは給水タンクとフェンス、あとは目の前に立っている額のニキビが目立つ鋭い目つきの男が一人のみ。
ニキビ面がニヤニヤと下卑た笑いをしながら口を開く。
「お前は本当にクズだな」
一歩近づき俺の髪を乱暴に掴み、顔を無理やり上げさせる。
「うう……」
『ごめんなさい!』
髪を掴まれている痛みと、炎天下により火傷しそうなほど熱をため込んだ屋上のコンクリートに押さえつけられている苦痛から声が出ない。
「え?おい、なんとか言ってみたらどうだ。この泥棒が!」
言うや否や俺の顔を地面に叩きつける。鼻の奥が痺れ、数秒後には口の中に鉄の味が広がる。
「信じられないよなぁ!人の物を盗むなんて!」
『ごめんなさい!ごめんなさい!』
ニキビ面こと松富龍真が鬼の首を取ったように嬉々として俺を抑えつけている取り巻き二人に言う。龍真の取り巻きも同じようにニヤニヤと嫌な笑顔で俺を押さえつけている。
(俺はやっていない……)
龍真が言うには俺が龍真の私物を盗んだということらしい。もちろん、俺にはこれっぽっちも身に覚えがない。
『違うの!ごめんなさい……』
先ほどから俺の目の前で肩までで切り揃えられたショートカットの女の子が泣きながらひたすら謝り続けている。龍真や取り巻き二人に見えている気配はない。中学校の制服を着ていて同い年に見えるが、おそらく幽霊か妖といったところだろう。
(もう、うんざりだ……)
おそらく、この女の子が龍真の私物を盗ったのだろう。だけど、龍真には彼女の姿が見えないため真実を知りようもない。だが、そんなことは奴にとって関係ないのだろう。大方、俺を貶める大義名分が欲しかったといったとこだろうか。
「……なあ、クズ野郎。いい加減謝ったらどうだ?ほら、土下座して生まれてきたことから謝罪しろよ」
(……くだらない。本当にくだらない)
中学生だからか言動の端々に幼稚さが垣間見える。
そう考えていると自身の意思とは無関係に体が勝手に動く、取り巻きの二人組から押さえつけられていた体はいつの間にか自由になっていた。
「…………」
(……やめろ)
心の中で必死に訴えるも体が言うことを聞いてくれない。自分の意思とは裏腹に龍真の前で土下座の体制になり俺の口が勝手に言葉を紡ごうとする。
(……やめろ!その先を言うな!)
「……なさい」
「声が小せえよ。もっとはっきり言え」
龍真がことさら下卑た笑顔で俺に更なる謝罪の言葉を促す。
(やめ、ろおおおおおおおおお!!!!)
自分の表情なんて見えないが、この時の表情ははっきりと自覚している。
俺は笑顔で言葉を紡ぐ。
「……生まれてきてごめんなさい」
――――何度も、何度も自覚させられる。14歳の夏に俺は……。神乃葵は、二年前に死んだんだ……。
いじめの内容はほぼ実体験。
トラウマを克服せよ!(`・ω・´)