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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第四章.フィアトム城防衛編

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88.アブソリュート・ゼロ

 

「――ああ、誰かと思えば」


 その人物の顔を確認し、マエノが口元に笑みを浮かべる。

 一度は失わせたはずの余裕が、間の悪いことに今のマエノには戻ってしまっていた。


 何故なら、ホールにやって来たのは他でもないハラだったからだ。

 それに、手に縄をかけられたヤガサキとワラシナが引きずられるようにして歩いている。

 注意してほしいとは伝えていたが、為す術なく捕まってしまったらしい。こればかりは戦力を偏らせた俺の判断ミスだろう。


 ハラはリミテッドスキル"塵芥黒箱(ダストボックス)"によって、血蝶病者たちをフィアトム城に招き入れてしまった張本人だ。

 どうしてそんなことをしたのか、俺は知りようもない。ただ彼は元々ヤガサキたちと協力していたというから、間違いなく、彼女たちを裏切る決断を下したということになる。


 ハラは、数十分前に目にしたときと同じように、未だ白目を剥いて、口元からはダラダラと絶え間なく泡立った涎を零している。

 明らかに異様な風体だ。

 そんなハラに、マエノは僅かに声を上擦らせながらも積極的に話しかけていた。


「さっきはよくやった。お前のスキルのおかげで、オレたちはこうやってナルミたちを追い詰めてる!」

「…………」


 だが、ハラは何も答えない。

 マエノは困ったような顔ですぐに黙り込んだ。


 俺たちから三メートルほど離れた距離で、ハラたちは立ち止まる。

 後ろ手に縛られたワラシナは恐怖に顔を強張らせている。その縄も、箱の中に用意していた道具の一種なのだと思われた。


 そう、正気だった際のアカイの説明によれば、リミテッドスキル"塵芥黒箱(ダストボックス)"には人間も――それに物資も入れられるらしい。

 だとしたら、まずい。

 その中に潜んでいたのがマエノとアカイの二人だけというのは、希望的観測に過ぎる。


「あ、あの、ナルミくん」


 拘束されたワラシナが、聞き取りにくいほど掠れた声で話しかけてくる。

 意外なことに、ハラは止めようとはしない。身動ぎするワラシナの後頭部を、呆然と見つめているだけだ。

 それなら、ハラの気が変わる前にワラシナとは会話しておきたい。そう思った俺は、彼女の言葉に耳を澄ませる。


 ワラシナの顔はすっかり恐怖に歪んでいて、目尻に溜まった涙は今にも零れ落ちそうだったが……彼女はしゃくり上げながら、何とか口を開いた。

 俺たちに情報を伝えたい、というよりは、喋りでもしなければ自分を保っていられないような、溢れ出しそうな不安がその声音にさえ滲んでいる。


「私とヤガサキさんで、王室、見に行きました。言われた通りに。

 けど……王さまも、王族の人たちも……みんな、い、居ませんでした」

「え?」


 居なかった?

 つまり、早くも避難が完了していたということか。


「違う……違うんです。だって、何にもなかった」


 ワラシナが弱々しく首を振る。

 俺にも、きっとユキノにもミズヤウチにも、その言葉の意味はまだ分からない。

 ワラシナは振り絞るようにして言葉を何とか吐く。


「あの通路の先――行ったけど、何にもなかったんです。もぬけの殻っていうか……そもそも、何にもなくて……人が暮らすような空間じゃ、なくて……」

「…………」

「私、……わからないんです……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 その、問いを訊いた途端。

 スゥ――と音を立てて顔から血の気が引いていったような、そんな気がした。


「……王が居ない?」


 今さらのように。

 マエノが首を傾ける。

 彼にとっても、ワラシナの言葉は想定外のものだったらしい。


「どういうことだよ。ハルバニア城からこのフィアトム城に、あの王サマは移動してきたんだろ? そのはずだろ?」

「だって」


 ほとんど独り言に近い調子のマエノの言葉だったが、それにもワラシナが食いつく。

 お互いの立場も、今は関係がなかった。

 それほどに俺たち全員が混乱しきっていたのだ。


 ワラシナは叫ぶようにして切迫した声で言う。


「だって! 私のリミテッドスキル"天命転回(ホロスコープ)"を使って、何度占っても――変わらないんですよ!

 襲撃の日付も! 場所も! 人数だって! 何度やったって()()()()()()()()()()()! ()()()! なのに何で――何でか分かんないんですよぉ……ッ!」


 胸の奥で。

 心臓の音が、呆気なく止まりそうなほどに、静かになっていく。

 ワラシナが言っていることは、俺たちにとってこれ以上なく重要なことだ。

 でもその意味を理解するのはあまりに恐ろしいことだった。

 まずいと分かっているにも関わらず、思考が止まってしまう程度には。


「――《回転運(ルーレット)》は決して予言じゃない」


 動揺を内包した沈黙に満たされたホール内に、一人の少女の声が滑らかに響く。


()()()()()()その通りになるだろうっていう一種の占いのような魔法なの。

 占いそのものの結果じゃない。この占いの結果通りに事が運べば幸運だろうっていう道筋を指し示してくれてるんだよね」


 まるで拘束された苦痛や恐怖を感じさせない。

 笑顔で魔法の解説をするヤガサキの言葉は、どことなく唐突な印象があった。

 しかしワラシナは、隣のヤガサキの横顔を見遣りながら、縋りつくようにこくこくと激しく首を動かした。


「は、はい。そうです。そういう魔法です……!」

「だからワラシナさんは悪くないよ。ワラシナさんには何の落ち度もない」

「はい。はい……そうなんです」

「そもそもそこに辿り着くレールから外れていただけなんだから。ずっと前からね」

「は…………」


 会話が中途半端に、ぎこちなく止まる。

 何を言われているかわからない、という顔をして黙り込むワラシナに対して、ヤガサキは一度も笑顔を崩さない。


 そんな二人の肩が同時に、不自然な形で持ち上げられる。

 背後のハラが、手綱を握ったまま両手で自身の頭を掻き毟り始めたからだった。


「おれは……間違ってない……なんにも……」

「は? 何を言ってる、ハラ?」


 マエノが眉を顰める。

 ハラはブツブツと呟きながら、同じように何度も繰り返す。


「なぁ……、そう、なんだよな……? 大丈夫、なんだよな……?」


 でも。

 もしかしたら焦った様子のマエノ自身も、無意識の内に気づいていたのかもしれないが――ハラが話しかけているのは最初から、マエノじゃなかった。

 ハラの言葉が向いているのは彼のすぐ近くにずっと居る、


「――――ええ、大丈夫ですよハラくん」


 矢ヶ崎千紗(ヤガサキチサ)

 赤みがかった茶髪を頭の後ろで二つに束ねて、のんびりと垂らしている。

 吹奏楽部に所属している彼女は、自己主張の強くない大人しめの女の子で、ワラシナとは仲の良い友人同士だった。


 そんな彼女が、裏切り者であるはずのハラに向かって、歌うように囁く。


「あなたはなぁんにも間違っておりません。わたくしがキチンと保証してさしあげますわ」


 話し方も。

 纏う雰囲気さえも、何もかもが、一秒にも満たない時を経て、すべて変質していた。


 背後のハラに囁いていた彼女が、ゆっくりと俺に視線を向けてくる。

 その得体の知れない瞳と目線をかち合わせてようやく、俺の中に確かな実感が灯った。


 コイツは――()()


「お前……ヤガサキじゃないな」


 くすりと笑みを洩らしたその少女は、何でもないように頷く。


「ええ、その通りですナルミくん。今頃分かっても、もう遅いですけれど」


 確かにヤガサキの顔をしたままの少女は礼儀正しく、頭を下げた。

 俺たちはその丁寧なお辞儀を、ただ呆然と見つめることしかできない。 


「皆さまお久しぶりです。そちらの女の子と猫ちゃんは初めましてですわね」


 こんな風に慇懃無礼な喋り方をする知り合いは、クラスにただ一人だけ居る。

 今となってはこの場にいるほとんどの人間が、俺と同じ名を脳内で呼び起こしているだろう。


 少女は、手品のように鮮やかに腕の拘束を解いてみせた。

 それからくるり、とその場で服の裾を翻し、華麗に一回転したかと思えば、


「わたくしは木渡中学校三年二組、甘露寺(カンロジ)ゆゆと申します」


 木の葉の表と裏が入れ替わるように。

 あまりに自然に。自然すぎて何が起こったか、理解ができないほどに。

 ヤガサキの姿は、その少女へといつの間にか移り変わっていた。


 頭の後ろで一房だけ結わえた、色素の薄い長髪。

 甘い蜂蜜を夢中で垂れ流したような瞳。

 それに浅葱色の着物をまとった可憐な容姿の甘露寺ゆゆが、優雅に微笑む。


 ……質の悪い冗談のようだ。

 できれば聞かなかった振りをしたいくらいだった。


 カンロジの名は、この世界にやって来てからも何度か聞いている。

 だがこの混沌とした場で、このタイミングで正体を明かしたカンロジが、味方であるはずもない。

 そんなことは考えずとも分かりきっていたからだ。


「あなたは私たちを、ずっと、騙していたんですか……?」

「いいえ」


 ワラシナの責めるような口調に対して、カンロジは受け流すかのように緩く首を振る。


「元々、手など組んでおりません。最初から一度も。だから騙したことにはなりませんわ」


 最初――というのは、ハルバニア城からの逃走を先導した出来事を言っているのか。

 だがワラシナが本当に向けたかったのはその質問ではなかったらしい。

 目を見開いたまま、ワラシナが問い直した。


「……本物のチサは?」


 カンロジはぱち、ぱち、と愛らしく瞬きをしてみせたのち、顎に細い指を当てた。


「ああ……ご報告が遅れてしまい、申し訳ありません。

 もちろん既にお亡くなりになってらっしゃいますわ! 痛ましいことです……」


 袖で涙を拭く仕草をしつつ、ふざけた口調で彼女が言い終わる前に。

 ワラシナが力を失い、その場にふらふらと座り込みかける。

 しかしハラに縛られているせいで、まともにしゃがむこともできず、宙ぶらりんのような格好になってしまった。


 カンロジはその様を目にして一度だけ噴き出す。

 それからハッ、と気がついたように今さら口元を覆って隠すと、忍び笑いを洩らしながらも言葉を続けた。


「うふ。どうかそんなに落ち込まないでください。

 月並みな、ありふれた、使い古された表現で誠に遺憾ですけれど――ええっと、皆さまをヤガサキさんのところにすぐにお送りしますからね! だから寂しくはありませんとも、きっと」


 カンロジが不穏な言葉を吐いた直後だった。

 ハラが、懐から黒い小箱を取り出した。


 そこから()()()、と手が生える。

 白くてほっそりとしている、おそらくは女の手だ。

 その腕の、先――見通すことのできない暗い深淵から。

 何者かの声だけが、落とされる。


「…………《凍結(フリーズ)》」


 たったそれだけの詠唱で。

 ホールの床の、見渡す限りのそのすべてが――スケートリンクのように一瞬にして凍りついた。


「な……」


 圧倒される。

 魔法の威力が、今まで見てきた誰のものより桁違いに強かったのだ。


 あるいは箱の中でずっと詠唱を続けていて、その魔法をようやく解放したのか?

 だとしても、ここまでの高威力の魔法を放てる道理はない。少なくともここに居る他の誰かでは為し得ないはずだ。


 白い腕はそのまま、箱から覗いたままの体勢で動こうとしない。


 すぐにでもハラを取り押さえて、あの箱を奪うべきではないか。

 頭の中にそんな考えが走馬灯のように過ぎるが、首を動かして振り払う。

 それでは間に合わない。俺がハラに襲いかかるより先に、そのときにはあの箱から脅威の源は飛び出してきてしまう……。


「何、だ……これ……?」


 今まさに足元から這い寄る冷気に当てられたのか。

 それとも、これから起こりうる何かを無意識に感じ取ったのか。

 アサクラが両腕をさすりながら呟く。


「ウ、ウゥ……」


 未だ獣のように呻くだけのアカイも、訝しむようにしてハラの手にある黒い箱と、そこから伸びる白い腕を睨みつけている。

 その間もずっと、何かが聞こえ続けている。


「凍てついた……絶海より出でし……無限の処刑人……」


 それは箱の中から洩れ聞こえる、囁く声の端々だった。

 先ほど詠唱していた女の声と同じものだ。

 ただひたすら静謐に、淡々と、無感情なまでに祝詞を紡いでいく。

 結果に辿り着くまでの過程を、ただ愚直に沿うような、何の感慨も含まれていない声音だった。

 だからこそそれは、佇む俺にとっては呪詛のようにも響いた。


「彷徨う供物を氷の棺に誘い……永久凍土の地にて……終焉の時を与えよ……」


 ゾッ――と。

 背筋を、おぞましいほどの寒気が這い上がる。


 知らない詠唱だ。あまりに高位に位置する魔法だからか、聞き覚えがないのだ。

 だがその意味は、意図する所は、あまりに容赦がない。


 その事実に思い至った。思い知らされた。

 それなのに、強すぎる恐怖で足が竦む。簡単に動き出せない。


「…………駄目、だ」

「兄さま?」


 それだけをようやく呟くと、ユキノが不安そうに俺を呼んだ。

 冷や汗が鼻筋を伝う感触だけが確かだった。

 否、もしかしたら、この冷気に満たされた空間ではそれは幻覚だったのかも知れない。


「駄目だ。全員……逃げろ」


 長い詠唱が終わり。

 女の手の先から生み出されたのは、球体だった。


 白く光り輝く、いっそ神々しいほどのオーラの塊だ。

 それが手を離れてふわふわと、宙を浮かびながらたゆたう。少しずつホールの中央に向かって進んでいく。

 だがシャボン玉のように愛らしく見えるその球体がもしも弾けてしまったなら、それは、終わりだ。

 それだけは分かる。感覚が、本能が、鋭敏にその重圧を訴え続けているからだ。


 ……苦しい。

 焦燥感と、乱れる呼吸で肺が潰れそうになる。

 どうにかして伝えなければ。一人でも多く、逃げるチャンスを作り出さなければ。

 ただ一心だった。

 俺は何とか、声を振り絞って叫んだ。


「――全員、できるだけ遠くに逃げろッ!!!」


 他人への警告はそれが限界だった。

 俺は狼狽えるユキノに向かって、全身全霊で走る。


 他の様子は分からない。俺の声が届いたのかさえ、確認する暇もなかった。

 必死になってユキノの身体を抱きかかえる。聡い彼女はほとんど抵抗しなかった。


 床を強く蹴る。

 少しでもここから離れなければと、ホールの外に向かって必死に足を動かしたつもりだった。

 何故か景色はスローモーションに見える。ちっとも進んでいる気がしない。

 もがけばもがくほど、罠に捕らわれて嵌まっていくような錯覚を覚える。

 俺はあの球体から遠ざかっているだろうか。それとも、近づいているのかさえ分からない。


 そしてほとんど停滞した景色の中。

 ただ一人、カンロジがあやしい微笑を浮かべる。

 薄桃色の唇がゆっくりと言の葉を刻んだ。


「――――それではごきげんよう、さようなら」


 彼女が言い終わるのとほぼ同時だった。

 その球体から、


「……《絶対零度(アブソリュートゼロ)》」


 ――千を超える無数の氷の刃が、全方位に向かって射出されたのは。




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